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第十二話 最高VS最強

 その現象は各地で起こっていた。

 ことの発端は獣人族(アニマン)の国”クリムゾンテール”の守護神として祀られてきた最強の獣、古代種(エンシェンツ)が一柱”ダークビースト”の死。

 あれも今の古代種(エンシェンツ)同様、突然に何の前触れも無く巣から離れた。世界誕生から存在しているという伝説の魔獣たちは、歴史上領域から動いた試しがない。ミーシャに半死半生まで追いやられた最強のドラゴン”飛竜”も、羽が六枚もありながら飛び立った記録がないのだ。


 研究員たちはその地にこそ何かの秘密が隠されていると大々的に発表した。人類はその秘密を暴こうと多くの冒険者や強者が果敢に挑んでいったが、戦った者たちはその悉くを殺され、戦いを近くで見ていた者たちだけが生還し、その脅威を伝聞していった。

 魔族たちも不可侵を決め込んだ最悪の怪物がグレートロックの天辺付近に手を掛けて徐々に姿を現した。巨大すぎる単眼の人型魔獣は、ずっとそこに居たような素振りで下々の戦争を観察しているようだった。きっと蟻から見た人族はこんな感じなのだろうと蟻の疑似体験を不本意ながら体験する。


 サイクロプス。

 その強さは体の大きさから既に現れている。オークの王、円卓の第八魔王”群青”が若気の至りから戦いを挑み、部下たちの犠牲のもと、ギリギリで生還するという歴史的大敗を喫した。

 それを知る橙将は目がこぼれ落ちそうなほど見開いて、奥歯を噛み締めた。芯から震え上がるほど恐怖する絶対的な力の権化。これを前にして震えないのは生き物ではいないだろう。だからこそ部下の前では力の限り震えを我慢した。常に冷静な判断を下す為には取り繕うのも重要な要素である。そう自分に言い聞かせながら状況を考える。


(何なんだあのデカさは!あの巨体でどこから湧いて出た!?)


 グレートロック付近は背の高い山脈が続いている。サイクロプスより高い山は点在しているので、隠れようと思えば出来なくはない。しかし橙将が言いたいのはそこではない。問題は何故ここに出現したのか?


(不味いぞ……!あれには天地がひっくり返っても勝てん!早々に撤退するべきか?いや……)


 サイクロプスの目は不気味に怪しく光る。まるで動くものを探しているかのようだ。

 空中で静止する竜魔人と部下たちもまるで時が止まったかのように空中で微動だにしない。その様は「だるまさんがころんだ」だ。奴が目を離すまで誰も彼も息を殺してただ立ち尽くすだけ。


 だが、グレートロック内部は違う。サイクロプスが見えるのは外の連中だけ。突然敵が進行をストップし、浮遊する(まと)になってくれている魔族たちに「なんか分からんけど今の内じゃ」とドワーフたちは忙しなく動いて砲弾を厄介な竜魔人に向けた。

 万が一にも強化された竜魔人が入ってくれば、逃げ道を確保出来ずに皆殺しにされる恐れがある。レッドデビルやレッドデーモンはまだ対処のしようがあるが、竜魔人はここで叩くべきだと兵士間で警鐘を鳴らしている。知らないことが罪とはよくいったものだが、彼らにとってそれが最善だった。


 ドンッ


 轟音を鳴らしながら射出された砲弾はまっすぐに竜魔人に向かう。一切軌道が逸れることの無かった砲弾は無抵抗の竜魔人の体を押しつぶし、まるで羽虫を叩き落としたように力無く落ちていった。


「……馬鹿野郎が……なんて事しやがるっ……!」


 ガノンは焦る。味方の攻撃であり、ガノンが二体潰すのに手こずった竜魔人を撃ち落としたのは本来なら賞賛に値する。現状が違っていればこれは喜ぶべきことであり、味方の士気が上がって戦争を優位に進めたはずだ。

 そう、現状が違っていれば……。


 グゴゴゴォ……


 けたたましい音を立てて巨体がまた動き始めた。砲弾の射出音と竜魔人が動いたのが不味かったのか、様子を窺っているように見えたサイクロプスはまたも動き始める。しかも、山に乗せた手に体重がかかっているのか、ボロボロと岩の山が崩れ始めた。遠くから見て尖っているように見えていた山は、岩肌のようにゴツゴツとしたサイクロプスの手が包み込んで、丸みを帯びているように見える。

 崩れ落ちた岩は、落石となって下々に降り注ぐ。サイクロプスが動き出したことでようやく自由の身となった魔族やドワーフたちは、その落石を避けたり破壊しながら押し潰されるのを防ぐ。

 グレートロック内部も山が揺れたことで、ようやく事の重大さに気づいた。突然起こった地震で内部に悲鳴が木霊する。ガラガラと転がり落ちてくる岩を見て、持ち場を放棄。鋼王の元へとひた走る。

 突然の揺れにバランスを崩した鋼王は、机に寄りかかりながら声を張り上げる。


「何事だっ!!敵襲か!?」


「鋼王っ!!天変地異でございます!!このままでは崩落の危険もあります故、避難命令の指示をお願いいたしまする!!」


 駆け込んできたドワーフが、床に手をついて額を擦り付ける勢いで頭を下げた。


「地震!?こんな時に間が悪い……神は我らを見捨てたか……!?」


「そんなこと言ってる場合ですか?鋼王は民を連れて抜け道から逃げてください。戦争と天変地異のダブルブッキングなんてシャレになてないですしね」


 鋼王の警護に当たっていたアリーチェは得物を持って部屋の出入り口に歩き出す。


「なっ……そなたはどうするつもりだ?」


「どうって、一緒に逃げるんですよ。私の仕事はあくまでも鋼王の警護ですし?」


「え、いや……ガノン殿はどうする?心配ではないのか?」


「はぁ、別に恋人ってわけじゃないですし……心配しなくてもあの人はあの人で何とかします。腐っても白の騎士団の一人ですし。まずはこっちの安全が第一ですよ」


 鋼王はアリーチェの言い分に若干呆れながらも気を引き締める。


「確かにこうなっては仕方あるまい。皆の者!避難所にいる民達と共に抜け道から出るぞ!一人も見逃さないように頼むぞ!!」


 ドワーフ達は王の命令に忠実に動き始める。キビキビとした動きは普段の訓練の賜物だろう。そして今回の戦争が関係している。単純にみんな死にたくないのだ。

 何が起こっても良いように三ヶ月に一回は抜け道の整備をしているので、安心して抜け道を通れる。今回は万全を期するために戦争前に事前に確認したくらいだ。遁走に余念なし。

 そうして着々と逃げる準備が進む中、外では意外なことが起こっていた。


「な、なんだ?奴はどこを見ている?」


 橙将は困惑気味に口を開いた。

 サイクロプスはドワーフの攻撃で落ちた竜魔人を追って出てきているものだと考えていたが、落石を落としたり、下に甚大な被害を与えているにも関わらず、もう下を見ていない。目線の高さの虚空をじっと睨んでまたしても動きが止まった。

 またいつ動くかも分からない災害はこちらをあざ笑っているかのようだ。


「てか、何がしてぇんだよあいつ……」


 正孝も困惑気味にガノンを見た。ガノンもその視線には首を振って答える。


「……俺が知るわきゃねぇだろ。あんなバケモンの心なんざよぉ……見ろよ、アホ面で固まってんだぞ?」


 こんな時でもなければ笑えたのかもしれないが、こんな時なので笑えない。様子を伺う事しか出来ない蟻んこ達は固唾を飲んで見守る。


 シュンシュンシュン……


 何かを吸い込むような奇妙な音が辺り一帯に鳴り響く。それと同時に辺りが今以上に明るく輝き始めた。

 その正体はサイクロプスの目。大気から光を目に集めているように見える。ある程度溜まったのか、単眼は光り輝き、今にも暴発しそうな空気を孕んでいる。何が起こるのかと戦々恐々と観察していると、その目から凄まじいまでの光が前方に吐き出される。


 ゴバアァァッ


 どう表現したら良いか……その攻撃は意外も意外だった。この怪物は接近戦だけでなく、遠距離も持っていた。

 とはいえ、サイクロプスほどの大きさを有していれば、接近戦かそうじゃないかなど誤差に過ぎないだろう。何故なら、手を伸ばせば距離の差など一瞬で埋まる。

 そんな事御構い無しに放たれた極太ビームは、触れたものことごとくを消滅させる。これに狙われるとは不運そのもの。誰もがどこぞの国の消滅を幻視していると


 バンッ


 流水を利用して果物でも洗っているかのように、ビームの先端が何かに阻まれて放射状に広がった。空に浮かぶ雲が千切れ、海が触れた先から蒸発する。ビームの射線上に居た何かが空中から生えてきたように姿を現し始めた。


 これを狙っていたとは不運そのもの。


 一瞬で言葉が180°翻る大惨事が目の前で起こっている。カモフラージュで見えないはずの脅威をいち早く危険と察知したのだから、やはり古代種(エンシェンツ)の名は伊達ではない。


 空に浮かぶ要塞を守る魔族。

 ”(みなごろし)”それが少し前の彼女の名だ。

 ミーシャは突然放たれたビームの前に立ち、その力を存分に振るって自慢の魔障壁で防いだ。


「何あいつ、生意気」

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