第十六話 哀愁と決意
「おーっ!ウィー、たくさん取ったな!」
浜辺に転がっていた綺麗な貝殻を手にいっぱい持って荷物置き場にやってきた。ウィーの背後には持ちきれなかった貝殻が足跡に混じってポロポロ落ちていた。夕方で西日の強い日差しの中、すっかり焼けたミーシャ達も笑いながら帰ってくる。
「あーっ楽しかった!」
「いやぁ、ミーシャさん凄いですね。お腹空かなきゃ永久に遊んでいられるんじゃ無いかな」
ブレイドも流石にヘトヘトになりながらアルルと戻ってきた。
「海ってこんなにはしゃげるもんなんですね!私知りませんでしたよ!!」
アルルも魔法使いとは思えないほどの体力を見せつける。半日中、全力で遊んでいたせいかサラシが緩んで今にもハラっと落ちそうだ。エレノアがスッと立ち上がってアルルの背後に回り、バスタオルであられもない姿を晒す前に隠した。
「お前ら何で水分も取らずに遊んでいられるんだよ……呆れる体力だが、この暑さの中そんな事してたらぶっ倒れるぞ?あそこでトロピカルジュースを売ってるから買ってきてやるよ。ジュリア、空のカップを集めてくれ。ついでに返してくるわ」
ラルフはウィーに貝殻を入れる布袋を渡す。ウィーはその袋に一生懸命貝殻を入れ始めた。その合間に立ち上がり、ジュリアが重ねたカップを受け取る。
「誰か一人ついてきてくれよ。俺一人じゃ手が足りねぇ」
「あ、じゃあ俺が」
ブレイドは率先して手を上げた。
「母さん、アルルのサラシを巻き直してやってくれよ。そのままじゃまともに歩けないしさ」
「ん、任せてぇ」
ラルフはブレイドを伴って海の家に歩く。道中ラルフはからかうようにブレイドに話し掛けた。
「……母さん、か」
「え?ええ、まぁ……」
気恥ずかしそうに頰を掻く。そう日も経っていないが、もうかなり打ち解けていると言って過言では無い。今まで母が居なかった時間を早く取り戻そうとしているかのように距離を詰めている。エレノアも子供との時間を取り戻そうと母性を爆発させているようで、アルルにも愛情深く、まるで自分の娘のように接している。
「ミーシャやベルフィア、それにデュラハン姉妹達には無い包容力があるよな。久しぶりに親っていうのを思い出したぜ」
「……ラルフさんの両親は今どちらに?」
ラルフは特に答えることなく歩く。何かいけないことを聞いてしまったと思ったブレイドはラルフの顔を盗み見る。その顔は穏やかで、陰りも曇りもない。海の家に着き、妙にイケメンのおじさんにトロピカルジュースを四つ頼んだ。
「ははっ!そんなに気に入ってくれた?」
「おう、めっちゃ美味いよ。良ければ果物を多めに入れてもらえる?」
「はい喜んでー!」
イケオジはカットフルーツを取り出して新しいカップに盛り付けていく。綺麗な盛り付けを考えて慎重に入れていくのを見ていると少し時間が掛かりそうだ。
「俺の家族はよ、前にも言ったと思うけど商人なんだな。キャラバンで世界中を旅しながら人族の国に入って商いをするのさ」
先の質問の答えを話そうとしている。ブレイドは口を挟まず聞く。
「元は傭兵の家系だったそうだが、爺さんが体が弱くてな。体じゃ食ってけなくて商売始めたそうだが、これがウケて親族で一番儲けたのさ。親父はそのまま家業を継いだんだが、俺は自由な生き方を望んで飛び出した。親父の奴、今はどこで何をしているんだか……」
「はい、お待ちどー!」
「おっ、ありがとありがと。お代はここ置いとく」
「まいどどーも」
トロピカルジュースを受け取ってみんなの元に戻る。その最中にブレイドは気になることを聞いた。
「……ってことはお母さんもそのキャラバンに?」
「お袋は死んだよ。俺の幼い頃に戦争に巻き込まれてな。国から国への移動中に、戦場のど真ん中に出ちまってさ。信用してた情報屋からの安全な近道って話だったんだけどな」
ぐっとおし黙る。踏み込んではいけない領域に踏み込んだと理解して口を噤んだ。
「ふっ……なぁに、間抜けな話さ。その情報屋はキャラバンの情報を売ってたんだ。魔族との戦いで疲弊していた人族が物資を求めてなりふり構わずに情報を買った。親父は殺されるくらいならと物を捨てて逃げることを選択し、追い立てる弓矢に運悪く何人かが被弾、その中にお袋がいたってわけだ。医者でもなく、傷薬も何もかんも失った俺達にはどうすることも出来ず、ただ死を看取るしか出来なかった」
ラルフはその時を思い出してか笑顔が消える。無力だった時、助けられたはずの命を前にただ手を握って泣く事しか出来なかった。その目に怒りはなく、その目は憂いに満ちていた。けれど瞬きの合間にその感情はどこかに消えた。
「みんな仲良くすればこの世は平和なのにっていつも心のどこかで思ってた。……でもそれは無理なんだよな。誰もが生きる為に他人を利用して、頼ってみたり、嘘吐いたり……愚直に人を信じる奴もいれば、経験上ろくなことにならんと無下にするような奴もいる。俺はどちらかといえば後者の人間……って説教くさいな。とにかくお袋はもう居ない。親父はキャラバン建て直して行商人を続けてるさ」
ラルフとブレイドは荷物置き場に着くと、ミーシャとアルルとベルフィアに渡した。
「遅いよラルフー」
「悪い悪い。ちょっと無駄話をな」
明るく振る舞うラルフにブレイドは後ろめたさを感じる。
「すっごーい!滅茶苦茶美味しそう!!」
「ふむ、芸術点が高いことは認めヨう。じゃが妾には必要ない。誰ぞ飲まぬか?」
ラルフは指を差しながら「お前なぁ……」と抗議の意思を見せたが、ウィーが欲しがったので口を尖らせながら抗議を止める。美味しそうに飲む姿を見れば溜飲も下がるというもの。ワイワイ騒ぎながらトロピカルジュースに舌鼓を打つミーシャ達を尻目に、ブレイドがラルフに近寄って小声で謝罪した。
「あの、すいませんでした。俺……何も知らなくて……」
「ははっ気にすんな、誰も知らないことだ。お前にこの話をしたのは他でもない、まだ母ちゃんが生きてるからだ」
ブレイドの目はエレノアに向く。
「居ないと思ってた親族が生きてたんだぜ?しかも俺と違って一緒に旅をしてる。絶対大事にしろよな」
ブレイドの肩をポンっと叩いてニヤリと笑った。ブレイドは力強く頷いた。
「はいっ!」
「よしっ!いい返事だ!それはそうと温もっちまうぜ?冷たい内に飲んじまいな」
和気藹々とした明るい雰囲気のビーチに、辛く悲しい過去と責任を背負う二人の男。二人の未来ある決意とは裏腹に夜の帳は下りるのだった。