第十六話 二つの巨人
下々の戦いがしめやかに激化する中、雲を貫くグレートロックの天辺では文字通りの頂上決戦が行われていた。
力の限りぶん殴ったミーシャの手は、サイクロプスの角のあまりの硬さにジーンっと痺れていた。
「痛っ……硬いなぁ……」
手を振りながら痺れを取っているが、角を砕かれた巨人の痛みはそんなものじゃ無い。
めり込んだ上に先っぽは失くなり、額は傷つき、滝のような青黒い液体が噴出する。巨大すぎて作り物っぽい彼だが、その体にはしっかりと全身に巡る血液が存在するようだ。
赤くないのが不気味だし、やっぱり作り物っぽいのだが、これが何よりも生き物である証拠。
ミーシャの隕石の如き一撃にバランスを崩し、後ずさりしながら倒れないように力を入れる。
地形が変わろうともそれは些細な問題にすらならない。人が歩くのに地面のことなどいちいち考えないように、地面が捲れ上がろうが、丘が潰れようが、植物が吹き飛ぼうが、それによる生き物の被害がどれほどのものになろうが御構い無しだ。
そしてそれはミーシャも同じで然程気にしていない。ラルフたちさえ無事であるなら世界が滅亡しても平気でいられる。
天変地異。
まさにこの二つの巨人が地震、雷、火事、水害の全てを内包した災害なのである。
両者睨み合い、牽制し合う。
その時、ミーシャがふと気づいた。
「……ん?お前もしかしてローガンが倒したがっていた巨人じゃ無いか?」
オーク族歴代最強の王、第八魔王”群青”。その名はローガン。
その昔、古代種に喧嘩を売って敗れた経験を持つ。その古代種の特徴は単眼の巨人だったはず。
「オークの悲願……私が果たしてもいいものかなぁ?」
顎に手を当て、首を傾げて考える。
ミーシャがポツリと漏らした声など巨人には聞きとれるはずない。グゴゴォ……とちょっと動くだけで辺りに響く音を鳴らしながら額に手を当てた。ぬるっとする感触が指先を濡らし、気になって指先を確認すると青黒い液体が纏わり付いている。わなわなと震えながら拳を作った。
「オオオオオオォォ……!!!」
痛みからか、血が出た驚きからか、それとも怒りからか……サイクロプスの感情が吹き出す。鼓膜を破りそうな騒音が衝撃波となってミーシャを襲ったが、魔障壁でこれを防ぐ。
「……うるさいなぁ」
ミーシャがバッと手を広げると、魔力の塊が目の前に幾つも出現した。その魔力の塊は一つ一つが魔力砲の根源。一度放てば無事では済まない。
「ちょっと考えちゃったけど、まぁどうでも良いか。ローガンには違う夢を見つけてもらおっと」
両手を前にかざすと、魔力砲が何本も入り乱れて数十発乱射された。
眼の前が土煙で覆い尽くされる。体が大きすぎて攻撃を避けることの出来無い巨人の末路は決まっている。
一発一発が小さな山を消すほどの威力がある魔力砲。いくらサイクロプスといえど食らえばひとたまりもなく消し飛んでしまうことだろう。
しかし、そうはならなかった。
ブワァ……
「……あれ?」
そこにはほとんどダメージの入っていないサイクロプスの姿があった。正直、この魔力砲の連射で終わるだろうと予想していたミーシャの予想を、ものの見事に外されてしまった。
ミーシャの拳を真っ向から受けて額から血を流しているのを見れば、ダメージが入らないことは無いのだろう。しかし魔力砲による攻撃は当たった箇所を汚す程度のかすり傷。これが示す答えは、サイクロプスの体には強力な魔力耐性が付与されている。魔力による攻撃のダメージカットは50%を優に上回っていると思われる。
「へぇ……やるじゃん。ローガンもこの特性に阻まれたってわけ?……いや、ローガンは接近戦が得意だったから魔力による攻撃なんてしない、てか持ってないか……」
「オオォ!!」
サイクロプスは魔力砲で発生した煙を纏いながら巨大な拳を振り上げた。巨大すぎる拳はまるで隕石のように空気の摩擦で真っ赤に燃え上がり、ミーシャを消し炭にしようと迫る。
ミーシャは魔障壁を張って静観するが、その拳が魔障壁に触れた瞬間、パキィンッという音を立てて砕け散る。
「!?」
驚いたが、考えてみれば当たり前だ。強力な魔力耐性は防御のみにとどまらず、攻撃にも転じたということだ。
凄まじい熱を目と鼻の先で感じたミーシャは光を置き去りにする速度でその攻撃を避けた。
「熱っ!あっつ!!」
すぐさま態勢を立て直したが、着ている服が熱の影響で所々焦げている。ラルフに買ってもらったお気に入りの服は丁度洗濯に出していたので、アンノウンが大量買した服が燃えたことになる。その幸運に感謝しながらポンポン服の汚れを払った。
「お前ーっ!!よくもやってくれたな!お前のせいで私の服が一枚ダメになったじゃないか!!」
ビシッと指を差して抗議する。
完全に当たっただろうと思っていたサイクロプスは、いつの間に移動したのか分からないミーシャに困惑しながらも続けて攻撃を仕掛ける。
さっきは右ストレートだったが、今度は左のアッパーカット。当たれば風圧と拳の威力でぺしゃんこだ。
だが、どんなトリックで避けたのかも見破らずに攻撃を仕掛けるなど愚の骨頂。サイクロプスは自ら相手に攻撃の隙を与えたに過ぎない。
ドンッ
ミーシャのミドルキックが頬を射抜いた。とてもじゃないが小さな体から放たれているとは到底思えない一撃に、巨人の口内が滅茶苦茶になる。頬には穴があき、牙が三本へし折れ、口内に血の池があっという間に出現した。
脳震盪すら起こる一撃に巨人の足が片方浮く。軸足を残して浮いた足でまた踏ん張ろうと後方に回すが、ミーシャは元から潰れた鼻頭に追い打ちで拳を叩き込む。あまりの威力に顔を凹ませながら、その巨大な体は地面に沈んだ。
ズズゥン……
地震が発生し、大きく揺れる。これほどの巨躯がぶっ倒れれば、常人では立っていられないほどの地震が巻き起こることだろう。国が近くにあれば、家は何棟も倒壊し、頑強に作られた城も無事では済むまい。
現にこの大陸で戦っている下々の戦争がミーシャとサイクロプスの一挙手一投足にちょいちょいストップしている。戦いはすぐに再開するが、何かある度に一瞬止まるので、俯瞰から見たら滑稽に思えてしまうかもしれない。
それほどまでに規格外。
しかも終始ミーシャが優勢。
とはいえ、ミーシャにダメージがないわけではない。服を一部燃やされ、自身も軽い火傷を負った。本来魔力で拳や足を守っているのに、サイクロプスの魔力耐性のせいで多少剥がされた状態での攻撃となり、手や足をそれなりに酷使していた。
ミーシャは手足の痺れを我慢しながらサイクロプスの顔を覗き込む。
真っ黄色の目。生き物でいえば白目に当たる部分が黄色い。瞳は濃い青で、どちらかというと黒に近いのだが、さっきまで睨まれていた瞳の部分が上向きになり、ほとんど瞼に隠れている。この状態から察するに、気絶していると断言していいだろう……本来なら。
ギラッ
突然グルンと目玉が動き、ミーシャはサイクロプスと目が合った。
「あ、まだ起きて……」
バチィィンッ
ミーシャの言葉を遮るように両の掌で、彼女を押しつぶそうと手を合わせた。
手応えはない。蚊を上手いこと掌で殺した時に分かるだろうが、小ささ、体の内容量などの少なさからか、潰したかどうかは手を開いてみないと分からない。ミーシャとサイクロプスの大きさの差はそれくらいだし、この場合も手を開くまで潰したのか逃げられたのかが分からない。
手を開き確認するが、体液、服といった何らかの痕跡がない。つまり取り逃がした。あれだけ完璧なタイミングだったのに、簡単に逃してしまった。一つの目でキョロキョロとミーシャを探す。
割とすぐにミーシャの場所に気づいた。手を叩いたすぐ真上にひっそりと浮いていた。逃げも隠れもしないといった風に。そして……。
「お前の攻略法……分かったかも知れない」




