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第十四話 ビーチ

 日が傾いた暑い日差しの中、パラソルの下にラルフがヘトヘトになりながら戻ってきた。体力の無いラルフは最初こそはしゃいでいたが、無尽蔵の体力を持つミーシャやブレイド、若く好奇心旺盛なアルルの三人にはどう足掻いても勝てない。情けない話だが一番最初に脱落した。


「オ帰リ。早カッタナ」


 パラソルの下にはジュリアとエレノアが涼んでいた。ビーチの砂をより集めて山を作り、暇つぶしをしている様だった。


「……うーっす。み、水はどこだっけ?」


 エレノアがスッとカップを差し出した。ラルフは不思議な顔でそのカップを見た。


「ありゃ?それは一体……」


 ドワーフに貰ったお気に入りの水筒が出てくると思ったが、差し出されたのは果物の入ったトロピカルジュース。多分パラソルを借りた所で購入したのだろうが、此処でそれを差し出されるとは思わなかった。


「おいしいよぉ?」


「うん、おいしいだろうな。でもよ、何が入っているか分かったもんじゃねぇし……」


 此処に来る前にあれだけ狙われていると脅されていれば多少なりとも警戒はする。


「毒ハ コノ鼻デ確認済ミ。ソレニ 既ニ 飲ンデミタケド 何トモ無イカラ大丈夫ヨ」


 ジュリアのお墨付きが出た。ラルフはそれを聞いて即座にエレノアからカップを受け取る。


「それを早く言えって。ありがとよ二人とも」


 グイッとカップを煽る。カラカラに乾いた喉と体に染み込む甘味。ごくごくと流し込まれる液体にこう言わずにはいられない。


「あまーい!あっま!何これ!?」


「トロピカルジュースってぇ言ってたよぉ」


「トロピカルジュースか……」


 おかわりを考えて海の家に目をやる。そこで気付く。さっきより人が増えていないだろうか?貸切状態だったビーチにはチラホラと翼人族(バード)が集まって来る。


(……俺達の様子を伺っていた?安全だと思って確認がてら出てきたのかもしれないな……)


 向こうも探り探りなのだと考えられる。あちらに取っては、いくら空王が許したとて侵入者に他ならない。日が傾くまで様子を見ていたのだろう。ただ無邪気に子供の様に遊んでいるのを見て、警戒を緩めたのだと思われる。


「……俺達と何も変わらねぇって事だな」


 ポツリと呟きながらカップの中の果物を手に取り、口に運ぶ。そこであることに気付いた。


「ん?ベルフィアはどこに行った?」


「……一緒ニ居タンジャナカッタ?」


 キョロキョロと辺りを見渡す。エレノアは何でもない様に岩陰になる所を指差した。


「さっきあっちに歩いて行ったよぉ」


「何?あいつ何やってんだ?」


 ジュリアに飲み終えたカップを渡して岩陰を目指す。


「あ、ジュリア。悪いんだけどお代わり頼んどいてくれよ」


 ジュリアは面倒臭そうに舌打ちしながら諦めた様に立ち上がった。それを尻目にラルフは岩陰に進む。ある程度進むと岩肌の隙間から真っ白な肌を見た。こんな所で何をやっているのかと不思議に近寄るが、ベルフィアは珍しくこちらに気付いていない。何に注視しているのかと覗き込むと、そこには翼の生えた美しい女性が立っていた。


(バード?はぁ……また何にちょっかいを出したんだよ……)


 呆れた様子で岩を越える。


「おいベルフィア。お前何やって……」


 ベルフィアはチラリとも見ずに「来ルな」と一言。一馬身ほどの距離で足を止める。緊張感漂う空気に違和感を感じる。ベルフィアはニヤリと笑いながらバードの女性を見つめる。女性はベルフィアとは目を合わせていない。海に向かって立ち、目を瞑って何かに集中している様に見えた。

 その姿は線の細いスレンダーな女性だ。艶々の白い羽、腰のあたりまで伸ばした金色の髪を三つ編みに結い、さっきまで泳いでいたのか海水が滴り落ちる。小麦色の肌は二、三日程度で焼けたものではなく、何日も掛けて出来たものであると分かる。濡れた薄い水色のビキニを乾かす様にただ日に向かって立つ。


「こ奴、中々どうして……面白き者を見つけタノぅ」


「何故此処に、この神聖な地に魔族がいるのか……」


 スゥと目を開けたその瞳の色は碧。綺麗で透き通る碧眼をこちらに向けた。


「……度し難い」


「ふっ、ならばどうすル?此処で()りあうか?妾は大歓迎じゃぞ」


 バッと戦闘態勢を取る。ベルフィアのそんな態度にラルフは慌てて止めに入る。


「バッカお前!せっかく市民が警戒を解いてるっていうのに、此処で怖がらせてどうするんだよ!俺達の目的は生誕祭に参加することだぞ!戦いは禁止!!」


 二人の間に入り、絶対戦闘させないという意思を体全身で表す。ベルフィアはラルフの行動に闘争の空気が白けたのを感じた。滾りを散らされたベルフィアの顔は呆れを通り越して”無”となっていた。それにホッとしてバードの女性に振り向く。彼女は変わらずそこに立っていた。何も言わずにただラルフを見ている。

 ベルフィアが対立し、戦闘態勢まで取った女だ。只者でないのは確かだし、探りを入れに来たのだろうことは理解出来る。だからこちらも探りを入れる。


「……すまないな、こいつ血の気が多くてさ。君らの国に魔族がいてびっくりしただろうけど、俺達は空王の許可を得て此処にいる。嘘だと思うなら城に問い合わせてくれ、真実だって分かるからさ」


 事情を知らない一市民として扱ってみた。彼女の為に逃げ道を作ってあげたとも言える。実直な戦士や騎士ならこの言葉にムッとしてボロを出すだろうし、計算高い謀略家なら一般人のふりをするだろう。彼女の答えは……


「知っている」


 実直の方だ。無論これだけでは判断出来ないので会話を続ける。


「何だ、知ってたのか。一応言っとくが敵対の意思はない。あっと、こいつは例外な。誰彼構わず喧嘩売るから止めるのが大変で……」


「ラルフ、余計な口を利くな。口を開けばあル事ない事吹聴しおル……」


 ベルフィアは腕を組みながら顔を歪ませる。(事実だろ……)と思いながらも「悪い悪い」と軽く謝った。


「貴方が……?噂通りのただのヒューマン、と言った感じね」


 名前を聞くや否や失礼なことを明け透けもなくぶつけてくる。


「否定しないさ、確かに俺はただのヒューマンだ。じゃ、改めて……俺はラルフ、でこっちはベルフィア。あっちにも仲間がいるけど紹介するか?」


「それは後日聞く。わたくしはナタリア=マッシモ。この国の戦士。今日の様に平和を保つ気があるならわたくしからは手を出すつもりはない。以後気をつける様、注意してなさい」


 ナタリアと名乗った女性は踵を返す。遠ざかる彼女に聞こえる様にラルフは声を上げる。


「そうさせてもらうよ「天宝」。あんたに会えて光栄だった」


 ナタリアはピタッと止まって肩越しにラルフを見た後、また何事もなかった様に歩き出した。その後ろ姿を目で追っているとベルフィアが声をかける。


「天宝?何じゃそれは?」


「白の騎士団の一人だよ。ナタリア=マッシモ、別名「天宝」。最近よく会うアロンツォの妹って噂だ。兄妹で同時期に加盟した天才共。一生会う事は無いと思ってたけど、そりゃ此処はバードの国だもんな。出会う確率は必然高くなるってもんだ」


「やはりか。見た瞬間に強いと思っタんじゃヨ。にしても、さっきノうざっタい煽りは何じゃ?普通に聞けば良かろうに」


「それでも良かったんだけど、向こうだけ情報を持っている様な言い回しがイラっとしてさ、ちょっと対抗意識燃やしたっていうか?」


「あっそ」


 相手がどこのどいつか、ラルフの嫌味ったらしい言い方の真実が聞けただけで満足したベルフィアは素っ気なく荷物置き場を目指して歩き始めた。久々の反応にこう返さずにいられない。


「いや、冷たっ……」

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