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第二十七話 知恵比べ

「なんて奴らなの……!?」


 撫子は驚きと恐怖から声を震わせた。元々は魔王同士が戦わない為の黒の円卓だったというのに、裏切りが裏切りを呼び、結果訳分からない現状に追い込まれている。第二魔王”朱槍”の軽率な行動を今まさに咎めたいと本気で感じさせられた。

 植物を通して見た実力からすれば、エレノアにならこの蔓草ありきで勝てる見込みはある。それと言うのも戦い方が真っ当なのだ。魔力変換から魔障壁の出し方に至る全てに常識を感じられた。

 どの生き物にも予め魔力の総量が決まっている。魔力は生命力と直結しているので、使い切る前に気絶する。酷使しすぎれば死に至る場合もあるので、皆が皆、無意識の内に節約を考える。エレノアも例に漏れず節約しながら戦っているので上手くいけば消耗を狙える。

 それを踏まえた上でミーシャには勝ちの目を見出せない。ニクトリクサの花粉を食らってもすぐさま魔障壁を展開するし、単なる身体強化は一度殴れば時空が歪むほど強い。おまけにあの光の柱。いつか見た夜の闇を照らした光は彼女のものだったと再認識させられる。あの時は美しいとすら思えた光も、当事者となれば恐怖に慄き、目を塞ぎたくなる。


「いきなりジャックを持ってきたのは失敗だったわね……は?いや、だってそんなの分かる訳ないじゃん!!」


 バードだけならホルス島は瞬く間に撫子のものとなっていただろうが、もうそういう次元の話ではない。自分が助かる道は一つ。今すぐ蔓草を放棄して急いで逃げ帰ること。部下に気を取られている今しか逃げるチャンスなどなく、この機を逃せば確実に死に直結する。

 ただ、この蔓草は撫子にとっての最高戦力。面倒臭がりの撫子には敵を近付けさせずに引きこもれる安全な場所であり、何よりこの世で一番安心出来るゆりかごでもある。これを手放すとは即ち実家を手放すに等しい。思い出深いこの蔓草からの離脱を躊躇(ためら)っていると、頭上に影が出来る。一瞬何が起こったのか分からなかったが、すぐに理解して足元の蔓草にスルッと吸い込まれるように入った。


「ぬっ!?」


 頭上からやってきたバードが槍を構えて撫子の立っていた場所でホバリングした。撫子がミーシャとエレノアに気を取られている隙に奇襲を掛けようと企んだアロンツォがそこにいた。撫子は潜った場所とは違う場所に出現し、アロンツォを捕らえる為に細い蔓を自在に操りながら襲わせる。

 そんなものに捕まるやわな男ではない。アロンツォは急上昇急降下、右や左に自在に空中を飛び回り、撫子の手から逃げる。体力の無駄を感じたアロンツォは空中で急ブレーキを掛け、迫ってくる蔓に槍を振るう。目にも留まらぬ早業で蔓を切り落とし、撫子を睨みつけた。


「……今はあんた如きに構っている暇なんてないんだけど?」


「知っている。だから来た」


 ニヤリと不敵に笑う。この態度、やはりミーシャたちは結託している。

 しかし妙な話だ。常識的に考えて雑魚が魔王の代わりに犠牲になってしかるべきなのに、ミーシャやエレノアを出汁にして数千倍劣るバード風情が相対するなど馬鹿げている。今の槍術を目の当たりにして思うのはその辺に飛んでたバードよりはマシなんじゃないかと思える程度のものだった。


「一人で来るとは肝の大きい男ね。好みのタイプではないけど」


「植物風情が一端の嗜好を持つなど気味が悪い。余の精神を害した罪は重いぞ?」


「はぁ?それはこっちのセリフでしょうが。口ばかり達者な色物のくせに……」


 アロンツォの失礼な物言いに苛立ちを覚えてついつい口を出してしまう。だが、その選択は大きな間違いだった。


 ズッ


 撫子の胸から刃が突き出た。突然のことに訳が分からず、撫子は刃先を見て、さらに背後を確認する。そこには誰もいなかったが、槍の柄がチラッとだけ見えた。


「……え?」


 誰かが無防備な撫子の背中に向かって槍を投げたのだろう。バードが確実に刺す為に接近して来ていれば知覚出来ただろうが、アロンツォの試みを確認して投擲に切り替えたものと思われる。アロンツォが撫子の気を引いたのも大きい。あれがなければ回避も出来たかもしれなかったが、今更何を言っても遅い。

 呆気にとられる撫子の目には大きな影が映った。三つ編みを振りながら降りてくる白い羽の褐色天使。槍の柄を握ったと同時にポツリと呟いた。


「死ね」


 空から舞い降りたナタリアは体重を掛けるように下に引き下ろし、撫子の体の胸から股までを真っ二つに切り裂いた。


「ぎゃあああっ!!」


 植物の体は内臓などとは無縁だったが、断面図は凄惨なもので血のような緑の液体が噴き出している。痛みからか大声で叫んだ撫子にアロンツォの槍が伸びる。


La fine(ラ フィン)!(終わりだ)」


 アロンツォの穂先は人間でいう人中を正確に射抜いた。緑がかった美しい顔は槍で穿たれ、見るも無残なものへと変貌させた。槍を引き抜いて数歩下がると、撫子はその場に力なく崩れ落ちた。


「……は?何これ?」


 ナタリアは多少困惑気味に撫子であったものを見下ろした。


「これが魔王って本気?こんなものをずっと恐れていたというの?」


「ナターシャ、真実の姿は時としてくだらないものよ。魔断が銀爪を葬った時も虚しいものだった。(みなごろし)があれなだけで案外魔王とはこんなものなのかもしれぬぞ?」


 石突きで遺体を軽く突きながら生死を確認する。ナタリアとアロンツォの間に弛緩した空気が流れたその時、状況は一変する。


「私を銀爪と一緒にするなんて、馬鹿にするのも大概にしときなさいよ」


 声のする方にバッと振り向く。玉座に見立てた茨の椅子に機嫌悪そうに撫子が座っていた。


「……変わり身か?」


「そうよ。どんな奴が仕掛けて来たのか確認する為のね」


「チッ……小賢しい魔王ね」


「どっちが小賢しいのよ、私の背後を取ったくせに。あんたたちは私との知恵比べに負けただけ。認めなさいよ卑怯者」


 この勝負、撫子の方が一枚上手だ。偽物を掴まされた二人は束の間悔しんだが、すぐに気持ちを入れ替えてまた槍を構えた。この瞬時のメンタルリセットが一流の証とも言える。


「私言ったよね?あんたたちに構ってられないって。こっちは死ぬか生きるかの瀬戸際なのよ?これ以上邪魔するならタダじゃおかないから」


「だから先程も知っていると申したであろう?こちらはそなたが死ぬことを望んでいる。頼む、ここで息絶えてくれ化け物」


 どうもこの手の脅しには屈してくれないようだ。撫子はわざとらしく大きくため息を吐くと手をかざした。蔓の足場からニョキニョキと何かが生えて来て人の形を形成する。ミーシャとエレノアが戦っているところに現れたツリーマンだ。ここにも雑兵を出現させた。


「壁を蹴ちらさねば本体に届かんか……この奇襲作戦は失敗だな」


「この場はここまでね。ロン、退避するわよ」


「……やれやれ、ここまで来て退避を選択するとはな……」


「当然でしょ。この作戦は失敗した。次の機会に賭ける」


 ナタリアは言うが早いか、力一杯蔓を蹴って空に舞い上がった。それを目で追った撫子は飛び上がらなかった人影に視線を合わせる。


「で?あなたは?」


 撫子の当然の問いに、アロンツォは喉を鳴らして声の調整を始めた。そして天高く伸びるような声で言葉を紡ぐ。


「余の名はアルォンツォ=マッシムォ!白の騎士団の要、”風神のアルォンツォ”である!」


 突然名乗り上げたかと思うとビリヤードの玉でも打つかのような姿勢で槍を構えた。


「魔王”撫子”!貴様の命、この風神が貰い受ける!!」


 撫子はポカーンとした顔でアロンツォを見た。作戦が失敗に終わったので即座に退避した女性は実に合理的な判断だと褒めることも出来たが、目の前に立つ男は不利な状況の中にあって戦おうとしている。命を投げ打ってでも魔王と相対しようとするのは戦士としては立派な心意気だが、それは勝つ算段あってのこと。ミーシャやエレノアを差し置いて自分を倒そうなど烏滸がましいの一言だ。困り顔で質問する。


「え、えっと……あなた、馬鹿なの?」


 それに答えたアロンツォの顔は実に清々しいものだった。


「余は天才である」

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