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第二十話 敵影

「お二人は大丈夫でしょうか?」


 ブレイドは城に謝罪しに行ったラルフの安否を気にする。それに対しベルフィアはのほほんとした顔で返答した。


「問題無かろう。空王とやらが良き人物であルことはミーシャ様も認めておル。もし何か良からぬ裁定を下すならば……こノ国には一も二もなく滅んでもらうとしヨうぞ」


「そんな物騒な……」


 ブレイドはベルフィアの返答に引き気味だ。言っていることはいつものベルフィアという風だが、後半のくだりで恐ろしい顔を覗かせたからだ。闘争に対する入れ込みというか、何なら今すぐにでも城に乗り込んでいきそうな空気を孕んでいる。


「バードとぉ、事を構えるのは面倒よぉ?なにせ空が飛べるんですもん」


 エレノアが横から口を挟んだ。もし相手にしてしまった時、この空中浮遊要塞の最大の利点である制空権の強みが消えてしまう。魔障壁や魔力砲など、要塞を守る力は攻守ともに凄まじいものがあるが、その合間を掻い潜られれば直接の攻撃を許してしまうことになりかねない。ただでさえ先日、海人族(マーマン)が保有する無敵戦艦カリブティスに魔力砲をぶち当てられているのだ。どこから綻びが出てもおかしくはない。


「おじいちゃんがいるんですよ?単なる要塞だった頃とはワケが違うんです。ねー、おじいちゃん」


 アルルの言葉にアスロンが姿を現した。


「うむ、この要塞は儂の体の一部と言って過言ではない。万が一戦いとなるならば全力で応戦する事を約束する。まぁ、無いとは思うがの」


 この面子(特にベルフィア)になるとすぐにも戦闘の話となる。ブレイドは空気を変える目的も込みでデュラハンに声をかけた。


「しかし大変なことになりましたね。せっかく遊びに行った矢先、水竜に出くわすなんて……」


「ん?別に。大体私ら水苦手だし、ぶっちゃけビーチより街中に行きたかったわ」


 近くで声をかけられた十女のシャークがぶっきら棒に答えた。


「え?水が苦手なんですか?」


「ええ、まぁ……というよりも神仏に仕える神官達が清めた水が、わたくし達に大きな痛みを与えるのです。その所為もあってか水全般に忌避感を感じてしまっているのでしょう。生来のこと故、仕様が無いと言いましょうか……」


 長女メラがシャークの言葉足らずに説明を加える。それに三女のシーヴァも何気なしに会話に入る。


「ま〜ね〜。景色としてみるなら海って美しいけどさ〜、いざ遊べってなると「いや〜ちょっとね〜」ってなるよね〜」


 姉妹の返答を整理すると、水は必要があれば浴びたり浸かったりも出来るが、必要なければ近付いたりしないということ。聖水でなくとも気持ち一つで弱体化してしまうということだろうか?


「何故そういうことは先に言ワんノじゃ?先に聞いておればビーチなんぞ行かんで済んだろうに」


 ベルフィアはため息交じりに非難する。姉妹は一様に唇を尖らせて口を噤むが、五女のカイラは我慢出来ずに口からポロッと言葉を紡ぐ。


「あー……言えるわけありませんわよね。今の主人が主人ですし?」


「ちょっとカイラ!言葉を選びなさい!!」


 馬鹿正直に伝えてしまったカイラをメラが注意する。が、時既に遅し。ベルフィアの眉はせり上がっていた。


「ほほぅ?妾ノせいか?どうやら少し……話し合いが必要じゃノぅ」


 ボキボキと指の骨を鳴らす。肉体言語による話し合いが行われる直前、アスロンがベルフィアの前に出現した。


「お話中のところ申し訳ないが、何かがこちらに接近しておる。警戒態勢に入ってくれい」


「……接近?ミーシャ様ではないノか?」


 その質問に答えたのはアスロンではなかった。


「違う……」


 エレノアは虚空を見つめながら呟いた。同時に走って大広間を出て行く。


「ちょっ……母さん!」


「え?ブレイド?!」


 ブレイドもアルルも困惑気味にそれに続いて出て行った。置いてけぼりを食らった他の面子はキョトンとしながら顔を見合わせた。ベルフィアはデュラハンを見渡して、しかめっ面で指示した。


「……全員警戒態勢。持ち場に急げ」



 ミーシャは空を飛びながらホルス島を見ていた。本来なら街も探索出来ていたのかと思うと自分の仕出かしたことに後悔しかしない。久々に童心に帰って遊んでいただけにショックも大きい。水竜殺しの罪が一体何になるのかは不明だが、これのせいでラルフを人質に取られてしまった。

 空王の計らいでラルフの待遇が良かったのがせめてもの救いだ。それに今日一日だけ我慢すれば、いつも通り過ごせそうな事をラルフから約束されている。今日の夜は寝るのに苦労しそうだ。


「ふーんだ。全然寂しくないもーん」


 強がりながら鼻歌交じりに雲に触る。綿飴のような形をしているくせに感触などなく透過してしまうのが寂しくもある。

 彼女がここまで上空に飛んだのは城に集まった市民達のせいだ。城の周りに規制線が張られ、市民が押し寄せるのを防いでいたのだ。もちろん何事もなく通過しても良かったが、ラルフが気を使って城の真上からの侵入を提案した為、帰る時も一応同じルートから戻ることにしたのだ。

 せっかくなので雲より上に飛んでみようとここまで飛んでみた。誰も居ない解き放たれたような空の上、心の底から自由というものを感じた。グラジャラク大陸で魔王をやっていた時には感じられなかった気持ち。ラルフ達と地上を歩くのも、要塞と共にプカプカ浮いているのも良いが、たまにはこうして飛び回るのも悪くないのかもしれない。一人の時間を満喫したい時はうってつけだ。誰かとまるで散歩に誘うように一緒に飛び回るのも良い。


「あーあ。ラルフも飛べたら良いのに」


 自分が運ぶのも良いが、隣で飛んでくれたらさぞ楽しいだろう。自分と同じように飛べるとしたらエレノアくらいか。


「……そういえばエレノアの奴とはまだあまり話もしてなかったか……交流がてら空で語り合うのも悪くないな」


 ミーシャは顎に手を当てながらニヤリと笑う。もっともらしい事を言ってはいるが空中散歩に誘う為の口実だ。善は急げと要塞に向かって落ちるように降下する。

 その時に要塞のある場所より西から何かが飛んでくるのが見えた。空中で静止し、その影を目を凝らして見ようとする。


「バード?じゃない……あれはデーモン……?でもないな」


 空飛ぶ何か。その何かの後ろからも巨大な何かが接近している。空飛ぶ豆粒程しか見えない何かを判別することは出来なかったが、巨大な何かは少し間をおいて気が付いた。それと同時にその巨大物体関連で小さい何かにも心当たりをつける。


「雲の上の蔓草”ジャック”?じゃあ周りの小さいのは悪魔の種(イービルシード)ね。となると……ディアンサかぁ……」


 ミーシャは肩を落とす。面倒な手合いだと気付いたからだ。

 「ディアンサ」こと第九魔王”撫子”。アルラウネという植物の魔族であり、その力は植物の力を応用した特殊なもの。植物を自在に操り、毒の生成もお手の物で、花粉による広範囲攻撃は魔障壁でも張らないと対処が難しい。植物を操る特異能力の他、撫子自身も魔力を十全に使用してくる為、攻守ともに隙がない。唯一の欠点は撫子本人が面倒臭がりで外にあまり干渉しないことだったのだが……。


「まさかあいつが動くなんて……私達を狙ったのか、それとも単なる偶然……?」


 つい最近(おこな)ったエレノア奪還作戦に業を煮やしてやって来たのなら自分達のせいだが、植物にとっての楽園と呼べるホルス島を狙ったのなら嫌な偶然だったと言える。どちらにせよ辿る道は同じ。


「ふんっ、図に乗るなよ植物モンスターめ。そっちがその気なら受けて立とうじゃないか」


 ミーシャは軽く意気込んで要塞に急いだ。

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