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第十五話 参陣

 ベルフィアは杖を振り上げた。

 その杖の効果は言うまでもなく転移。移動距離、障害物など関係なしに目的地に到着出来る。


 移動先はドワーフ管轄のビーチ。そこにズラッと並び立つ魔族の群れ。敵の背後を取る形で出現したつもりだったが、魔族たちは何故か全員こちらに向いていて、完全に奇襲が失敗した。


「ぬっ!何だ貴様らはっ!?」


「……あら?」


 ラルフたちは思っていたのと違う状況に即座に武器を構えた。


「ラルフよ、どうなっている?余らは完璧に有利な背後を取れるはずではなかったのか?」


「……いや、まぁ……そのはずだったけど、全員こっち向いてるね」


 ナタリアはアロンツォに呆れた風にため息を吐きながら返答する。


「ロン、そいつの言葉なんて元より信用出来ないでしょ。この状況は予測済みよ」


 ラルフが苦い顔でナタリアをチラッと見たが、睨み返されたのでサッと顔を逸らした。


「ラルフノ言う「上手くいく」など確率で言えば一割程度。それ以上を求めルノは酷と言う物じゃ。何にせヨ戦うことに変ワりないし、頭ごなしに責めルこともあルまい」


 ベルフィアは一応フォローしてくれたつもりだろうが、ラルフの信用の無さをアピールしただけだ。


「……ですね。予想とは事前に立てるものであって、本番となればどうしても状況は変わってしまうもの……」


「そうそう、気を落とさないでくださいね?ラルフさん」 


 ブレイドは言い方を変えてくれたし、アルルは直球で慰めてくれた。二人の言葉を一つずつ切り離して受け止めればありがたいと感じたが、ベルフィアの言葉の補強だと考えると落ち込む。

 背後で話を聞いていたはずのアンノウンやジュリア、デュラハン姉妹を含めた只の一人も擁護をしてはくれなかった。

 その全てが、ラルフの心と肩を落とすのに一役買っていた。

 そんなやり取りを尻目にオーガたちが(いき)り立つ。


「何をごちゃごちゃとっ!そこを退けっ!!」


「だぁーっ!もう!うるせぇなぁ!!」


 ラルフは虚空からウィー特製の投げナイフを取り出す。突如握られたナイフに驚きを隠せないオーガたちだったが、所詮はナイフ。鎧を着込んでいる兵士たちには石飛礫(いしつぶて)と何ら変わりない。

 オーガたちは仲間たちと顔を見合わせて、苦笑しながらラルフを見た。


「これでも食いやがれっ!!」


 ビュンッ


 ラルフは多少力がこもったが、いつものようにナイフを投げる。いつものように正確に、狙った箇所にまっすぐに飛んでいく。

 しかしいつもと違う所があった。それは速度。ラルフの手から放たれたナイフは空気を切り裂き、残像すら残さない。投げる瞬間を見ていたオーガは、叩き落とそうと武器を構えていたが、瞬きの間に目と鼻の先に刃先があった。


 スコンッ


 金属で石を叩いたような軽い音が鳴り響く。一体のオーガの額には、二つの角の真ん中に金属の刃物が深々と刺さっていた。何が起こったのか分からない顔をしていたが、それも束の間、武器を構え、仁王立ちをしていた体がストンと力無く膝から崩れた。


「なっ……!?」


 すぐ真横で絶命する同胞の姿に驚いた。

 ヒューマンから放たれた小さなナイフ。本来なら構えた武器で打ち落としたり、無理なら避けるだろう攻撃。

 万が一当たっても頭蓋骨で止まってしまいそうなヒューマンの一撃が、オーガの頭蓋を割り、絶命させた。

 その光景に驚いたのは何も敵だけではない。ベルフィアたちと後ろで見ていたアンノウンたち、そして当のラルフも驚いていた。


「え?え?どうしちゃったのラルフってば……」


「今ノ投ゲナイフ……相当ナ速度ダッタワ。練習デモシテイタ?ケド、ソレニシテハ成長ガ早過ギル気モ……」


 アンノウンとジュリアが困惑気味に言葉を発する。


「考察なんて後にして。来るわよ」


 ナタリアの言葉に呼応する様に魔族がワッと走り出した。アロンツォはそんな中にあっても余裕の表情でラルフに質問する。


「そなたは下がっていなくて良いのか?」


「……下がってたら戦えないだろ?」


 ラルフはまた虚空からナイフを手の指に挟めるだけ取り出した。タネも仕掛けも分からなかったが、あの威力を見ればそれは些細なことのように思えた。


「……足引っ張んないでよ?」


 ナタリアも多少認めたのか、この危険な中で声をかけてきた。悪い気はしない。そんな時、背後からデュラハン姉妹が飛び出した。


「危ないラルフ!!」


 ガギンッ


 そのうちの二人が前方でラルフに迫る刃物を未然に防いだ。弱いラルフではこのような壁役が居なければ、あっという間に殺されてしまうだろうと思っての行動だ。そしてこの時、一気に乱戦と化した戦場で壁役だったメラとイーファを脇をすり抜けてラルフに魔の手が迫る。

 彼の普段の経験則だと一、二回の攻撃なら何とか避けただろうが、三撃目からは体力の問題や、相手がラルフの動きに慣れるといった問題が浮上する。つまり壁となる味方をすり抜けられた時点で彼の死は免れない。


「しまったっ!ラルフ!!」


 メラは焦る。自分という壁がありながらこの乱戦では巧いこと機能していない。このままではラルフの命は……。

 だが、彼女の心配を他所に、ラルフは迫り来る脅威に対して難なく対応していた。

 オーガの斬撃を避けて、また避けて、時にはダガーナイフで弾いて……まるで戦い自体を探り探りやっているような奇妙な行動に、流石のオーガも気にならざるを得ない。


「チッ!何の真似か知らんが、いつまでも続けられると思ったら大間違いだぞ!!」


 オーガはザッと踏み込む。ラルフに致命の一撃を入れようと振り下ろした長剣は空を切った。


(!?……空振り!?)


 目と鼻の先で調子に乗っていたラルフを完全に見失った。驚愕の眼差しで周りをキョロキョロしていると、何だか自分の首が生暖かいことに気づく。不安に思いながら首に手を触れると、手には真っ赤な血が……その瞬間に首と胴体が泣き別れた。

 ポロっという擬音が聞こえてきそうなほど完璧に切り取られた首は、地面に落ちて物言わぬ肉塊になった。


「あ、あのさ、やっぱ俺……強くなってる!!」


 ラルフは歓喜した。ブレイドとの練習試合で自信を付けたはずだったが、内心不安でいっぱいだった。「試合と本番」は全然違う。練習試合でブレイドと互角に戦ったのだが、ブレイドが無意識に加減をしているものだと思っていた。

 これをもって確信する。自分は「強くなっている」と。


 ラルフたちがその実力を遺憾なく発揮しているのに対し、橙将は苦虫を噛み潰したような顔で前方を睨みつける。


(くそっ!忌々しい奴らめ……大人しく吾らを撤退させれば良いのに……)


 これでは態勢を立て直すどころでは無い。


 橙将は薙刀を構える。そろそろ身の程を(わきま)えさせる時が来たようだ。とりあえずラルフを殺そうと動き始めるが、背後の部下が鉄板のように分厚い大剣に真っ二つにされた。

 ズドンッという音が聞こえ、振り返ると、竜魔人との戦いでかなりダメージを受けたガノンが目をギラつかせながら立っていた。


「き……貴様っ……!」


「へへ……逃がさねぇよ?……せっかくだからこっちからも攻撃することにしたぜ。要は挟み撃ちだな。一匹残らず狩り尽くしてやるよぉ……」


 正孝とガノンはここぞとばかりに攻撃を開始した。

 ラルフたちの猛攻で数の優位が強い個体に押され、着々と劣勢に立たされていく魔族サイド。業を煮やした橙将は竜胆に手を出した。


「……もう良い。吾らの出番だ。打って出るぞティアマト」


「分かっ……た」


 傍観を決め込んでいた魔王がとうとう参戦する。


 終戦の要、魔王戦開幕。

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