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第二十八話 撫子の実力

 槍を構えた姿勢のまま微動だにしないアロンツォ。足から頭の先までを舐めるように目で追いながら、一挙手一投足を見逃すまいとする撫子。

 本来ならあり得ない構図だ。撫子は魔力や特異能力、腕力もさることながら一番厄介なのは決して有利な場所から出ることのない籠城戦を得意としている。籠城戦は外からの援護を要するが、撫子はこの蔓草の力を借りて無限増殖する軍隊を所有しており、立て籠もっても兵士が減ることもなければ物資の補給も必要としない。水と太陽光さえあれば補給は完了するので人族に突き崩せる道理がないのだ。つまりここまで接近を許すこと事態稀だった。


「ふっ、どうした?やけに警戒しているようであるな……」


 アロンツォはそんな撫子の不安を表情から読み取り、揺さぶりを掛けた。


「私が?あなたに警戒?思い上がりね。私の警戒はあなたの後ろで暴れまわる魔王に向いているのよ。あなたへの関心は精々が茨の棘の先っちょほどしかないわ。別のことに思考を回したいから出来れば飛び去ってくれるとありがたいのだけれど?」


 撫子は口を開きながらそっと指を動かす。アロンツォの周りの植物を操り、気付かれないよう徐々に動かし始めた。周りからざわざわと音が鳴るのに耳をそばだてながら彼は不敵な笑みを絶やさない。

 そこに機を見計らっていたツリーマンたちが襲い掛かった。ツリーマンたちは敵を組み敷こうと手を伸ばす。アロンツォの体に触れるかというその時、アロンツォの両腕が消える。目にも留まらぬ速度で側にいたツリーマンを難なく切り裂く。穂先の軌道と衝撃が旋風を巻き起こし、まるで魔障壁を張ったような半円を描いていた。もちろんツリーマン程度にその衝撃を耐える術もなく、襲い掛かった十体くらいが四方八方へと吹き飛ぶ。


 ゾルッ


 それに合わせて仕掛けていた蔓の触手がアロンツォの足に絡む。


 バッ


 絡んだと同時に蔓の中程から切られ、捕縛叶わず吹き飛んだ。


(この程度では駄目か……)


 撫子はアロンツォへの力量を見直し、数段階警戒を引き上げる。それと同時にようやくアロンツォから動いた。ボッという空気を叩いた音が足場の蔓の抉れと共に木霊し、弾丸のように飛んでくる。極力空気抵抗を減らす為か、羽を折り畳んで槍を突き出し、コンマ一秒でも早く前進する為に槍に回転を加え、空気の壁に穴を開けるように突き進む。まさに必殺の一撃。

 しかしその一撃を予め読んでいた撫子は、自分の足元にこっそり忍ばせていたウツボドラゴンをアロンツォの射線上に出現させた。


「ぬっ!?」


 それこそ弾丸級に速い攻撃は急には止まれない。直径にして3mはあるポッカリ開いた大口に自ら飛び込む形で飲み込まれた。


 ボァッ


 飲み込まれたのも瞬きの間、ウツボドラゴンの体をそのまま真っ直ぐ突き破って、溶解液から植物の欠片から何から全てをぶちまけてアロンツォは無事に出てくる。溶解液に触れたのか、服は多少溶けた形跡があったが、肉体に損傷は見られない。ただし槍を突き立てるべき相手を違えた為に、先の威力は全てウツボドラゴンに持って行かれてしまった。


「炎の精霊よ!!」


 だがこんなことで攻撃は止めない。何故なら、もう目の前に撫子の姿を認めたからだ。植物に最も効果がある火を槍に付与し、ダメージを与えることを選択する。ここまで弱点属性を選択しなかったのは、ここぞという時以外だと警戒されて近付くことが難しいのではないかと考えた為だ。

 そして手にした反撃の隙間。全力の一振りはツリーマン程度に放ったものを置き去りにする速度。あまりの一撃に骨が悲鳴をあげる。撫子の目が大きく開かれ、手を出して防ごうと試みるが無駄な抵抗だ。穂先に宿った炎はマグマのように熱く、触れるものを瞬時に焦がす。撫子も例に漏れずにジュッという音と共に右肩から左太腿まで撫で斬りにされる。完全に真っ二つとなり、斬られた場所は細胞を焦がされて二度とくっつくことは無い。


「……チッ!」


 アロンツォは後方に飛び上がる。ホバリングしながらキョロキョロと周りに目配せをした。撫子をその槍で滅ぼしたというのにまるで警戒を解かずに辺りを見渡す。


「何よ、喜びなさいよ。あなたはその身一つで私を死に追いやったのよ?」


 声のする方に視線を移す。そこには雑兵に混じって撫子が立っていた。


「……やはりな。手応えが無いと思えばそれも偽物であったか」


「!……へぇ、気付いてたの?」


「そんな気がしていた。先の偽物の件を考えれば欠片とて油断出来ぬ」


 撫子は手をスッと上げる。それに呼応して同じ姿、同じ形で何体も出現した。


「さぁ、本物はどーれだ?」


()かせ。この中に本物など居まいよ。本体は安全なところで隠れ潜んでいるのであろう?」


 図星だったのかムッとする。言い当てられたのが面白くなかったのだ。頭を振って表情を澄まし顔に変える。


「ご明察。やるじゃん天才くん」


 いつもなら踏ん反り返って当然のことのように享受するところだが、打開策を見出せないアロンツォは珍しく追い詰められていた。銀爪と戦った時にもその実力に驚いたものだが、勝てないと悲観するほどの手合いではなかった。肉体能力においては撫子に比べ、銀爪の方が圧倒的に強かったとすら言えるのにも関わらずだ。奴はこれほど面倒な手合いではなかった。

 幾ら切っても幾ら殺しても変わらずそこに出現する。どころか増えた。その上魔力の魔の字も使うことなく植物ばかりを用いてやり過ごしている。もはや遊ばれていると言って過言では無い。


「……一人では勝てぬ」


 これは彼の初見殺し”魔断”のゼアルですらお手上げの事案だろう。早々に見切りをつけたナタリアは慧眼だった。いや、この事実を知れたのはこれだけ食い下がったお陰だ。次があれば先に本体を見つけ出すことだって出来なくは無い。見分けられるかどうかは別にして……。

 とにかく一度下がって態勢を立て直すべきだ。撫子の最大の武器である本体隠しを皆に知らせて作戦を練り直す必要が出た。アロンツォは蔓で捕らえられないようにホバリングしながら撤退を選択した。


 ガシッ


 嫌な汗が流れる。「さあ飛び立とう」とする一瞬の脳の伝達信号による遅延。その瞬間を狙ったのかどうかは定かでは無いが、足首からガッツリ握られた。下を確認すると足場となる蔓からヌルッと撫子の分身が這い出て手を伸ばしていた。


「駄目駄目。もう逃がさないよ?あの時帰ってればそのまま行かせてあげたのにさぁ。あなたって調子に乗りすぎたのよね」


 ミギッ


()ぅ……!!」


 植物といえどやはり魔族。力は人族などとは比べ物にならない。身体能力に恵まれた体はちょっとやそっとでは壊れることは無いが、このまま万力のような力で締め上げ続けたらどうか?これ以上強く握られた場合は堪える事が出来るのか?無理だろう。最悪足を犠牲にするしか逃げられない。

 撫子の顔が徐々にいやらしく口角を上げていった。本気で握り潰そうという気概を感じる。


「くしゅんっ」


 時が止まった。力一杯握られていた足首はただ掴まれているだけとなり、撫子の表情から感情が消える。

 そんなはずはないのだ。アロンツォとの死闘も言うなれば数分の出来事。無限湧きする雑兵やイービルシード、ニクトリクサ、ウツボドラゴンやその他の植物達を相手にここまで早くやってくるなどそんなはずない。

 もしかしたら逃げたバードが戻ってきた可能性も否めないが、あれだけ気配を消して槍を刺した戦士にしては音を立てるなど余りにも大きな失態だろう。第一ずっと監視していた。他の植物達からの信号を受けているし、今も戦って……無い。

 バッと全ての撫子がくしゃみをした方向に顔を向けた。


「あ〜……花粉が鼻に入ったかな〜……」


 ズビズビ鼻を啜りながら何でも無いようにそこに立つ魔族。一見ダークエルフにも似たその姿は金色の瞳と縦長の瞳孔で人族であることを否定する。


「馬鹿な……」


 アロンツォとの戦いでほんの数秒意識をこちらに集中させたのが信号に気付かなかった要因だ。その一瞬を狙い澄ましたかのような事態に驚愕を隠せない。


「……え?何でディアンサがこんなにいるの?」


 きょとんとしたまん丸の目で無知を晒すミーシャ。そのひょうきんな顔からは想像も出来ない力で全てを破壊する。


「まいいや。ちゃっちゃと終わらせよう。ディアンサ、覚悟は良い?」


 それは「散歩に行こう」と誘うくらい気軽な物言いだった。

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