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第八話 激化

「何だ?あの男は?」


 橙将の目に映ったのはディエゴの敗北。それを成したガノンに釘付けとなっていた。


「この山に偶々居たのか、それとも呼び寄せたのか……いずれにせよ恐怖を物ともしない怪人か。魔断がもっとも警戒すべき戦力だと認識していたが、他にも面倒なのが居たとは……」


 ドワーフを舐めていたわけではない。しっかりと戦力を整え、圧殺するつもりでここまでやって来た。現に正孝の時は苦戦を強いられることもなく、正面突破も可能だと思えたくらいだった。


(アレが現れてから戦況が変わった……)


 このままでも十分勝てると踏んでいただけに、ガノンのせいで若干の立て直しが必要になった。

 ディエゴは部下の中ではかなりの実力者。それを一対一で瞬殺とあっては士気が下がるのも当然だ。


(第四、第五を下げるか?)


 スッと振り返る。後ろに棒立ちになっていた竜胆率いる竜魔人に注目した。同胞たちは信頼は出来るが、今回に限っては実力が追いつかない。となれば竜魔人を使っていくのが最善ではないだろうか?そう思った時の橙将の動き出しは早かった。

 彼は腰に隠すように下げていた角笛を取り出す。サッと口にあてがうと、間髪入れずに音を出した。


 ブオォォ……!


 無視出来ないほど大きな音が鳴り響き、この場の戦意が一瞬削がれる。その音の主に注目が集まり、耳目を一身に受けた橙将は手を振り上げた。

 その合図にハッとして前面で戦っていた第四、第五軍は後退しつつ道を開けた。それを訝しみながら見るドワーフ側。ガノンはせっかくの戦いに水を差された気分になり、顔を歪めながら睨みつける。


「……チッ……一体何しようってんだ?」


 橙将は後ろに控えさせていた竜魔人を前に出し、背中に手を添える。


「おい何してんだよガノン!野郎なんかしようとしてるぜ!止めなくていいのかよ!?」


「……っせぇな。あそこに踏み込めっていうのか?俺は自殺はしねぇんだよ……」


 出来ることなら止めに行きたいと思うのは正孝だけではない。角笛で注目を集めてからの全体指揮を見れば、十中八九あれが魔王であることが分かる。

 銀爪と違って前に出てくるタイプではないことを考えれば、慎重な魔王なのだろう。飛び込めば迎撃されるのは目に見えている。


「だからってこのままにしてたら……!!」


 正孝の懸念はもっともだ。異様な気配をビンビン感じる。

 その異様さは外側にも現れた。竜魔人の体がメキメキと音を立てて筋肉が膨れ上がる。上級魔族に数えられる種族がさらに強化されていくのを止める事が出来ないもどかしさに苛立ちを抑えられない。


「……手前ぇは自分の心配をしてろ。もう分かってるだろうが手前ぇの炎は通用しねぇ。その辺で武器をかっぱらって備えとけ」


 全くその通りだ。正孝は炎の力で向かう所敵なしの様相を呈していた。しかしそれも火に耐性がある敵に出会う事が無かっただけ。特異能力が封じられては正孝の力は半減だ。

 だからこそ、火が通用しないなら何らか武器を使わざるを得ない。


「でも俺は武器なんて……」


「……あぁ?何甘えた事言ってんだ手前ぇ……生きるか死ぬか何だぞ?戦って覚えろ」


 正孝は頭をガリガリ掻いて「くそっ!」とストレスを吐き出す。オーガの一体が使っていただろう七星刀のような剣を拾った。

 握りを気にしながら軽く振ってみる。カンフー映画で見たことのある動きをそれっぽく真似して振ってみると、何となく手に馴染むようなそんな気になった。正孝は自身の才能に口角を上げた。初めて握った剣をここまで扱えるのは客観的に見て凄いのではないかと自分を褒め称えた。

 彼はこの世界に来てから身体能力が底上げされている。元から運動神経の良かった彼が底上げされると、どんなことでもそれなりに出来てしまうのだ。

 ただそれはパフォーマンス程度。戦いに昇華していくのはやはり経験が必要だ。


「……とりあえずそれで良い……手前ぇらはその辺のオーガを殺れ、全力で戦ってれば援軍がこっちに来る。そいつらと合流して出来るだけ奴らの数を減らせ」


「ガノンはどうすんだよ?」


「……決まってんだろ?竜魔人をぶっ殺す」


 大剣を振りかざして戦闘準備に入った。その行動でドワーフたちの士気が上がり、鬨の雄叫びを上げる。


「ふっ、随分とのんびりした連中だな。急いで損したぞ」


 橙将は竜魔人二体の背中から手を離す。直接触れることで強化した竜魔人たちは、普段より一回り大きくなりながら興奮から鼻息荒く戦闘の時を待つ。


「これだけ強化すれば単純な一撃で人族の頭程度軽く粉砕できよう。多少単調な攻撃になりそうではあるが……」


 薬漬けにして橙将の言うことしか聞けなくなった竜魔人たちは、余計な思考が削られた影響で複雑な動きをも阻害されている。グラジャラクに生息しているバーバリアンくらい脳無しとなってしまったが、身体能力はこっちの方が上である。


「行け、捻じ伏せろ」


 その命令が耳に届いたと同時に「ゴオォォッ!!」と吠えた。これが戦闘再開の合図となる。今まで様子を伺っていたオーガたちは竜魔人の戦闘参加に士気を取り戻し、武器を構えて戦闘体制に移行する。

 ドワーフたちも竜魔人の咆哮に怯えながらも、自身の命を守る為に武器を構えた。正孝も体の震えを抑えながら今しがた手に入れた武器を構える。


「……マサタカ」


「んだよ」


「……死ぬなよ」


「あ……?何言ってんだよ。らしくねぇじゃん?」


「……おい、茶化すな……未来ある若者に人生の先達としてこれくらいは言わせろ」


「はっ!そうかよ!じゃテメーもここで死ぬな。ジジイは好きなだけ生きて老衰してろや!」


「……誰がジジイだコラ!……ったくよぉ……」


 ガノンの額に青筋が立つ。喧嘩しそうな物言いだったが、二人の間には友人同士の気安い空気が流れていた。

 そんな空気を読まない竜魔人の二体は地面を蹴ってガノンに迫る。それに合わせるようにガノンも地を蹴って接敵した。


 ギャリンッ


 竜魔人の全身を覆う鱗はガノンの斬撃を防いだ。


「ガアァッ!!」


 ボッと勢いよく振り抜いた拳は風圧を起こし、当たってもいないのに地面を抉るほどだった。かなり鍛え上げられた兵士でもこの勢いにはバランスを崩してしまうだろうそんな一撃。

 だがガノンの体はこの程度では揺るがない。どころか当たれば即死クラスの一撃にニヤケが止まらない。疲れ知らずの竜魔人はその場でパンチやキックを連続で繰り出しながらガノンを殺そうと襲い掛かる。


「……馬鹿がっ!動きが単調すぎて当たらねぇよっ!!」


 体を反らして剛撃を避けたり、大剣で攻撃を受け流したり、隙を見計らって剣で攻撃したりとガノンの立ち回りは完璧だった。

 正孝たちも負けじとオーガや魔獣を狙って攻撃を仕掛ける。ガノンの登場により士気を回復させた味方の勢力は、だいぶ少なくなっていたにも関わらず戦果を上げ始めた。オーガたちも竜魔人の参戦で多少なりとも士気の向上に繋がってはいたのだが、ドワーフたちほどではなかったようだ。

 大軍と呼べる橙将の部下が多少死んでもそれほど痛手にはならないが、ドワーフ如きが調子づくのは腹が立った。


「竜胆。貴様の部下を全員使わせろ」


「……好きに……しろ」


 竜胆の思考は既に橙将の手の内。聞く必要など本当は無いが、了解を得るように質問するのは橙将の癖である。まだ余裕のある証拠だろう。

 橙将は竜魔人の体を弄り始めた。着々と竜魔人の体が膨らんでいく。その時、バギンッと聞き馴染みのある音が聞こえてくる。


「ギィアアァァッ!!」


 竜魔人の鱗をガノンの大剣で切り裂いた。というよりぶち破った。竜魔人一体の傷口から青い体液が吹き出る。致命傷に近い傷だったが、薬でぼんやりした頭に強化された体が戦闘をやめさせない。尚も突っかかっていく竜魔人にガノンは大剣を振り上げ、肩口から胸にかけて押し切った傷口に再度斬撃を入れた。


 ガゴンッ


 剣は半分以上竜魔人の体を叩き切って、地面にクレーターを作った。地鳴りでバランスを崩す兵隊たち。ぶった斬られた竜魔人は前のめりに倒れて完全に息絶えた。もう一体いるにはいるが、二体一で圧倒的な力の差を見せつけたガノンの敵では無い。


「……オラァ!!出て来い魔王っ!!こんな雑魚じゃ話になんねぇんだよ!!それとも何か?怖くて前に出られねぇのかよ!!」


 ガノンは挑発するが、橙将は乗るつもりなどサラサラない。


「ふんっ、言ってろ狂犬。貴様らの守る国は風前の灯火だ。精々吠えているが良い」


 会話をする気もない橙将は言葉をポツリとこぼしながら竜魔人の強化を終えた。


「さぁ貴様らの敵だ。同胞の仇を取り、この場の敵を鏖殺せよ」


 竜魔人たちは前の竜魔人と同じく、心胆を震わせるような咆哮でガノンを期待させた。


「……くくっ、いいじゃねぇか。”竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”もとい”竜魔人殺しドラゴニアンスレイヤー”か……良い肩書きじゃねぇかよ……”狂戦士”よかよっぽど立派だぜ……なぁおいっ!!」

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