第三十五話 次なる目的地
「よーしよし、そのままそのまま……良いね〜」
ラルフはバード兵が持ち込んだ食料の箱を指定場所に置かせた。その様子を側から見ていた空王は、自室から持ち込んだ豪華な椅子に座りながらため息を吐いた。
——数時間前——
「な……何で私がグレートロックに?通信機ならあるのよ?ここからでも鋼王に懸賞金の取り下げを要求出来るわ。今時直接いかなくても目を見て話せるのよ?こんなの時間の無駄だわ」
ラルフの懸賞金取り下げの件で空王と口論となっていた。
空王の生誕祭に呼ばれたはずのホルス島上陸は、実は魔族と戦わせるだけの方便だったことに気付き、ミーシャは憤慨した。ラルフの努力で何とかミーシャをなだめ、危害が及ぶのを防いだまでは良かったのだが、同時に空王に対して要求を挟んだのが口論の原因となっていた。
ドワーフが支配する鉱山グレートロック。そこに空王も付いてくるようにとのことだった。
「それじゃ誠心誠意の気持ちは伝わらないだろ?と言うか懸賞金取り下げの確かな証拠として書面でサインとか書いて欲しいんだよな。口だけじゃ何とでも言えるし……それに一度断られたからって「無理でした」とか言われるの嫌だからな。空王には王様としての外交力ってのを見せて欲しいわけよ」
「そんなの無理よ!私はこの国の王なのよ?王様が国を開けるなんて……」
「何だよ、大臣には任せられないってのか?たった数日だぞ?そんなので国が崩壊するほどヤワなのかよ」
ラルフは嫌がる空王を鼻で笑う。それに対して侍女が横から遮った。
「貴様っ!空王様に無礼だろう!!」
今にも短剣を抜きそうな彼女にミーシャがギロリと睨んだ。
「不敬なのはお前だ。すぐに退かないと指の骨をへし折る」
ビクッとして怯えたようにミーシャを見た。空王は侍女に助け舟を出す。
「……退きなさい。私なら大丈夫だから」
「は……はい……」
そそくさと空王の隣に戻る。
「……分かったわ。不本意ではあるけど鋼王に直接会って話を付けましょう。あなたたちの要塞で一緒に行くと言う事で良いの?」
「だな。先に飛んで行かれてドワーフと手を組まれちゃ敵わないからな。一緒にのんびり行こうや」
話が付いたラルフは部屋から出ようとミーシャに近寄る。ふと思い出したように空王に振り返った。
「あ、そうだ。実は俺たちの要塞は第六魔王”灰燼”から奪ったものなんだけど、どうも中がカビ臭くってさ。家具とかを新調したいんだけど、家具を譲ってくれるような親切な人を知らないか?」
「譲る?街に行けば家具店があるわよ。そこで買い揃えなさい」
「言いにくいんだけど、お金をあんまり持ってなくってさ。ほら、家具となると高いだろ?その……さ。空王の力で何とかなんない?」
「王だからって何でも許されるわけじゃ……」
ドッ
何かにつけて文句ばかりの空王のソファにミーシャが風穴を開けた。肘掛が一部丸く焦げて空洞から煙が出ている。突然の攻撃に誰も対処出来ずに固まった。かざしていた指を折り畳むとイライラした顔で見下ろした。
「何とかして」
「……は、はい!」
まさに鶴の一声だ。近くで見ていたベルフィアは常にニヤニヤ観察していた。人の不幸は蜜の味なのだろう。幾度か含み笑いが聞こえてきたのでかなり楽しんでいたに違いない。命の惜しい空王は五分経たずに家具を確保することに成功していた。
「あ、それから、食料を頼んでも良いか?空王が乗り込むんだからその分必要になるだろうし。目一杯頼むぜ」
ここぞとばかりに要求してくるが、これに逆らうことなど出来ようはずもなく。空王は歯を食いしばりながら了承した。
それから古いゴミの運び出しやら、新調した家具のは運び入れやらで時間と労力を要し、今に至る。
(なんて厚かましい奴らなの……)
この国の特産品と言える家具や食料を空王の名を借りて奪い取り、それを当然のように享受している。ここまでやった自分に対してせめて礼の一つも言えないのだろうかと憤りを感じていた。
だが、元を正せば空王が騙して迎え入れたことが原因となる。これに関しては大臣からも自業自得であると見放された。策士策に溺れるとはこのことで、最悪王の座を追い落とされそうな危機的状態に追いやられた。
(……いや、これは私の株を上げる絶好の機会よ。撫子を葬れたのは私の策があってこそ。これはやむを得ない損害であったと内外に発信すれば「同胞の命の為なら自分の身を犠牲に出来る王である」と植えつけられる。さっきまでは全然思い至らなかったけど、むしろこれは悪くない状況ではなくて?)
空王の頭には鋼王との会談後の幻視が見えた。ここを乗り切れば、それ相応の見返りを期待出来る。マイナスに振り切れた見返りかもしれないが、無いよりマシだという思いが心を彩った。
「何をお考えでしょうか?アンジェラ様」
「ああ、アロンツォ。何でも無いわ。この船は本当にカビ臭いと感じていたのよ」
「左様で……ならば余が一肌脱ぎましょう」
アロンツォはズカズカと一人のメイドの元へ行く。
「そこなメイド。掃除用具は何処にある?」
「へ?あそこにありますわ。お掃除をされますの?」
「その通り。余の王が臭いを気にされている。掃除が行き届いてない様なので余が代わりに掃除をしよう」
その言葉にムッとするメイド。
「心外ですわね。これでも毎日ピカピカにしていますのよ?」
「何?それでは掃除の仕方が間違っているのだ。余がそなたらメイドに掃除の何たるかを教えてしんぜよう。そこらに散らばったメイドを集めよ」
「ほぅ……そこまで言うなら良いでしょう。ですが、きちんとした清掃方法でお願いします。根性論とか要らないので」
「無論」
すっかり溶け込んだアロンツォを呆れた目で見ながら壁にもたれていたナタリアは呟く。
「ロンってば何やってんのよ……」
誰にも答えられることがないと踏んで呟いた一言。
「ゴマすりかノぅ」
まさかの返答があった。ナタリアは至って冷静に横目で確認した。そこには空王の居城で暴れまわった吸血鬼の姿があった。
「……何か用?」
「用という用事は無い。タだ「白の騎士団」に興味があってノぅ。そちノ強さは如何程かと気になって近づいタ。妾からすればゼアル以外は五十歩百歩といっタノが補強されタだけであっタが……」
比べるべくも無い。魔断の戦績は白の騎士団でもズバ抜けている。もし彼と戦う日が来たなら病気でも患うまで逃げるのが得策だろう。そんな、戦うまでもなく実力差がハッキリしていても、認めることなど絶対に出来ない。自分も同じく肩を並べて戦う人類の希望なのだから。
「失礼じゃ無い?戦ってもいないのに会話だけで実力を図ろうなんて……」
「分かルとも。そなたノ様に感情的に反論すル者は特にノぅ。王ノ盾としてここに乗り込んだからには半端は許されぬぞ?ちゃんと理解出来とルノか?」
「そんなの分かっている。全身全霊で守り抜くつもりよ」
バチバチと火花を散らす強者が二人。一触即発の二人を尻目に大体の作業が終了する。ラルフは満足そうに頷きながら大広間でくつろぐ全員を見渡した。
「よっしゃ!準備は整った!俺たちはこれよりグレートロックを目指して要塞を発進させる。俺個人の用事で恐縮だが、これはドワーフとバードとの取引を視野に入れた行動であると理解してくれ。今回は臨時で空王とその侍女二名と風神、天宝の二名が共に旅に出る。お客という立場だからくれぐれも不和を生まない様に頼むぞ。特にベルフィア」
「何じゃ?」
「聞いてないのかお前は……取り敢えず喧嘩売るなよ。もう手遅れだろうけど、これ以上の挑発行為はほどほどにな」
「分かっておル。そちノせいで耳にタコが出来ルワ」
「あとバード諸君も、この要塞内では暴力は禁止だ。もし何かあったらミーシャからの制裁が待ってるから悪しからずに」
その言葉を聞いて気が気じゃ無いバード達。ここでバード達を牽制するのは大事だ。万が一反旗を翻せば、ラルフ自身の命が真っ先に危ない。
三柱の魔王が要塞内にいるので危険は無いだろうが、不安は拭いきれない。空王は小さく首を横に振った。「心配しすぎだ」とでも言わんとする顔で……。ラルフは少し間を開けて、声が全員に届く様に息を大きく吸い込んだ。
「良いか?それじゃ行くぞ!ドワーフの国「グレートロック」へ!!」




