第二十四話 鏖の証明
第九魔王自慢の要塞、雲の上の蔓草”ジャック”。その周りをバードが取り囲んでいた。牽制程度に槍を構えてじっと機を待つ。
「……何でバードが取り囲むのよ……もしかしてあいつら手を組んでるの?」
ますます不利を悟る撫子。バードなどどれだけ集まろうと物の数ではないが、その中心にミーシャ達がいることを思えばとてもじゃないが勝てるとは思えない。むしろバードの連中が邪魔になって一矢報いることも出来ない可能性がある。
「バードが邪魔?ふふふ、そうか……イービルシード!」
その声に合わせて手を振り上げると、ワサワサとひと塊りになって飛びにくそうにしていたイービルシードが突如わっと広がった。急な行動に驚いたバード達だったが、誰も彼も訓練された一流の戦士達。すぐさま態勢を整えて応戦し始めた。
イービルシードは飛んで噛み付いてくるだけの雑魚。海を渡れる能力を持った植物系魔獣は数少ない為、ホルス島の戦士達は一度は相対する魔獣であり、新人の経験値である。しかし相対するとはいっても、この異常な数は彼の風神や天宝ですら経験がないだろう。三、四匹を瞬殺出来ても、数の暴力がバード兵を襲う。一人、また一人とイービルシードの波に飲まれていく。
「……突然攻撃に転じたわね」
後方で高みの見物を決め込んでいた天宝ことナタリアは、その一部始終を俯瞰から眺める。すぐ横にアロンツォが控える。
「難儀なものよ……余が出ればこの程度、どうとでもなるというのに……」
「これは作戦よ?あの魔王を逃さないように牽制し、魔王同士で潰し合わせる。疲弊したところを私たちで一網打尽にし、確実にトドメを刺す。体力を温存し、備えることこそ使命ということを忘れないでよ」
「理解している。空王直々の命だ、当然従おう。だがナターシャ、一戦士として戦いに貢献したいとは思わないのか?あれを見よ、同胞が次々にやられていく姿を。現場では臨機応変が尊ばれる。現状が現状だというに、作戦に従事するというのは些か……」
ナタリアはギロリとアロンツォを睨む。
「これが作戦よ兄上。絶対に何があっても作戦に従事して。出来ないのであれば敬愛する空王の前で軍法会議にかける。今後も活動を続けたいなら我慢して」
アロンツォはひょうきんな表情で肩を竦める。
「そう睨むな、美しい顔が台無しだぞ?」
ナタリアはムッとしてそっぽを向く。戦局は明らかにこちらが不利。まだ空飛ぶ要塞から魔王が出てくる様子はない。急かさなければ駄目なのかと思い始めたその時、戦いに動きがあった。
「……っと、これはこれは……」
「……何?どういうこと?」
イービルシードに飲まれていたバード達がその姿を表した。といっても所々にイービルシードが噛みつき、蛭のようにくっついて離れない。手をダラリと下げて、口も半開き。全身に力が入ってないように感じるが、槍だけはしっかり持って手放さない。ナタリアは一瞬死んでいるものと思って見ていたのだが、噛み付かれたバード達は槍を構えてこちらへと移動し始めた。
「この動きは最近カサブリアで見たな。差し詰めアンデッド集団といったところか?」
「アンデッド?でもあれにそんな能力があるなんて聞いたことが……」
「ふむ……イービルシード単体にはその能力はないだろうが、彼の魔王が居る現状は違うのであろう。何をしたかは知らないが、これでは攻撃が出来んな……」
「ロン、それは違うわ。ああなったなら国を脅かす存在となったも同義。攻撃を仕掛けてくるなら返り討ちにするのみよ」
ナタリアは自慢の槍を構える。その目には同胞であろうと容赦しない鋼の意思が宿っていた。
「ナターシャ……そなたの言には心が無いな」
そういうアロンツォも槍を構える。カサブリアでの一件からあの手の存在は殺す他救う方法がないと悟ったからだろう。もし他に救う方法があったとして、それを模索するような余裕はないし、自分たちが万が一傷つけられたら戦力が削れることになる。心を鬼にして国の為に死んでもらう他ないだろう。
そんな覚悟を余所に、蔓草の要塞で高笑いをする撫子の姿があった。
「あーっはっはっ!さぞ驚いたでしょうね!イービルシードにはヤドリギという特殊能力があるの!肉体に根さえ貼れればこっちのものよ!!さぁ、どうする?仲間を攻撃出来んの?」
ニヤニヤ笑いながら腕を広げる。それに呼応してバード達は力なく前進し始めた。さらにイービルシードも勢いに乗って飛ぶ。ここからが勝負だと言わんばかりの追撃。バードやミーシャ達の狼狽を幻視してほくそ笑んでいると、あちらも行動に移した。
ドンッ
大気が震える一撃。光の柱が海から空に聳え立ち、徐々に広がって見せた。バード兵があれだけ苦戦していたイービルシードの群れ、操られているバード兵もろともこの世から消滅した。
「……は?」
起こったことが理解出来なかった。イービルシードの群れを生み出すのはそう難しいことじゃない。ちょっと時間を掛ければすぐ大量に生産可能だ。問題はバード兵。同盟までとは言わないが、状況から手を組んだことは推し測れる。……はずだったのに。
「……手を組んだのなら普通は相手国の兵士の命は大切にするもんじゃないの……?」
配慮の欠片もない一撃。ここにきて鏖の所以をまざまざと見せられた。遠くにいるミーシャは豆粒のように小さく見えたが、その力は止めることも留まることも知らない天変地異。魔王として肩を並べていたのが恥ずかしいと思えるくらいに、巨大で強大な存在に戦々恐々としていた。
それはその力を初めて目にした全員に言えることだ。特に顕著だったのはナタリア。
「ありえない……何よあのバケモノ……」
握りしめた槍がとてつもなく心許ないと思えたのは今日が初めてだった。魔王とやり合えば勝てないまでも善戦出来ると思っていた自信はもろくも崩れ去り、ただただ震えて見ていることしか出来ない。
「あれが鏖よ。……恥じることはない、余とてあの力に震えた。それは正常な感覚である」
「魔王は……どれもあんなに強いの?」
「いや、あれが特別なだけだ。余らが一般的に言う魔王とは、銀爪との戦いで知れたのだが、一人では到底敵わぬという事実。しかし、あの時カサブリアにそなたが参戦していれば違った結果になっていただろう。鏖は……論外だ。あれは理の外に居る。すなわち最初から勝てん。あれは敵にしてはいけない。空王に感謝であるな」
アロンツォは気丈に振る舞っているが、手の震えまでは隠せなかった。
ミーシャが先陣を切った後ろにエレノアが到着する。
「ねぇミーシャ。このまま撫子を殺すのぉ?」
ミーシャは肩越しにエレノアを見る。
「もち。完膚なきまでに叩きのめし、絶望のまま逝かせてやるわ」
「お〜怖ぁ。まぁそうピリピリせずにぃ気長に行きましょうよぅ。ほら、あっちはあの子達に任せて……」
ミーシャは右肩をグルンと回した。
「それはそれ、これはこれ。私の気持ちを踏みにじったのだから、必ず空王の前に立つ。行くよエレノア。バードに本当の戦いを拝ませてやるわ」
「ふふ、期待してるよぉ」