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第三十二話 純愛の花は燃え落ちて……

(無理無理っ!あんなのに敵う訳が無い!!)


 撫子は巨人の顔を瞬時に吹き飛ばしたミーシャに恐れ慄いていた。

 巨人化した撫子は意気揚々と攻撃を仕掛けたものの、簡単に凌駕されてしまったことに早々に戦意を喪失していた。その後はどうやって逃げるかだけを考え、彼女は棘に身を隠し、攻撃と見せかけて戦場からの離脱に成功していた。

 万が一にも破壊されることを恐れ、ミーシャには当たらない位置に射出。気づかれないように沢山放ったのでギリギリバレてはいない。棘は島に着弾するように角度を調整したので、無事にホルス島へと到着した。


(と、とにかくここで体勢を立て直す。ジャックの核は私の手にあるのだから、時間を掛ければ復活も夢じゃないんだし……)


 撫子が急いで潜行を開始しようとすると、棘を象った膜に指が突き入れられた。この膜は本来このように指を突き入れられるほどヤワではない。魔族ですら突破困難なこの膜に指を突き入れられるとすれば魔王クラスであることは明白。


 メリメリメリ……


 亀裂が広がり、大きく避ける。ひょこっと顔を覗かせたのはエレノアだった。


「やっぱりここにいたぁ。一つだけ島に飛んでいくのはおかしいって思ってたんだよねぇ」


「エ、エレノア……何故……」


「だってぇ、頭を削られたくらいじゃ死なないって知ってるからぁ。核と呼ばれるぅ心臓部を破壊すれば死ぬってお父さんがさぁ」


 第一魔王”黒雲”改めイシュクル。あの親馬鹿は娘に後を継がせる為に、魔王の弱点を教え込んだのだ。万が一魔王の誰かが円卓に裏切りを働いた際はすぐに対処出来るようにしていたのだろう。自分の娘に裏切られ、王座を奪われた挙句、円卓を離反するという皮肉を見せられているのだが。


「島に着弾したのも一つだけだしぃ、詰めが甘いよねぇ」


 エレノアの目に電気が走った。魔力を雷撃に変換し、使用することを得意としている。親の背を見て育った結果だろうが、やはりというか血は争えない。


「ま、待って!話し合いましょう!同じ魔王同士、話せば分かるはずよ!!」


「必死ねぇ。魔王ならぁ、ここで一矢報いるくらいの気概を見せてみたらどうなのぉ?」


(ぐっ……こいつ!!)


 苛立ちが込み上げる。だがエレノアの言葉にも一理ある。ここで話を提案するのではなく、攻撃を仕掛ければ良いのだ。エレノアはミーシャとは違って、強過ぎず弱過ぎずのバランス型。十分な装備で行けば勝てない相手ではない。

 つまり今現在は撫子に勝ち目はない。撫子の強みはあくまでも死ににくいことと植物を自在に操ること、そして無限増殖する軍隊だった。植物を操ろうにも手頃な植物が浜辺にはない、無限増殖は蔓草あっての強化効果。残っているのは核を破壊されない限り生き続けられる死ににくい要素だけ。手を出せば負けは濃厚。


 ズッ


 理由や理屈を捏ね、反応の一つも見せなかった撫子の胸にエレノアの手が突き入れられた。


「……え?」


「時間切れぇ」


 エレノアの放電は体を一瞬で焼失させるほど凄まじい電力を発生させる。何か言いたくても体内を駆け回る電気のせいで声にならず、体は硬直し、反撃も碌に出来ない。

 最初に焼失したのは目だった。エレノアが視界を奪う為に重点的に放電したのではなく、水分を多分に含む眼球が電気との親和性が高く、真っ先に目玉が破裂し蒸発したのだ。その後穴という穴から光が漏れ出す。焦げて煙が控えめに現れた頃には内臓に当たる器官は焼失。あまりの放電に撫子の体から火災が起き始めた頃、エレノアは手を引き抜いた。


「これが核かぁ。意外に大きいんだぁ」


 手には野球ボールくらいの藁で編まれた柔らかそうな玉が握られていた。うっすら緑がかった光が中から漏れ出ている。蔓草の核を取り込んだことにより肥大化したのだ。


 メシッ


 エレノアの握力でいとも簡単に潰れた。潰れる瞬間に小さく悲鳴が聞こえたような気がした。撫子の断末魔だろう。手の中で電気がジッと音を立てて走り、原型の無い核を焼いた。


「じゃあねぇディアンサ。ミーシャを前によくぞここまで生き延びられたねぇ、褒めてあげるよ」


 バード達の目は崩れ落ちる巨大な蔓草に向いていた。ミーシャの一撃で派手に死んでいったと思われた撫子は、その実エレノアにとどめを刺されていたのだ。最期には人知れず死んでいった撫子に労いの言葉をポツリとかけた。そしてミーシャを見上げる。


「私があの子と一緒に戦ってたらぁ見逃してたかも知れないなぁ……」


 手の中で灰になった撫子の核。その灰に息を吹き付け、そのまま潮風に乗って海に消える。それを見送ったエレノアは哀愁漂う顔で呟いた。


「まぁ……先に逝っててよ。命あるものはいずれ死ぬんだしぃ私もすぐに追いつくからさぁ……」


 別れの言葉はしんみり空気に溶けて消えた。



「……なんとかなったな……」


 ラルフは内心ホッとしていた。ミーシャが負けるとは露ほども思っていなかったが、あの巨人を見せられると根源的な恐怖が鎌首をもたげる。もし自分が相対していたら為す術もなく虫のようにぺしゃんこだったに違いない。あのレベルの脅威を退けるどころか倒し切るなんてミーシャにしか出来ないだろう。

 空王にも程なく視覚で見る以上の情報が飛び込んでくる。ラルフ達なら一目見ただけで「あれはミーシャの仕業だ」と思えることも、客観的な情報がない限りは信じられないものだ。空王は誰に喧嘩を売ろうとしたのか、誰を討ち滅ぼそうとしたのか、改めて知ることとなった。


「これから……あれが来るの?」


『こっちが片付いたらお前の元へ行く。それまで待ってろ空王(アバズレ)


 ミーシャが通話越しに放ったセリフだ。撫子との生存圏を争う戦いは終焉を迎えたわけだが、新たな脅威が舞い込んできた。違う、自分が呼び込んだのだ。「失敗は成功のもと」ということわざがあるのが、この場合の失敗は直接命に関わってくる。

 ラルフの提案で現在の自分は彼らにとって価値があることになった。鋼王への懸賞金取り下げに関する直談判。そしてその後の貿易についての話。媚びへつらう他に生き延びる術は無い。


「ラ、ラルフ?私たちは良いパートナーよね?」


「何いってんだ?まだ話つけてないんだからパートナーとは呼べないぜ?でもまぁ、あんたらの命は保証するよ。本当は戦争しにきたわけじゃ無いしな。ミーシャには後で言って聞かせる」


 これだ。何故ラルフ如きが最強の魔王を制御出来るというのか?謎が謎を呼ぶものの、空王の返事は一つしか無い。


「ぜ、絶対よっ!絶対だからねっ!」


 この後ミーシャに睨まれた空王は、恐怖のあまり泣きながらラルフの提案を承諾していた。土下座しそうな雰囲気だったが、ミーシャが制止したお陰でなんとか尊厳を保つという、見ているだけで可哀想な光景が広がることになる。

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