第十八話 竜魔人の王
「シャアッ!!」
竜胆の流麗な動きは他の魔族たちとは比較にならないほどに美しく、そして殺意に溢れていた。体を捻って回転をかけ、まるで弾丸のようにまっすぐ飛んでくる。指先に生えた爪は鋭く尖り、空気を切り裂く。
ラルフはその一挙手一投足を見て感心する。足が離れたというのに勢いが殺されることもなく迫る竜胆。
(不思議なもんだな……これが強い連中の見ている世界か?)
ほんの少し前なら、その影すら追う事が出来なかっただろう。眼に映る全てが新鮮だった。
ラルフは左手に持った投げナイフを牽制に二本放る。軌道は完璧に竜胆に向かっていた。当たれば肩と胸に刺さるだろう。それを許すほど間抜けではないが。
竜胆はナイフに向かって爪を振るう。弾くつもりかもしれないが、このナイフはそう簡単にいかない。何せウィーが一つ一つ丁寧に仕上げた高級品だ。オーガの頭はもちろんのこと、着込んだ鎧さえ貫く。いくら竜魔人といえど、爪が欠けるのは眼に見えている。
シャリンッ
その考えを改めたのは、その爪で投げナイフを真っ二つにした時だった。
「!?」
平たく加工されているとはいえ、飛んでいる金属の塊を切り裂く爪。簡単に考えていたのはむしろこちらの方だった。竜胆は竜魔人の王。魔王に常識など通用しない。
ラルフはバックステップで間合いを取ろうと試みる。あの爪で切られたら、どれだけ強くなったと言っても輪切りにされてしまう。バックステップの速度、タイミング、どれを取っても一流の動きだと断言出来る。
だが、一流では魔王と戦うには不完全だ。竜胆の勢いはラルフの想定を遥かに超えている。投げナイフより頑強に出来ているだろうダガーナイフを構えたが、如何せん心許ない。このままでは武器ごと真っ二つになるのは眼に見えている。
シュパッ
その考えは的中した。防御の為に突き出した腕は輪切りになり、手の先は二の腕と切り離された。真っ白い腕が宙空を舞う。
「なっ!?お、お前は!!」
ラルフが真っ二つになるはずだった。しかし、そうはならなかった。
「ハハッ!弱い者いじめとは情けないノぅ!」
「ベルフィア!」
ベルフィアは転移を使用し、完璧のタイミングでラルフの身代わりとなった。ラルフにとっては致命的な一撃でも、彼女にとっては掠り傷と言って相違ない。バラバラになった左腕をそのままに、右手で攻撃を繰り出した。何でもない右ストレートだが、下手な魔族が当たれば殴られた箇所は簡単に千切れ飛ぶ。
竜胆も持ち前の動体視力と反射神経で攻撃を避けると、間合いを取る為に下がる。ラルフはすかさず虚空からナイフを持ち出し、瞬時に四本を飛ばした。その全てを切りつけ、ダメージを負う事なく態勢を立て直した。
ベルフィアは輪切りにされた左腕を拾い上げてグリグリと腕にくっつけた。
「全く、こういう奴は妾ノ担当じゃろ?背伸びせんでもいずれ戦えル日が来ル。それまで鍛えて備えルノが、そちがすべき事じゃ」
「いや、あいつの狙いが俺だったの。俺が好きで相手するわけが……まぁでも助かったぜ」
二体一。
竜胆はベルフィアに警戒心を抱きながらラルフを睨みつける。
「……なんか物凄い既視感だぜ。……あれだ、ドラキュラ城の大広間」
「んぅ?なんかあっタかノぅ?」
ベルフィアがラルフの血を狙っていたが、ミーシャが阻んだあの出来事。立場が違うからピンと来ていないのかもしれないが、ラルフには忘れることの出来ない命の危機だった。あれほどの絶望感は忘れる方が難しいというものだ。
「……あったんだよ。そんなことより気づいた事があるんだが、あいつ爪に魔力を纏ってやがる。せっかくの高級ナイフも太刀打ち出来ねぇ。目眩しにはなるけど……」
「そうかそうか、通りで爪如きに簡単に切り落とされルと思うタワ。そノ情報があればもう大丈夫じゃ。後は妾に任せルが良い」
「いや、そうはいかねぇだろ。あっちの狙いは俺なんだから、俺が囮になって引きつけるとか……とにかく一緒に戦うぜ」
「チッ……何をゴチャゴチャ話しているっ!鬱陶しい!!全員焼き尽くしてやる!!」
言うが早いか、息を限界まで吸い込み、炎の息を吐き出す。
その火は高温であることを示す真っ青な炎で、敵も味方も御構い無しに浴びせかける。全方位の高火力による範囲攻撃は、火に耐性があるはずの灼赤大陸の魔族すら焼き尽くす。自分の部下でないからとタガが外れている。
ある程度燃やし尽くし、あまりの熱から逃れようとする魔族の姿を見て、消し炭になっただろうと予想する。その予想は火の海が晴れた瞬間に間違いだったと奥歯を噛み締めた。
「流石だぜアルル」
ラルフ一行全員がアルルの元に集まり、身を寄せ合って防御魔法”円盾”の中にいた。人数が多いせいでいつもより大きく展開し、多少魔力を多めに使用したが全員を守ることに成功した。
「お役に立てて何よりです」
アンノウンがあまりの暑さから汗を拭う。
「本当に助かったよ。一人一人が実力者揃いでも、あれは厳しいしね」
「全くですわ……久々に死ぬかと思いましたもの……」
「ホントやばかったぁ……先に逝ったお姉ちゃんの姿が見えたもん」
長女メラに続いて十女シャークが不謹慎なことを呟くが、他の姉妹も同じだったようで、それを否定する事が出来ない。
「デモ逆ニ運ガ良イ。奴ガ周リノ敵ヲ巻キ込ンダ オ陰デコッチハ楽ガ出来ルヨ」
ジュリアは周りを見ながら口を開く。まさにその通りだ。正孝の炎ではピンピンしていた魔族も、竜胆の炎には耐え切れなかった。いくつもの死体が炭と化している。
「それはつまり、敵がいないってことか?」
「いえいえ、俺たちの周りの敵が消失しただけで、まだドワーフたちが奥で戦ってるのが見えますけどね」
これだけの惨事が起こっているにも関わらず、奥では生存競争をかけた戦いが続いている。戦争とはこう言うものだと教えられる。
「そりゃそうだ。元々あいつらの戦争だしよ。時にここで多数決を撮りたいんだが、この魔王を袋にしねぇか?」
「は?何を言っておル?」
「何って?そのままの意味だ。正々堂々、真正面から叩き潰すってのも悪かねぇが、如何せんこいつ強いからよ。みんなで倒しちまうのはどうかなって」
ラルフは全員の顔を一通り見渡す。
「馬鹿な……そのような卑怯な真似は出来ませんわ」
真っ先に否定したのはメラ。それに同調したのは次女エールーと八女ティララと末っ子のアイリーン。
「言っている場合ですかメラ姉様。相手は魔王。全員で掛かって互角以下の相手に一対一などそれこそ正気の沙汰ではありません。卑怯結構。やるべきですわ」
メラの否定を否定したのは五女カイラ。それに同調したのは三女シーヴァと十女シャーク、そして十一女イーファだ。七女のリーシャはオドオドして決められないでいた。
「私はラルフに賛成。全員で掛かってやっつけちゃえば、こっちのダメージが比較的少なく済むよ」
「格闘家トシテ、ソノ様ナ卑怯ハ見過ゴセナイ所ダケド、今ハ戦争。卑怯上等」
「俺らはラルフさんについていきます」
アンノウンもジュリアもブレイドもアルルもラルフに賛成だ。こうくればベルフィアはどうするか?
「……分かった分かった。妾も参加すル。これで良いか?」
素直じゃないが、これにて一体多数の戦闘は多数決により施行される。
竜胆はそれを側から見ていて体から魔力を纏い始めた。
「どれだけ集めようが私には勝てないわ……ドレイク様!!私に力をお与えください!!この下等生物どもに死を!!」
バッと天を仰いで、さらに力を蓄える。体に纏う魔力が黄金に輝き始め、ただならぬ気配を感じさせた。
「ちっ、まだ強くなんのかよ……ふざけんじゃねぇよ」
魔力が炎のように揺らめく。ジリジリと言う空気を焼く音が聞こえてくるところから、体に纏った魔力は燃えるような熱を放っていると予想される。竜胆はビッとラルフに指を差した。
「全員殺す。まずはお前からだラルフ!!」




