二話 未知との遭遇 前
「ドラキュラ城」
吸血鬼一族と呼ばれる数百年前に滅ぼされた種族が根城にしていた遺跡だ。その力は下位の魔族を軽く凌駕し、上級魔族に匹敵したとされ、再生能力は他の追随を許さない程だったという。怖いのはその能力は基本能力と言う事だ。生き血を啜ることでさらなる強化を得るとんでもない化け物だったのだ。殺すことが最も難しいので不死身との噂もたっているくらいだった。
しかしそのとんでもない力のせいなのか繁殖能力がほとんどなく、一族は数の少なさから固まって生活していた。人の国を個体で、しかも短期で破壊可能な連中が、数を減らすまいと集団行動する様は、人にも魔族にも脅威でしかなかった。
だがそんな吸血鬼一族の繁栄は思ったほど長くは続かなかった。魔族側にとんでもない力を保有した魔王が生まれたのだ。現在も在籍するその魔王は、戦場にその名が挙がるだけで人類は撤退を余儀なくされる。そして当時より魔王の質が高くなったとされる現在も円卓最強の名をほしいままにする。
魔王の二つ名は”鏖”。
当時は円卓に入ったばかりで第十魔王に位置していた。今もそのままなのか、はたまた数字は変わるものなのか人類側はその詳細を掴んではいないものの最も警戒する戦力の一つだ。そしてその魔王が行った最初の所業こそ吸血鬼一族の掃討。
吸血鬼一族も抵抗したが再生を上回る猛攻でその数を着実に減らしていった。その掃討劇から一匹だけ逃げ延びた吸血鬼がこの城の主と言われている。
命からがら逃げ伸びた吸血鬼は寝床を探した。誇り高い生き物である吸血鬼はその辺の建物では満足できず、この城を見つけ強襲した。
城の主は吸血鬼に城を明け渡し、命からがらここアルパザに逃げ延び、当時村だったこの場所を町まで復興させたそうだ。領主の伝記の一部に、領主本人にインタビューした記録が残されていた。
「彼の者は美しくも恐ろしい存在であった。女性の姿かたちはしているものの、芯から凍り付くほど寒気を感じたのだ」
その伝記によれば、姿は女性で蝋燭のように白い肌。異様に長い犬歯に瞳が赤く、白目の部分が黒かったという。領主以外は生き血を啜る目的で殺されてしまったようで、交換条件が飲まれなければ全員死んでいたのだろう。単純に吸血鬼の気まぐれで生き延びた。
その後も命知らずが吸血鬼を一目見てやろうと、あるいは退治しようと何度か城に入っていったが、生き延びたのは後にも先にも領主だけだった。そして最後の犠牲者が出たその丁度100年後に、侵入を試みるものが現れた。
彼の名はラルフ。
今日を狙ったのは他でもない丁度100年目というプレミアム感を狙ってのことだ。自分でも死者を冒涜する考えだと認識してはいたが、久々に訪れたアルパザで日銭を稼いでいた折、噂を耳にしてしまっては放っておくわけにもいかない。その上、領主は命からがら生き延びたのだ。着の身着のまま飛び出したとあれば財産はいまだあの城に眠っている。
トレジャーハンターは未開の土地でこそ真価を発揮するというもの。そもそも一攫千金が目当てでもあるのに、宝を前に指をくわえているなど名が廃る。アルパザに初めて来た時から噂は耳にしていたが、当時は若くまだ経験が浅かったしなにより怖かった。いわゆる野性的直感で危険を察知しあえて回避していた。
今は経験も積み自信をつけた。万が一の装備だって経費は掛かったが身に着けた。楽観的にも感じるが吸血鬼の脅威を回避できるだろう。少なくとも魔獣なら楽勝だ。
「アルパザの底」の店主はもちろん猛反対した。それもそのはず、彼の化け物がたかだか100年くらいで死ぬはずがないからだ。1,000年、2,000年経っていれば、まぁ許されたかもしれない。そんな反対を押し切り、城の入り口にラルフは立っていた。
「こうしてみれば不気味だよなぁ……」
町から見れば単なるランドマークだが、近くに来れば老朽化が進んでいるのがよく分かる。ツタがはい回り、壁に苔が生え、白かったであろう壁は黒くくすんでいる。城という外観から察するに随分と気合の入ったお化け屋敷という印象だ。
ラルフは装備品を入念に確認する。
ライト、遠距離用と近距離用の武器、ピッキング類、携帯食料、飲料水、火付け器具、魔獣のフェロモンスプレー、魔獣撃退用スパイスのスプレー、煙幕玉、閃光弾、火薬、投げ縄、潤滑油、消臭剤、メモ帳、文具、スコップに刷毛、回復アイテムetc……
何度もチェックし出しやすさを考慮しジャケットに、パンツに、ハットの中に、カバンにと使いやすい位置にそれぞれ仕舞っていく。ようやく準備が完了した頃には昼近くを回っていた。これに関しては予定通りである。吸血鬼伝説の一説に日の光を嫌うとある。信じすぎるのも危険だが、本当なら今この時こそチャンスだろう。
ラルフは若干の不安はあるものの期待に胸を膨らませ、門に手をかける。と、さび付いている蝶番に目が行く。このままでは音が鳴る。油をさしつつ慎重に門を開ける。
ギキィィ……
無音には程遠いが深く眠る魔獣ならごまかせる程度には抑えた。無論、吸血鬼が経験則にない聴力を持っていれば今ので侵入がバレる。しかしここで留まるほど若くはない。慎重かつ大胆に内部へと侵入する。侵入に成功し真っ先にクリアリングに入る。
そこで目に飛び込んできたものにラルフは驚き、戸惑い、ほんの一瞬思考が停止した。入ってすぐ上に続く大きな階段と大きな広間が目に入る。流石に城というだけあって玄関が広い。だがこの程度の広さは他の遺跡で体感しているので、別段驚くほどでもない。広間の中央に何故か鎮座する石の塊。天井が抜け、ほぼ真上にある太陽が日差しを城の内部に侵入させ、その石の塊を照らしている。そしてその石の上に血みどろの人が乗っかていた。
(吸血鬼の新たな犠牲者が既にいたのか?)
そうとしか思えない血液の量だった。ラルフは注意しながらその人に歩み寄る。長い金髪の女性だ。パッと見死んでいるようにも見えたが、胸の部分が動いている。まだ生きている。それを認識したラルフの行動は早かった。石の上から慎重に降ろし、彼女を背負って城から出た。少しばかり離れた場所に作った野営地まで走り、女性の手当てをし始めた。回復アイテムを使い、傷をある程度修復した後、包帯を使って傷を覆う。回復アイテムのおかげで深い傷は消えたので、傷を縫うまでもなく自然治癒に任せられる。治療を終えたころ熱が上がり始めたので、水を使って布を湿らせ額をぬぐう看病がひと段落を迎えたころ空は赤く日は落ちかけていた。
丁度100年目の侵入に最適な時間が終わりを迎え、プレミアムタイムは過ぎさった。ラルフは落ち込みはしたもののある種の満足感を得ていた。吸血鬼から100年目の犠牲者を出さなかったのだ。これは誇るべきことだ!と自分を慰めたためだ。
そこで女性に目を落とす。綺麗な女性だ。金色の髪の毛はお尻にかかるほど長く、肌は浅黒い。耳が長いのが特徴的なこの女性は、噂に聞くダークエルフだろう。城には侵入した形跡がない事から、きっと屋根に上り崩れて落ちてしまったのだろう。そこで運悪く吸血鬼に見つかり半殺しの憂き目にあったのだ。と結論付けた。なぜ上ったのか、吸血鬼の見た目など聞きたいことがあるのでラルフは彼女の目覚めを待った。夕暮れ時が過ぎ去りあたりを闇が支配した頃、ラルフの起こした焚火の火で金髪のダークエルフは目を覚ました。
「おはよう!よく眠れたか?」
ラルフは冗談交じりに寝起きのダークエルフに声をかけたーー。