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第二十九話 取引の条件

「……聞いたかよ?さっきの言葉……」


 凍りついた部屋の中でラルフが声をあげた。ネックレス型通信機を取り落としたまま固まっていた空王は目だけでラルフを見た。


「……なんて人なの……こんなものを隠し持っていたなんて……!」


 生きた魔道具といえば、魔断のゼアルが装備する魔剣”イビルスレイヤー”。ブレイドの装備する怪魔剣(ガンブレイド)”デッドオアアライブ”などの、所有者を選ぶとされる武器が主流である。この手の魔道具は選ばれた所有者にしか真価を発揮しない。非常に扱いづらく、条件や要求が厳しいという難解なものであるが、魔道具は所有者を選ぶのであってそれ以上の自由意志を持ち合わせているわけではない。

 つまりこの通信機は得体の知れない未知のものであるということだ。空王達が驚愕の眼差しを向けるのも無理はない。


「いや、どっちかというとミーシャの言葉の方がヤバイだろ……ってか、これにそんなに驚く?」


 床に落ちた通信機を拾い上げてポケットに仕舞う。その間、短剣を突き付けていた空王の侍女も恐怖から固まって動けないでいたが、ラルフのあまりにも自然すぎる行動にハッとして肩を掴んだ。


「勝手に動くな!」


 叱責するのが早いか、ぐいっと背後に引き寄せ、投げるようにソファに座らせた。


「痛って……おいおい、乱暴なのは勘弁してくれよ?」


「うるさい!大人しくしてろ!!」


 短剣を構えて睨みつける。草臥れたハットを被り直しつつお尻の位置を調整していると、空王が目を覆って絶望しているのが見えた。一切の余裕が消えて、神々しいとまで思えたオーラが失せている。


「不味いわ……こうなることだけはギリギリまで避けたかったのに、何でこんなことに……」


 状況を悲観しながらも、頭の中ではどうすべきかを考える。


(生きた通信機って……馬鹿げてる。どうやってあんなものの存在を考慮しなきゃいけないってのよ……!警戒心を抱かせないように注意していたのに、こんなことで全て覆されるなんて……)


 事が上手く行きすぎて図に乗っていた部分もあっただろう。どうせ殺すのだからと無駄話が過ぎた。反省する部分は自身の傲慢な性格だろうなどと失敗を猛省し、ある程度の間を置いて手を顔からはがす。焦って余裕のなかった顔から一転、落ち着いた澄まし顔になっていた。


「……流石は魔王の付き人。一介のヒューマンが何故今に至るまで生き延びてきたか、その理由が分かるというもの……」


「「一介の」ってのは傷つく表現だな。せめて「普通の」に訂正して欲しいもんだ。それに俺は付き人じゃねぇ。俺たちは対等な仲間だ。力は……太陽と鼻くそみたいな差があるけどな。それでも一緒に旅を続ける仲間だ。そこのところよろしく」


 ラルフは余裕こいて椅子にもたれる。侍女はその態度にイラっとする。ラルフが空王の掌の上で踊っていた時なら調子に乗ってもここまで頭には来なかった。調子に乗るのも全て計画の内だからだ。その前提が崩れた今、ラルフと空王の間にあるのは身分の違いだけとなる。一介のヒューマンが王に対し、ヘラヘラしながらタメ口をきくなどあってはならない。

 その考えに気付いたのか、空王は手をあげて侍女の苛立ちを制する。侍女は頭を下げてラルフから一歩下がった。


「ねぇラルフ、取引をしない?」


 空王は膝に肘を置くような形でズイッと前のめりになる。


「取引だって?」


「そう!今回のこれはあなたたちに対する誤解が生んだ事だったの。ホルス島の守り神である水竜殺しの一件から警戒せざるを得なくて……剣を突きつけたのも全ては護身の為なの。この勘違いは目を覆いたくなるほど恥ずかしい失態。ミーシャ殿も交えて謝罪させてもらうわ。もちろん謝罪は自発的に行うものだから取引とは関係が無い。対等で綺麗な関係が望ましいと願ってのことだから、間違いは正しておこうという気持ちよ」


 まさに命乞いといって過言では無い良く回る口だ。ミーシャとは敵対したく無いという気持ちが溢れかえっている。ラルフは顎に手を当てて考える。


(……何が対等で綺麗な関係だよ。最初から魔族と戦わせるの前提で呼んだことを自分からゲロっといて旗色が悪くなったらこれだ。いつどこで裏切られるかも不明な奴を相手に手を結べるはずがないだろうが……)


 だが取引に関しては悪くないと思っている。この島の名産品である甘いフルーツには舌鼓を打ったし、今後も供給したいと切に願っている。飽きるまで食えることを考えればお金や物々交換などの商業的取引はした方が得ではないだろうか?

 他にもバードは建築技術に秀でているので、家具やインテリアに属する何かを作ってもらうのも悪くない。正直、要塞内で使っている家具はどれもカビ臭く、食事が不味く感じる時もあるくらいだ。ここいらで新調するのも悪くない。

 そんな微笑ましいとも言えることを悩んでいると、部屋の外が慌ただしくなってきた。交渉中の空王にとってはかなり耳障りだったのか訝しい顔で廊下側の扉を眺める。侍女はその視線を見て扉に向かい、サッと音を最小に出て行った。空王の気持ちを汲んで叱責しに行ったに違いない。


「……あっ」


 ラルフはそのタイミングで何かを思い出したような表情を見せた。この顔はさっきも見た忌々しい顔だ。通信機の件がなければこのひょうきんな顔を滑稽だと笑い飛ばせたが、今では殴り倒したいほどムカつく顔だった。


「ん?何?どうかした?」


 それでも興味ありげに尋ねる。王である自分が下民に媚びるような態度は虫唾が走る行為だが、悟らせないように心の奥に隠した。


「いや、さっきのあんたの話を思い返してて、一つどうしてもして欲しいことを思いついてさ」


「へぇ……一体何かしら?」


「なぁに、一つ簡単なお願いさ……」


 勿体ぶって中々言い出さないラルフに痺れを切らせて尋ねようとしたその時、バンッと大きく扉が開かれる。


「空王様!今すぐ逃げてください!!奴らが……!」


 最後まで言い切る前に後ろから頭を鷲掴みにされる。蝋燭のような真っ白な肌は生き物であるのを否定するかのようだった。黒目に真っ赤な瞳は恐怖心を植え付け、真正面に立つことを阻む。その口から鋭く大きな犬歯を覗かせながらポツリと一言呟いた。


「退け」


 ブンッと横に投げると、暗殺術を身につけた身体能力でも堪え切れずに無様に床に倒れた。


「ベルフィアじゃねぇか」


「ん〜?どうやら何とも無いヨうじゃな。来て損しタワ」


 ベルフィアはニヤニヤ笑いながらラルフに用意された部屋を見渡す。


「豪勢な部屋じゃノぅ。そちには勿体無い。このレベルの部屋はミーシャ様にこそふさわしい。そう思わんか?」


「うっせぇ」


 いつもの会話を済ませると後ろからドヤドヤと見慣れた顔が入ってきた。


「ラルフさん!無事でしたか!」


「助けに来ましたよ。早く出ませんか?」


 ブレイドとアルル、デュラハン姉妹の五女カイラ、十女シャーク、十一女イーファの三体とラルフのいる部屋を見つける為かウィーがついて来ていた。ウィーは足が遅いのでイーファに抱えられている。


「流石だぜお前ら。俺のピンチにこんなに早く駆けつけるとは……おじさん感無量だよ」


 ラルフは草臥れたハットで照れ臭そうに目元を隠した。空王は目をキョロキョロさせながら尋ねる。


「兵士は……?」


「殺してはおらんヨ。何人かは二度と立てんかも知らんが、妾に槍を突き刺しタノじゃし当然ノ報いヨなぁ?」


 ラルフは相変わらずなベルフィアの態度に呆れ顔を作りながら空王を見る。


「あの……これでも手加減したみたいだから、兵士には良くやったと手厚く補償してやってくれな……っとまぁ、それは置いといて。さっきの続きなんだけどよ」


 空王の疲れたような視線がラルフの元に戻ってくるのを待って話し始める。


「最近何故か俺に懸賞金が懸けられちまってるようなんだよな。確かドワーフの王、鋼王がやったとは聞いているんだけど、誤解なんだよなぁ。一つあんたが口利きをしちゃくれないだろうか?」


「……鋼王に?いや、それは……」


「断る気かい?俺はさ……いや、俺たちはさぁ、あんたに騙されて魔族と戦うことになったんだよな?このまま取引なんてとてもじゃないが怖くて出来ないよなぁ。突然何もかも反故にされて、寝首掻かれても怖いしさ。なぁ、そうだろ?みんな」


 ラルフはこれ見よがしに空王を取り囲む仲間に声をかけた。空王は周りから責められるような刺さる視線を一身に受ける。


「鋼王が考える俺へのわだかまりは全て誤解なんだよなぁ。この前の会議で乱入した時にちょっと煽ったけど、その件とは関係ないし。だからその誤解を解いたら改めて交渉のテーブルに着こうじゃないか。ほら、間違いは正しとかないと、対等で綺麗な関係なんて望めないよな?どう思う?空王」


 空王は自分のセリフに追い詰められた。言質を取って突っつくのは自分も良くやる手だったが、こうして返されると良い気はしない。むしろ腹わたが煮えくりかえりそうになる。

 だが、この圧倒的に不利な状況からの打開策はない。否定の選択肢を握り潰され、あるのは首を縦に振り、全面的に肯定することだけだ。空王は目に怒りを込めながら、口元だけは何とか笑って見せた。


「もちろんその通りね。私が鋼王の誤解を解くわ」


 ラルフは自重気味に笑う。


「……大変だよな、あんたも……」


 ポツリと放った一言に空王は口角の位置を保てず、ヒクヒクと動かしてしまった。ラルフはそんな感情の起伏を目で追いながら、フッと側に立つ侍女に目を向けた。


「あ、俺の短剣返して」


 最早無敵だった。傍若無人とは今のラルフのことを指す言葉だと、皆が皆、心の中に秘めた。

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