第三十六話 不法入国
ラルフ達がホルス島を発ってから二日後、海岸に八つの人影が現れた。
どこから現れたのか、何の為にそこに居るのか。港には船は停泊していないし、誰かが来るという話も聞いていない。突如現れたヒューマン達を警戒して、しばらく空中で見ていた港警備隊が意を決して近付く。
「そこの者共!お前らは何者か!?」
まるで幽霊の様に海からやって来た不審者達におっかなびっくり槍を構えつつ質問する。羽の生えた金髪碧眼の男達に目を丸くして女の子が呟く。
「わっ!天使だ天使!この世界には天使が居たんだ!」
「てん……し?訳の分からんことを!私の質問に答えろ!!」
質問に答えず、頓珍漢なことを言う女の子に怒号を浴びせる。しかし全く意に介する様子もなくニヤニヤ笑いながらジロジロと、体を舐める様に遠慮なく見ている。そんな彼女を尻目にしっかりと顎髭を蓄えた剣士が口を開いた。
「我らは最近”王の集い”とやらに協力を要請された”八大地獄”と申す者。ここで先日起こった光の柱についての調査に参った。誰ぞ話の分かる者を連れてこい」
警備隊に囲まれていると言うのに何でも無い様に堂々と答える。その様に一同動揺する。まるでその調査とやらが随分前から予定されていた様な錯覚すら覚えさせられる。が、そんなはずはない。
「……警備長、如何しますか?」
「ううむ……王の集いの話が本当ならここで留め置くのは失礼に値するだろうが……」
警備長は年齢も性別もバラバラな連中を見渡して、一拍置いてから答える。
「悪いがどんな者であれ許可のない者をこの先に通すことは出来ない。何らかの許可証、または入国の手続きを済ませてから再度この地に参られよ」
「何ぃ……?おいそれは無いじゃろ?儂らはイルレアン国のマクマイン公爵より協力を懇願された言わば特使。ここまで来たというに帰れとは不敬ではないかの?」
杖を付いている老人だというのに意外に元気一杯抗議する。そんなクレーム紛いの言い分にも態度を崩さない。
「先にも伝えた通り、どんな者であれ例外はない。大変申し訳ないのだが、予定にない訪問を許可する訳にはいかないのでな。出直されよ」
「……上の者にも取り付けられないと?我らとて待つことは出来る。ここで一人パッと飛んで行けば済む話ではないか?」
「くどい。入国の手続きを踏んで再度入国せよ」
警備長は頑なだ。これ以上ゴネても帰ってくる返事は同じだろう。
「もう面倒臭ぇ。ここの奴ら全員殺してこの国の上層部に直談判しようぜ」
巨大な斧を背負った物騒な巨大な男が、これまた物騒なことを言い始める。腕に魔道具らしき物を装着した少年と奇抜な格好をした女が「賛成」とハモった。どうやら暴力に訴える気らしい。
八人全員があまりの面倒臭さから武器を抜こうとすると、中で一番幼い女の子から光がふわっと飛び立った。
『待ってみんな!』
「なっ……ピクシーだと?!」
それはピクシーと呼ばれる妖精だ。妖精種であり、人族に加勢する同盟国の一つ。魔素を精霊の力を借りて属性変化させると信じられているこの世界で、妖精は敬うべき存在の一つである。
『この人たちと戦ってはダメ!ほんのちょっとだけで良いから歩み寄って話を聞いて!』
オリビアの悲痛な叫びは警備隊の心に届く。縁もゆかりもないその辺のヒューマンの話は突っぱねられても、ことフェアリーとなれば話は別だ。危険な集団であることに変わりないが、ピクシーの存在が警備長の心を絆した。
「……皆、矛を収めよ。八大地獄の方々、失礼した。つい最近魔族の襲撃に遭い、ピリピリしていたのだ。精霊が守護する御仁ならば信頼に足る。上層部に掛け合う故、しばし待たれよ」
そう言うと警備長は羽を広げて飛び去った。残された警備隊は槍を下ろして警備長の帰りを待つことになった。無論、警戒は解かない。槍こそ構えていないが、先に進ませない様に囲んで様子を伺っている。
「ふむ、ここなところで役立つとは思いも寄らなんだ。オリビア、よくやった」
『へぁっ!?……あ、うん。ありがとう……』
「やるじゃんオリビア。見直したぜ」
「こんなんでも意外な信用があるのねー。やっぱこの世界は分かんないわ」
『え、あ……ははっ……』
バードの身を案じて飛び出したオリビア。バードが視認した途端に攻撃の姿勢を解くという自分の中では異例の行動に、他の誰より一番驚いている。この行動が一角人の時に出来ていればどれだけの人間が助かったのだろうか?今更考えてもどうしようもないことだが、どうしても考えてしまう。無謀とも思えるこの行動に移れたのはそれがきっかけだろう。
「……そこの羽人間」
いきなり声をかけられて狼狽するバードの一人。落ち着いて返事を返す。
「はい。何でしょう?」
「先ほど魔族の襲撃があったと聞いたが、それは光の柱と関係があるのか?」
バードは伝えるべきか悩む。警備長が戻るまでは口を聞かないほうが賢明ではないだろうか?チラッと仲間に目を向けると「俺に振るな」と言いたげな苦い顔をした。他のバードが顎で「もう言ってしまえ」と合図する。自分の葛藤など知らずに良い気なものだと心で愚痴りながら返答した。
「……関係は大いにあります。と言うより光の柱を発生させた当事者であると言うべきでしょうか」
「魔族とはかくも強き生物なのか?よく国が崩壊せずに残っておるな」
「正確には魔族同士の小競り合いに巻き込まれたと言うのが正しいかと。我々は単なる被害者であり、魔王同士が潰し合うという稀有な事態に遭遇した運の良い国なのです。我々など眼中になかったのかもしれませんが、それこそツイていたと言わざるを得ないでしょう」
「何と……して、その魔族はどこに?」
「そこまでは……既に国から離れたとしか聞いておりませんので……」
それを聞いて魔道具を腕に装着した男の子がダンッと地面を踏みしめた。
「くそっ!遅かったじゃねぇか!何だよそれ!!」
「落ち着かんかテノス。儂らはあの地から光の柱を目撃しておる。ここまでの距離を考えれば既に国を発つことくらい予想出来よう?ここでは出来る限りの情報を収集し、次に備えるのじゃよ」
「トドットの言う通りよ。何事も知ることから最良の糸口が見えるもの。まずはここで準備を整えるとしようぞ」
程なく警備長が戻った。街の出入りに関しては難しいものがあったが、先日の戦場跡を見せることで合意し、ホルス島自慢のビーチに案内された。民間人と思われるバード達がチラホラ見える。警備隊が人払いを行い、海の家の店員以外の砂浜は人の気配が消え、しんっと静まり返っていた。
ロングマン達は全く気にせずズカズカとビーチを歩く。沖に目をやると今も巨大な蔓草がそこにあった。
「あの植物は何か?」
「撫子と呼ばれる魔王の要塞だと聞いている。撫子の死と共に力を失った唯の植物だが、巨大過ぎて扱いに困っているのだ。全く死んでも迷惑をかけるとは、勘弁してもらいたいものだ……」
はぁ……っとため息を吐きながら心底迷惑そうに眺めている。それを横で見ていたロングマンはふんっと鼻を鳴らす。
「片付けてやろうか?」
「ははっ出来るものならな。真面目な話、海から引きずり出して乾燥させないと火で炙るのも難しい。小分けにすれば出来なくはないが、時間ばかりが掛かって労力に見合わない。早くて一年、遅くとも一年と半年は優に掛かる。聞くだけで嫌になっただろう?気持ちだけ受け取っておく」
警備長は自嘲気味に微笑んで肩を竦めた。
「まあそう言うな。我らが手を貸せばものの数分で消し炭よ」
「ん?どうやって……」
「ジニオン」
その問いかけに斧を担いだ大男が振り向く。
「ああ?何だ?」
「あの植物を片付ける。手伝え」
「焼くのか?」
「ああ」
ザッと気軽に歩き出した。何を馬鹿なと野次馬のように眺めていると、ロングマンは腰に下げた刀を抜いた。刀は芸術品のような見事な逸品で、刃文が炎のように荒々しく刻まれていた。
ジニオンも背負った斧を振りかぶる。大きい。男が背中に提げていたから小さく感じていたが、体から離して見ると五人がかりでやっと上がりそうなほどの重量を視覚的に感じた。下手をすればもっと人数がいるかもしれない。
「我が刀”炎熱”よ……地獄の業火を呼び覚ませ……」
「”大焦熱”!俺に力を貸せ!!」
瞬間、二人の姿が消える。砂塵が舞って姿が見えなくなったのだ。
「……いや違う」
警備長は気づいた。二人は凄まじい脚力で砂浜を蹴って空中に飛んでいた。向かうは蔓草。しかし、生半可な跳躍ではとてもじゃないが到達しきれない距離に浮かんでいる。どれほど身体能力に自信があっても、羽がなければ途中で落ちるのは目に見えている。
だが落ちない。飛び上がって十秒以上経つも、一向に落ちる気配がない。何かの能力でも使っているのだろうか?純粋な身体能力でないことは確かだろう。というより純粋な身体能力だと信じたくない。
ようやく徐々に落ちていくのが見えた。上手いこと放物線を描いて海に浮かぶ植物に着地しようとしているのが観測出来た。刀を構えたロングマンはそのまま振り下ろす。それはジニオンも同じで、落下に合わせて斧を振り下ろしていた。
着地の直前、光に包まれた。それが炎によるものだと気づけたのは光に目が慣れてかざした手を下ろした時だ。
海が蒸発するほどの火。凄まじい勢いで湯気が天に昇り、同時に植物は消し炭となっていく。
驚いたのも束の間、今度は信じられない現象が目の前で起こった。海が割れる。モーゼの十戒にある海が割れて道が出来たと言う伝説。それに類似するように蔓草の消滅と共に砂浜までの海が綺麗に割れていた。その中を颯爽と駆ける二つの影。彼らの後ろから海が押し寄せ、二人がビーチに到着した時、海が元の状態に戻った。
警備長は気付く。船がなかったのは海を割って走ってきたのだと。見るまでは気が狂っていると言われそうなことだが、見てしまうと信じざるを得ない。規格外の力を持つ化け物だと。
ロングマンは腕を組んで跡形もなく消滅した植物があった場所に目をやる。
「灰は灰に……か」
何を思ってのセリフか、その言葉を発したロングマンの背中は哀愁漂うものがあった。その雰囲気に対しジニオンは鼻で笑った。
「はっ……くだらねぇ」
この怪物達に教えて良いものか迷う。何故ならこの国を撫子から救った魔王の行き先に、人質の如く空王がついて行っている。王が殺されては目も当てられない。これはまた上層部に相談するしかない。
警備長はこの報告を上にあげ、協議の結果、今回の騒動を起こした魔王に関する情報の全てを開示することになった。ロングマン達の次なる目的地はグレートロック。ここに魔王が五柱揃い、八大地獄が参戦することになるやもしれない事態。
ドワーフの命運や如何に。




