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三十話 戦いの終幕

 雷のごとき光の一閃。

 ラルフの頭は両断され無残に飛ぶ。はずだった。


 団長の思惑はまたも外れる。切っ先はラルフのこめかみの寸前でまたも停止した。触れる事もなく止まった理由は切っ先を持たれたせいだ。

 その切っ先を挟み込んだ手は浅黒く、女性の華奢な指だった。吸血鬼の指より短く、幼さを感じさせる。ラルフの目の前に浮かんでいる魔族。金色の髪の毛はお尻にかかるほど長く、耳が長いのが特徴的で、きれいだが可愛げの残る顔だった。その瞳は金色に染まり、縦長の瞳孔が人であることを否定する。吊り上がった眉毛はラルフを狙った攻撃に怒りを感じているように見えた。


(そんな……馬鹿な……)


 もしこれを今現在、行っているならばそれは”時間超過(クイックアップ)”の速度を超えている。さっきまでこの場にいなかった魔族が出現し、吸血鬼のように予め用意したわけではないのに剣をその手で受け止める。

 現実では……少なくとも自分の常識の枠内では当てはまらない事が次々と起こっている。衝撃が強すぎて、最後のチャンスである一定時間が解けてしまった。止まったように見えていた世界が動きを取り戻し、時を刻む。

 可憐な少女は優雅に大地に降りて見せ、剣を持ったままラルフに視線を向ける。


「遅いと思ってきてみれば、何を遊んでいる?」


「うおっ!?ミーシャ!なんでここに……」


 ラルフはミーシャの突然の出現に驚いて疑問を投げかける。と同時に「あっ」という間抜けな声を出し口を覆う仕草をする。


「ミーシャ……だと?」


 団長はその名前に覚えがあった。それもそのはず、今回のメインターゲットであり自分の主に”人類史の一生に一度のチャンス”と言わしめた魔王の名前である。


「これが……あの”(みなごろし)”なのか……?」


 にわかに信じがたい事だが、自分の剣がスキル発動中に素手で止められた事実を考えれば傷の痛みも忘れて驚愕に心を奪われるというものだ。ベルフィアは矢を抜き、右手を回復させた後、急いで身なりを整えてミーシャに対し礼をする。


「魔王様、申し訳ございません。彼奴等(きゃつら)ノ数に阻まれ、進行ノ阻害を受け……」


「やめろベルフィア。言い訳はいい」


 ミーシャは左手をかざし、ベルフィアの言葉を止める。ベルフィアはさらに頭を下げて「失礼しましタ」と後退する。


「そのマント……お前がイルレアンの騎士団長か。強いと聞いているが……動きにキレがないな」


 団長はゾッとしてラルフを睨みつける。いつから魔王に(くみ)しているのか?どこまで情報を開示しているのか?どこまで魔族に魂を売ったのか?

 とにかくラルフは敵どころか人間ではない。交渉の時に感じた違和感はこれだったのかと絶望する。


「ん?無視か?私を前に見上げた度胸だ」


 剣をラルフから力ずくで、団長の後方に投げるように離す。ブンッという音が鳴り、と同時にベキッという木の枝が折れたような音が鳴る。その後「ギャッ!!」という、首を絞められた鳥のように絞り出した声が聞こえたかと思うと剣は停止する。剣は遠く後ろで控えていた守衛の一人に刺さったみたいだった。


 ミーシャは特に狙ったわけではない。何の気なしに人の命が奪われた。剣を失った団長は右腕を抱え脂汗をかきながら痛みに悶絶している。剣を振り投げられた勢いが良すぎて、握っていた右手が耐えられず、あらぬ方向に折れてしまった。(あばら)の痛みが麻痺してきたころに追加ダメージを入れられ、意識を手放す一歩手前まで追い詰められていた。


「うわぁぁぁ!」「なんだよあれ!!」

「撤退しろ!!今すぐに!!!」

「逃げろ!逃げろぉぉぉ!」


 潜んでいた守衛たちは我が身可愛さに草木を揺らしながら一目散に町へと逃げていく。


「あ、おい!お前ら!逃げるな!!作戦を遂行しろぉ!」


 騎士の一人は大声を上げ命令するが、それに対する返答などない。パニックで叫び散らしながら、とにかく必死で離れていく。取り残された騎士たちも恐慌に陥る寸前で体の震えが止まらないものの、精神力のみで踏みとどまる。


「なんだ?指揮官がここにいるのに逃げるのか?随分と薄情な連中だな……それともこれも作戦か?」


 ミーシャはそれこそ数々の戦場で多くの種族を虐殺してきたが、指揮官がまだ死んでないのに瓦解する隊列を見た事がない。人間も一枚岩ではないのだろうが、一応義理立てくらいはするのだと勝手に思っていたからだ。

 団長も使えず、隊列もなく、騎士は恐怖から動けない。ミーシャの登場により、もはや一縷の望みもなくアルパザ陣営の敗北が決定した。


「……うーん……元から寄せ集めの日和見集団だ。戦争から逃げた連中に義理なんてないと思うぞ?」


 ラルフは一目散に逃げた守衛を諦めた目で見ていた。強固な壁の中で平和に過ごし、壁の外では弱い魔獣と戯れ、命の奪い合いをせずに生きてきた町民に期待など出来ない。


「全くその通りだ、ラルフ……」


 ガサガサという音でこの切羽詰まった状況に姿を現したのは、いの一番に撤退を命じた守衛のリーダーだった。


「俺たちは戦場から逃げた臆病者だ……。今も戦場で戦う連中に対して申し訳ない気持ちもありながら、日々平和に過ごす暮らしに安心を噛み締めていた」


 俯き加減で卑屈に喋るリーダーは一拍置いて息を吸い込みまた語りだす。


「だからこそ生きるために必死だと思わないか?安全な大地を作ることが罪なのか?どう思うラルフ。お前こそ人間(・・)に義理はないのか?」


「なんだお前は?突然出てきて意味不明な……」


 ミーシャが少々苛立ち加減でリーダーに食って掛かろうとするがラルフがミーシャの肩に手を置いて制する。


「待ってくれミーシャ。ここは俺が答える」


 ギロリといった目で肩に置いた手とラルフの顔を順に睨みつける。ベルフィアもその行動にラルフの手を千切るべきか逡巡する。


「……頼む」


 その目にたじろぐ事なく見つめ返すラルフの目を見てミーシャの肩から力が抜ける。怒りから子供の不満げな顔に戻り、つーんっといった感じに顔を背ける。ラルフの目に確固たる意志が見えたからこその態度だった。


 ミーシャはラルフに甘い。


 ベルフィアもその態度に強張った体から力が抜ける。肩透かしを食らった感じで一瞬とぼけた顔になるが、また主に対応するキリッとした顔に戻り直立で停止する。


「あんたは逃げないのか?団長さんがこの様じゃ勝てない事は目に見えてるだろ。これ以上死人を増やすんじゃねぇよ」


 ラルフは一歩前に出て対話を開始する。


「なんでだ、ラルフ……そりゃ俺たちは喧嘩ばっかしてたし、お前に期待しちゃいなかったが、同じ種族……人を裏切るのに何のメリットがある?これはあまりにひどいだろう」


 ラルフはリーダーが何を言いたいのか分からずとりあえず黙って聞く事にした。


「お前に人の心があるなら、ここから去ってくれ」

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