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第七話 貪欲の狂戦士

「……おい見ろよ。始まったぜ」


 目をギラつかせながらガノンはニヤリと笑った。様子を伺っていたドゴールも目を丸くする。


「何という炎だ……ここまで熱波が押し寄せてくる」


「……はっ!良い合図だったろ?」


 大剣を担いで歩き出す。


「おい、まだ早い。タイミングを待て」


 ドゴールの静止に対して以外にも素直に立ち止まる。肩越しにムスッとした顔でドゴールを見た。


「……待てねぇ……って言ったらどうする?」


 予想通りの返答にドゴールは眉を吊り上げて肩を怒らせる。


「勝手は許さん!」


 ドゴールはガノンを引き留めようと足早に近づくが、それに気づいたガノンはニヤッと笑って掴もうとする手を振り払い、一瞬で移動を開始した。その速度は常人を軽く凌駕し、見る者によっては消えたように見えた。


「……あのクソ餓鬼……」


 普段の彼からは決して出ない汚い言葉を使用しながら踵を返した。


「ド、ドゴール様。我々はどうしたら……」


 ガノンを指揮官としたドワーフの部隊は肝心の指揮官を失い、困惑気味にドゴールに質問する。その不安な顔を見て溜息をつきながら返答した。


「……当初の予定通りタイミングを見計らってガノン殿に合流せよ。作戦を遂行するのだ」


「了解致しました!!」


 ドワーフ兵は胸を二回叩いて頭を下げた。ドゴールは小さく頷いた後、自陣に戻った。


 ガノンは疾風の如き速度で駆け抜ける。あっという間に正孝の率いる部隊の元にたどり着いた。魔王率いる軍勢に少々押され気味といったところだ。


「……へぇ……やるじゃねぇか」


 正孝は魔獣人との戦いでかなり善戦した。というより銀爪との戦いでも何とか無傷で戦うことが出来た。そんな強さを持つヒューマンなら、攻め込んできた魔族を簡単とは言わずも、ねじ伏せるのではないかと考えていた。


「……中々どうして……楽しませてくれそうだな……」


 ガノンの筋肉はメキメキと、特に大腿筋が膨れ上がる。地面に足がめり込み、足を伸ばすのと同時に岩場が爆ぜる。その音が聞こえないほどの激戦の中で正孝は焦っていた。


(何だこいつらっ!俺の炎が効かねぇだとっ!?)


 敵に浴びせた最初の一撃で揺るがなかったので「なかなかやるじゃん」と感心していたが、単なるやせ我慢であるとも考えていた。どうもそうでは無いとようやく感じ始めた。


「そうかっ!こいつら火に耐性があるのか!?」


 いくら火で炙っても表面を焼くくらいで炭に出来るとは思えない。それを裏付けるかのようにいくら火を放ってもひるむ様子もない。特異能力を封印し、肉体能力で戦うことを強いられている。相手は薙刀や剣、斧や棍棒など様々な武器を使用して猛威を振るう灼赤大陸のオーガ。他にもレッドデビルやマグマトータスと呼ばれる魔獣なども戦場に来ている。

 この軍勢、思った以上に強い。出だしこそ互角だったが、正孝の炎が効かないと見るや敵は防御をかなぐり捨てた特攻を仕掛ける。元々あまりいなかったドワーフ兵は徐々にその数を減らされた。

 耐久力が高く、腕力で押しつぶすタイプのドワーフに、真っ向からそれを上回る攻撃で圧倒していく。正孝は身体能力が高いのでここで死ぬことはまず無いが、ドワーフは一溜まりもない。


「おいっ!ヒューマン!!なんとかせんか!!このままでは全滅するぞ!!」


「知るかよっ!!俺の炎が効かねぇんだからどうしようもねぇだろ!!危ねぇってんならとっとと退避しろや!!」


 苛立ちをぶつけ合う。そんなことをしている場合では無いのだが、そんな精神的余裕など無い。圧倒的不利な状態から仲間割れも始まり、最悪の状態へと発展しつつある中、オーガ族の一体が正孝の背後を捉えた。


 ゾクッ


 死の恐怖。銀爪の時に感じたものとは別種の単純で原始的なものだった。というのも、既に武器が振り下ろされ、目と鼻の先に鋭利な刃物が迫っていた。


(……っべぇ!避けらんねぇっ!!)


 顔を背けたとしても肩に直撃する。武器が斧というのも厄介なところだ。重量で押しつぶすタイプの武器であり、まともに入れば筋肉では止めきれず、致命傷は免れない。


 バギンッ


 その音は正孝の目の前で鳴った。火花が飛び散り、斧が消失する。いや、斧だけじゃなくそれを握っていたオーガの上半身も消失していた。

 何が起こったのか?とめどなく溢れでる冷や汗が、正孝の思考を洗い流しているかのように何も考えることが出来ない。


「……ギリギリだったなぁ……よぉ、大丈夫かよ。マサタカ」


 背後から聞こえたのは野太い腹の底から出したような低い声。常人なら縮みあがりそうなドスの利いた声だが、正孝には聞き馴染みある声だった。


「ガノン!!お前なんで!?」


 振り向きざまに名前を叫ぶ。ガノンが出てくるには早すぎる。作戦通りにするなら、今丁度グレートロックから出発するくらいだ。予定と違う。


「……バーカ、戦争だ戦争。何が起こるか分かんねぇからこうやって相手をビビらすことが出来んだよ。存外手前ぇも危険だったようだしなぁ……ま、結果オーライって奴だ」


 自分の能力を過信して一人でも勝てると豪語した手前、ガノンに助けてもらった現状が恥ずかしくあるのだが、内心ホッとしていた。

 それとは逆にオーガの方はガノンの登場に驚愕と恐怖を同時に感じていた。同胞の体が訳なく分割され、頑丈な斧ごとそこらに点在している岩のシミとなったのだ。これだけ歴然とした力の差を見せつけられれば身も凍る。


「……オーガか……マサタカの得意分野じゃどうしようもねぇわな……にしても、わざわざ灼赤大陸からご苦労なこった」


 2mのガノンの身長ほどもある大剣を肩でトントン跳ねさせながらニヤニヤ笑っている。魔族の中でも強そうな奴が前に出てきた。

 ガノンと同等くらいの身長で、肩幅が広く、筋骨隆々なオーガ。貫禄も相まって隊長格であることが見て取れる。


「ふん、やりおるわ。一介のドワーフ、そこなヒューマンなど恐るるに足らずとこちらも調子づいていたが、やはりヒューマンにもいるのだな。強大な戦力というものが……」


「……ふん、よく分かっているじゃねぇか……俺の名はガノン。手前ぇは?」


「俺はディエゴ。第四、第五軍を預かる将だ」


 手に持った薙刀を振り回し、牽制するディエゴ。その動きを見ながらも余裕の態度で未だ肩に大剣を弾ませる。


「……なるほど……手前ぇを()れば四と五は瓦解するわけか?」


「ふん、勘違いするなよ?俺たちは誇り高きオーガ族。万に一つでも俺を討ち取った所で瓦解などせぬわ」


「……でも俺と一騎討ちをしようってのか?勝てると思ってんのかよ?この俺に……」


「無論」


 バッと薙刀を構えた。その姿は堂に入っていて隙がない。正孝の肩を持って後ろに下げる。


「わっ……!ちょ……おい!」


「……後ろで見てろ。こいつは俺が殺す」


 大剣を正眼に構える。

 他の場所では戦いが激化しているのか、遠くの方で剣戟の音が聞こえてくるというのに、この場は静かなものだ。皆が皆、固唾を飲んで見守る。


 ジリッ……


 先に動いたのはディエゴだ。前に詰めるように摺り足で近寄る。それに対してガノンは動かない。相手の出方を伺っているのか、或いはカウンター狙いか。

 二人の姿は一瞬消える。動き出しは誰にも捉えられない。正孝も目で追えない速度。


 バギンッ


 勝負はこれまた一瞬だった。ディエゴの薙刀と上半身は吹き飛び、先のオーガとは逆方向にあった岩のシミになっていた。恐るべきはガノンの剛腕。


「たくっ……バケモンがよぉ……」


 何度見ても惚れ惚れするほど強い。意気がった敵の将を難なく打ち取り、敵に恐怖を植え付ける。それとは逆に周りで見ていたドワーフは活気付き、士気が爆上がりする。

 一転攻勢。

 ここからが本当の勝負だ。とは言え正孝の部隊のドワーフ兵は少ない。ガノンの部隊はそろそろグレートロックを出発した頃合いだろうから合流までに時間がかかる。物量では圧倒的すぎて強者の前とはいえ心もとなく感じた。


「……おい手前ぇらぁ!なんて顔してやがる!戦争だ戦争!!ぶっ殺し合いの始まりだぞ!!」


 ガノンは舌舐めずりをしながら前を見据える。


「……足りねぇ足りねぇ!!こんなんじゃ殺したりねぇ!!せっかく俺が出て来てやったんだ!もっと俺によこせ!!手前ぇらの命をなぁ!!」

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