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第三十一話 天を衝く蔓の巨人

 ミーシャ達は蔓草の足場から退避する。ざわざわと蠢く蔓草は複雑に絡み合い、巨大な何かへと変貌した。


「大きい……」


「うん、大きいねぇ……」


 距離を取ったミーシャ達は思ったことをそのまま口にした。その姿は見上げるほど大きなツリーマン……いや、撫子だ。追い詰められた彼女は、雲の上の蔓草”ジャック”の核を取り込み、特撮ものの怪人よろしく巨大化したのだ。


『もう絶対許さない!島も要らない!今すぐ全部捻り潰して海の藻屑にしてやるわ!!』


 ゴゴゴ……


 少し動くだけでも蔓草同士が擦れ合う音が響き渡る。島級の大きさを誇る蔓草が上半身のみではあるが人の形を形成し、腕を振り上げる様はまるで現実味がない。動き自体は鈍い。自重を支えるのもやっとといった風だが、崩壊しそうになる度に蔓同士がキツく結ばれて持ち堪えている。その様は関節のようにしなやかで、一切の動きを阻害していない。蔓で構成されているのが功を成していると言えた。

 これほどの巨人は広い海原では隠しようがなく、ホルス島のバードの国民は死が間近に迫っている事実を目の当たりにし、絶望して恐怖に慄いていた。その嘆き悲しみがこの戦場まで届いてくる。


「皆が恐怖している……気高き民がもう助からぬと死を確信しているのか……?」


「はは……許されるなら私だって泣きたいよ……」


 アロンツォとナタリアはどう足掻いても無駄な状況に泣き言を呟く。しかし、バードの最大にして最高戦力である以上、泣き言ばかりを言ってはいられない。こんな状況でもどうにかするのが人類の希望”白の騎士団”であり使命だ。どう足掻くべきなのか、それを考えながら槍を構える。


「……良い?ロン。ここは私たちの息が試されるところよ。これ以上先には行かせてはならないんだからね」


「ふっ……言われずとも……」


 戦死覚悟の大勝負。退けられれば歴史に名が刻まれ、どうにもならなければ歴史は潰える。その二人の覚悟をあざ笑う質量。当然だろう。この戦況を変えられるのは同等クラスの物量か、それに匹敵する個の存在。そのどちらも二人には無いものだから。


「全員手を出すな!!」


 ミーシャは大声でこの場の戦える者たちの注意を引いた。それと同時に彼女はエレノアの前に出る。


「なぁに?ミーシャだけでやる気なのぉ?」


「ううん。私が先行してあれを追い詰めるからディアンサに動きがあったらそこを叩いて欲しいのよ。知ってるんでしょ?ディアンサの戦い方を」


「……又聞きだけどねぇ」


「それでも私よりはマシ」


 ミーシャは両拳を打ち合わせる。撫子の振り上げた腕が頂点に到達した頃、ミーシャはその腕の動線上に移動する。打ってこいと言わんばかりの態度だ。


『バーカ!さっきの蔓なんかと一緒と考えてるなら大きな間違いなんだよ!こっちの方が万倍も大きくって重いんだから!!』


 ゴォッ


 風を切り、空間を抉る音が煩く木霊する。近付く破壊の魔の手。山すらもぎ取ってしまいそうな腕に真っ向から挑む。ミーシャは魔障壁を展開し、一番威力があるであろう手の先に向かって突っ込んだ。音速を超えるドンッと空気を叩く音が聞こえ、一直線に迷うことなく飛び込み、単純な力同士激突した。


 グゴゴ……


 拮抗する二つの力。


『ちょっ……!待ってあり得ない……!この姿を見なさいよ!この重量を考えなさいよ!!どれだけ無茶苦茶やってるかあんた分かってんの!?あんた何なのよ!?』


「はぁ?何って、決まってる!私はお前の敵だっ!!」


 ボッ


 巨大な掌をぶち抜いて蔓草の顔の前に停止する。魔障壁には多少ヒビが入っていたが、次の瞬間には新しく張り直したのか、傷ひとつない綺麗な玉になっていた。


「とりあえず死ぬまでぶん殴る」


 ポキポキと指の骨を鳴らしながら弓を引くように右拳を下げた。殴ろうとする直前、撫子がカパッと口を開いた。突然口が開いたので何か言いたいことでもあるのかと一瞬気が緩んだその瞬間。


 ブワッ


 口の中から嵐のような突風が吹き荒れる。吹き飛ばされたくないミーシャは空中で踏ん張る。その間、真空の刃も当たり前のように魔障壁を叩いた。ミーシャが空中で静止しているのを良いことに先ほど貫かれた手を修復し、延々と息を吐きながら、その巨大な手で柏手を打つ。もちろん中心にミーシャを添え、挟み潰そうという魂胆だ。


 バァンッ


 人サイズの生き物が柏手を打っても音はかなりのものだが、これほど巨大ならその威力は凄まじく、そしてうるさかった。空間を潰したような衝撃波が手の周りで広がった。これはどれだけ堅牢な魔障壁でもひとたまりもないだろう。これを受けたのが一般魔法使いだったなら、あの手の中は魔障壁を張ろうが何しようが、一つの例外もなく巨大な掌のシミになっていただろう。

 だがこれは一般魔法使いの例であってミーシャには当てはまらない。しっかりと両側で挟んで閉じていた両手が何故か徐々に開いていく。ミーシャが魔障壁を大きく広げていた。その圧に押されて開きざるを得なくなっている。


『ぐぅ……!!このぉっ!!!』


 ミキミキと歯を食いしばったような音が鳴り、どれほど力を入れているのかがよく分かる。


「……おい。まさかこれだけか?」


 言われた意味が分からなかった。力を入れながらもミーシャが何を聞きたいのか考えてみる。あの口ぶりから察するに攻撃方法のことだろう。これほどの力量と質量を持った体で横薙ぎにすれば街が崩壊し、縦に振り下ろせば島が沈む。大きさとは即ち力。単純で単調な動きでもそれが致命の一撃となる……はずなのに。目の前の元第二魔王はそれが物足りないと言っている。


『化け物めぇっ……!!』


 撫子はミーシャを潰すのを諦めて、グッと前に押し出した。押し出されたミーシャも思わず「ん?」と困惑していたが、どうしても距離を開けたかったのだと納得した。先ほどよりキビキビ動き出した蔓草はあまり時間を掛けずに振り上げの態勢となった。


「また振り下ろしか?付き合ってらんないな」


 同じ攻撃をされることほどつまらないことはない。ワンパターンなのは本来喜ばれて、付け入る隙だと切り札にとっとくものだが、ミーシャにそれは必要ない。カウンターでも決めようかと画策していると、撫子の手が振り下ろされた。振り下ろした手から何かが超速で迫ってくる。


「ほう?飛び道具か?」


 ミーシャに迫ってきたのは鋭い棘だ。茨から引っこ抜いて人族のサイズに肥大化させたような棘は無数にミーシャを襲った。しかし魔障壁を張ったミーシャに怖いものなどない。棘をいなしながら前に進む。


「所詮この程度か……」


『……〜〜〜!!』


 焦った撫子は何かを言おうとするも声にならず、迫り来るミーシャの眼前に拳を振り下ろした。


 ドンッ


 前にかざしたミーシャの手から魔力砲が放たれた。眼前に迫っていた拳は消し飛び、射線上にあった撫子の顔面も吹き飛ばした。ぽっかりと穴の空いた撫子に告げる。


「お前にはガッカリだよ」


 そのセリフと共に蔓の巨大撫子はガクッと項垂れた。巨大怪人となってまで戦いを挑んだ撫子だったが、結末はなんともあっけないものだった。

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