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第十四話 御破算

「一体なんの騒ぎだ?!」


 アロンツォたちは武器を手に駆け足でやって来た。アスロンが振り返り、事の経緯を説明する。


「グレートロックに到着したのじゃよ。そして突如アレ(・・)に攻撃された」


 窓の外を見ればグレートロックと思わしき高い岩山を鷲掴む巨人の姿があった。


「な……なによ、あの怪物……?」


 初めて見るスケールの違いにゾッとしながらナタリアは震える声で質問した。


「アレは古代種(エンシェンツ)の巨人だ。オークの支配地域を拠点にしている。確か名前はサイクロプスだったかな?」


 その声の主はラルフだ。険しい顔つきで外に目を向けていた。

 その名に心当たりがある。

 古代種(エンシェンツ)の種類や名前は教養のある人間なら必ずと言っていいほどに知っている。魔族、人類、古代種(エンシェンツ)。世界三大勢力と言われている一つであれば、戦士として流石に覚えないわけにはいかなかった。

 しかし、そうだとして疑問が残る。


「……そんなはずは……だって古代種(エンシェンツ)は自分の巣から離れないって……」


 それがこの世界の常識だった。だからこそ目の前で起こっている出来事が信じられない。


「だよなぁ……また神の介入かよ。いい加減にして欲しいもんだぜ」


 ラルフは呆れたように諸手を挙げた。ラルフの言っている意味がよく分からなかったが、とにかく今の状況を把握する必要があるのだけは確かだ。


「おじいさん、アレがこの船を狙ってきたっていうのは事実?」


「うむ、奴から魔力砲が放たれた。ミーシャさんが防いでくれんかったら、儂らは今頃どうなっとったか分からん」


「ほう、あの女が……」


 アロンツォは前方で浮かぶミーシャを見る。かの巨人から放たれたとされる魔力砲を無傷で退ける。ミーシャも実は古代種(エンシェンツ)なのではないだろうか?そんな妄想をしてしまうくらいの強さ。


「それとは別件なのじゃが、ドワーフの国も中々にピンチなのじゃよ」


 アスロンは「ほれ」と下を指差した。下には海に停泊する数多くの船が並び、ビーチを埋め尽くす魔族たちの姿があった。少し進んだ先にある戦場で、多くの血が流れているのがここからでも薄っすら分かった。


「あっ本当ですね。上にばかり気を取られていましたが、まさか戦争中だったとは……」


 ブレイドも今気づいたらしく、驚きの声を上げている。


「おいおい、なんだこの既視感……ちょっと前にもこんな光景が広がってたよな」


「えぇっと、確かカサブリアが……」


 アルルが顎に指を当てて思い出している。その返答にラルフは二回頷いた。


「……今が人魔対戦中なのはよく分かっちゃいるが、みんなパカパカ戦争しすぎじゃねぇの?」


 ラルフは行く先々の境遇に嫌気がさしていた。元より戦争が嫌いだし、平和に穏便にいきたいと思うのがラルフという男だ。


「ふっ、それが戦争よ」


 スッとアロンツォが横に立つ。闘争心溢れる気を放ちながら、その顔はある種喜んですらいた。単にドワーフの国に行くだけなら退屈なだけの遠征となる。

 しかし、ここに来て戦うことが出来るとは考えてもいなかった。ドワーフとは争えないし、かと言って魔族の侵攻に期待出来なかったからだ。グレートロックは何度も魔族の侵攻を阻んでいたし、魔族がわざわざ危険を冒してまで侵攻してくるとは思わなかったからだ。


「久々に羽が伸ばせると言うもの……」


 首を捻るとゴキッと軽快な音が鳴る。すぐにでも戦争に参加したいが、そう言うわけにもいかない。


「とはいえ、アレがどうも厄介よな。あの巨大さ……人族では束になっても敵わん」


「ああ、そうだ。俺らじゃ勝てねぇ。でもミーシャなら勝てる」


 その言葉を待ってましたとでも言うようにミーシャがちらっと振り返った。この距離で聞こえているわけないし、偶然にしても出来すぎている。

 ラルフは窓から身を乗り出すと声を張り上げた。


「ミーシャっ!やっちまえっ!!」


 シャドーボクシングのように左手と右手を交互に出した。そのジェスチャーを見たミーシャはコクっと頷き、移動と共に光になった。流星の如き軌道はまるで魔力砲のようにまっすぐにサイクロプスに向かって走った。


 ゴォンッ


 サイクロプスの額にミーシャの拳が入った。ゴツゴツとした岩肌の額から生える体の大きさの割に控えめな角がその威力に砕け散り、どんな攻撃にもビクともしなさそうな頭は簡単にノックバックした。

 それを真下で眺めていた小さな戦争の立役者たちは、その一部始終に目玉が飛び出そうなほどの衝撃を受けていた。

 サイクロプスが出てきてからは戦争など有って無いようなもの。まるで天変地異が具現化したような怪物を前にすれば、生き残ることだけを考えるのは自然の摂理だ。

 そんな神の如き怪物が、一魔族の小さな拳をその身に受けて吹っ飛ぶ様は、まるで創作の世界。

 子供が考える、無邪気で夢のような世界を実現する唯一無二の存在。唯一王ミーシャ。


「……み、(みなごろし)……だと?」


 橙将は目眩がしそうなほどに衝撃を受けた。常々、ミーシャを規格外の強さだと定義して来たが、自分の考える規格外の強さとは、まだ規格内だったのだと気づかされる。

 円卓内で「人族と力を合わせて……」などと軽々しく決めたことが今となっては恥ずかしい。

 いや、人類と魔族が手を取り合って”打倒ミーシャ”と戦おうとする意志がお互いにあるのならまだ良い。今やっているのは手を組まない奴は殺してしまおうとする本末転倒と言って差し支えない小競り合い。

 こんなに恥ずかしいことはないし、これほど馬鹿げていることもない。


(後悔している場合ではない、今こそ動く時っ!)


 ミーシャが気を引いてくれているのなら、今の内に船で逃げても”目からビーム”を食らうことはない。様々な不運が重なったことで劣勢とは言わずも、痛い思いをした橙将だったが、生きて戻ることが出来ればばまた立て直せる。

 橙将はさっと踵を返す。その行動を察して部下たちも橙将についていく。


「……んだぁ?あいつら逃げてくぞ?」


「大方、巨人のせいだろ。デケェし目からビーム出すし……巻き込まれたら確実に死ぬだろ?あんなん」


 ガノンと正孝は未だ危機的状況にありながら、少々ホッとしていた。竜魔人と火に耐性のある魔族たちのせいで、勝ち筋が見えていなかった為だ。サイクロプスの出現でうやむやになったが、あのまま戦っていたらジリ貧で負けていた可能性が高い。

 運も味方につけたのだと楽観的に考えていた。こうなったら深追いせず、傍観していればそのうち帰っていく。


 そう思っていた矢先、踵を返したオーガたちの様子がおかしい。騒がしい前方を目を凝らして見るとその正体がわかった。

 ラルフたちだ。ミーシャを除く、ラルフのメンバーが魔族の通せんぼをしていた。ガノンは大剣を持ち上げる。


「……これよぉ、チャンスじゃねぇか?」


 どうやってこの一瞬でビーチに移動したのか?何故ここに居るのか?そんなことは些細な問題である。


「……挟み撃ちにして、あの魔王をぶっ殺す。どうだ良いアイデアだろ?」


「た、単純明快だな……つかガノンよぉ、出来ると思ってんのか?体力も限界だろうが」


「……出来る出来ないじゃねぇよ、やるかやらねぇかなんだよ。行くぞマサタカァ!!」


 まだまだ体力の回復していないガノンだったが、無理を押して魔族にその大剣で斬りかかった。

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