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第二十一話 無理筋

 城に軟禁状態となることを容認したラルフの前に空王が立っていた。これから夕飯もあるだろうから、まだお楽しみには早く、パンツを脱いでいなくて助かった。それにしても一体何の用があってここにいるのか?その真意が読めず、ただ困惑するしかないラルフを余所に、空王はキョロキョロと部屋を見た。


「もうミーシャ殿が居ないとは……思った以上に行儀の良い魔王だこと」


 ラルフはその視線に振り向いて納得した。


「え?ああ、ミーシャか。何だよ、ちゃんと帰ったか確認しにきたのか?大丈夫だよ。俺達が思う以上に良い子だからな。入るか?」


 そのフランクな呼びかけに侍女の二人の眉がピクリと動く。空王はその二人に目配せをし、その行動だけで落ち着くように促した。二人はその意を汲んで気を落ち着ける。きっと信じられないくらい長い期間、共に過ごしてきたのだろう。信頼が透けて見える。


「お邪魔するわ」


 ラルフのことなど特に気にする様子もなく入ってくる。ふかふかのソファに当たり前のように腰掛けると真向かいに座るように手をかざした。

 何の話だろうか?つい先ほど謁見の間から出たばかりだし、まさか寝室まで用意しといてもう沙汰が下ったなどということはないだろう。話があるならきっと別件だ。


(好都合だな。俺も頼みたいことがあったし、王に直接頼めるなら融通が利くだろうしな)


 内心手揉みでもして卑屈に懇願したい気持ちに駆られたが、ゼアルとの交渉の時のように一対一の状況ならまだしも、第三者も居る侍女の手前そこまで下手に出る事は憚られた。性処理の為なら土下座も厭わない男とバードの国で噂になったら、今後の仲間の名誉に関わる大問題だ。

 ある程度は毅然とした態度で、嗜み程度に伝えられたらと頭をこねくり回しながら空王の真向かいに腰掛けた。鼻の下が伸びないように顔を引き締らせてクールに微笑んだ。


「……それで?何の用かな?」


「ああ、用ね。そうそう。実のところあなたをここに閉じ込められたので既に用の半分は完了しているのよ」


 何でも無いように手をヒラヒラさせながら答える。その返答の意味が分からず、疑問符を浮かべながら目を瞬かせた。


「……ん?」


「いいえ、何でも無いわ。些細なことよ。そんなことよりも大変なことが起こってしまって困っているの」


 空王の話が本題に入ったと認識して分からないことを頭の片隅に追いやる。


「何だよその大変なことって?」


「実はこの国に今魔族がやってきているのよ。もうすぐそこまで、ね」


「魔族が?にしては随分と余裕のある顔だけど……それが本当だとして俺に言ってどうする?そういうのは大臣や幹部の連中と話し合えよ」


 至極もっともな意見。旅人でありこの国とは何ら関わりのないどころか、犯罪者の人質として軟禁状態の男に相談するような案件ではない。


「ふふっ、とぼけちゃって。私は困っているのよ?そしてあなたの言うように大臣や幹部を差し置いてここにきている……っとくれば、何故ここに居るのか分かるでしょうに」


 くつくつと含み笑いで挑発する。ラルフは首を傾げそうになって動きが止まる。「……ああ」と空王の言いたいことを飲み込んだ。


「見返りは?」


「せっかちね。先ずは条件を聞いてからにしない?」


「条件だって?そんなの追い返すか殲滅か、このどちらかしかないだろう?」


 ラルフはニヤリと不敵に笑い、腕を組みながら空王を見据える。空王は「感心した」と言った澄まし顔で椅子にもたれかかった。


「……良いわね、話が早くて助かるわ」



 撫子は空飛ぶ蔓草に身を預けながらホルス島と、その上空に浮かぶ禍々しい彼岸花の形をした要塞を不思議な顔で見ていた。


「どういうこと?なんであいつらが居るのよ?」


 黒の円卓で決まった人族の隷属化計画。魔王は各々違う地の人族に対して一方的に書状を送りつけているのだが、撫子が第一号として選んだのはバードの島だった。ホルス島と呼ばれるこの島は気候の安定した穏やかな土地で、植物の安寧を求めて何世紀もの間求めてきた。

 ただ撫子は自他共に認める面倒臭がり屋で、先遣隊だけで取れたらいいのにと何世紀にも渡ってちょっかいを出す程度にしていた。本腰を入れるとなると自分が動かないといけないし、円卓でも一応やっていることはやっているという見解だったので侵略をサボってきた。そのシワ寄せということでは無いが、とうとうそんなことを言ってられない事態になったので、悲願達成も含めて出撃した。


『バード程度一捻りよ!』


 と意気込んできた矢先、最強にして最悪と言える敵に出会ってしまったのだから困惑もする。撫子は蔓草の玉座に頬杖を突きながら、何故ここに偶然にもミーシャ達がいるのかを考える。


「……まさか一柱づつ潰そうってこと?たかだか百年程度魔王でいただけの小娘がこの私を?」


 いくら最強の魔王だといえ、見識の深さや経験がまるで足りない未熟なミーシャを頭に思い浮かべる。真正面からの攻撃がいくら強かろうとも、搦め手を得意とするこちらとは相性が悪いはず。それに予想外にミーシャが強くて、こちらが不利だと分かれば退避することだって簡単に出来る。

 一部のプライドの高い魔王達とは違い、命を捨ててまで戦うような愚かな真似はしないからだ。そう思えば戦っても良いという気持ちがふつふつと湧いてきた。


「ふふふ、先ずはお手並み拝見といきましょうか?」


 撫子は手を振りかざす。それに呼応して空飛ぶ種、イービルシードは枝豆のようなつるんとした体から、芽のように生えた羽を忙しなく動かして素早く飛行を始めた。目も鼻もないが縦に割れた細かい牙が無数にある口をパクパクさせて要塞に向かう。その数千匹。雲の上の蔓草”ジャック”の中からさらに増殖中。

 空こそ飛べないが、雑食植物の”ニクトリクサ”や”ウツボドラゴン”などの頼れる部下も多数。この蔓草が現存し続ける限り部下は減ることを知らない。ホルス島を本気で取りに来たことが伺える撫子の最高戦力。

 勝ちの目も十分あると高を括ったその時、灰色の彼岸花が赤く光り輝いた。


ドシュッ


 無数の花弁から放たれた魔力砲は放物線を描きながら、接近してきたイービルシードに雨のように容赦なく降り注いだ。知性もあまりなく飛んでいるだけのイービルシードにこれを避ける術はない。たった一度の魔力砲の攻撃でイービルシードの三分の一は消滅してしまった。

 撫子は玉座から立ち上がる。あの花弁はただ飛んでいるだけではない。元は第六魔王”灰燼”が使用していた要塞なのだ。当然何らかの迎撃機能は持っている。しかし、その迎撃機能を難なく使うとなれば話は別。あの吸血鬼とかいうふざけた存在が灰燼を取り込んだなどと、あり得もしないことを抜かしていたが、それが全くの虚偽でなかったことになる。


「え?なにそれ……ってことは今現在あいつらは魔王クラスを二柱保有していることになるわけ?」


 撫子は戦々恐々としながらも頭を振ってそれを否定する。


「違う、エレノアがいるんだった。三柱の魔王を保有してることに……ってそれ勝てなくない?」


 ただバードを捻り潰しにやってきただけだ。ホルス島を植物の楽園に変えるために”ジャック”まで持ち出したというのに……まさかの事態に彼女は口の端を引きつらせた。

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