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第十二話 歩く危険物

 日が高い昼の頃、長閑(のどか)な草原を練り歩く複数の人影。アルパザに向けて歩を進める八大地獄と黒曜騎士団の分隊である。

 目的達成の為にマクマイン公爵と手を組んだ彼らは、新しく追加された第二目標であるラルフ達の首を求め、北の大陸ガルドルドより出発した。途中で騎士と合流を果たし、今に至る。


「この辺りは平穏そのものじゃなぁ。このまま世界横断の旅にでも出たいのぉ」


 彼らチームの中で最も年を食ったトドットはしみじみ呟く。その言葉にリーダーと思われる男、ロングマンが反応した。


「ふむ、全て終わった暁にはそれも良い。しかし今は何よりまず契約を果たさねばなるまい?おい、そこの。アルパザとやらには何時頃着くのかな?」


 声を掛けられた騎士は兜越しにチラリと見て答えた。


「そうですね、後二日ほど掛かるかと……」


 特に馬も使用せずに歩いていけば当然時間が掛かる。馬車を用意すれば良かったのだが、待ち合わせ場所にまさか徒歩でやってくるとは夢にも思わなかったので、騎士達も仕方なく馬を降りることになった。

 荷物もあまりなく、馬がまったくと言っていいほど機能していない現状は、遅延行為以外の何物でもない。公爵には申し訳ないが、手を組む相手を間違ったのではないかと思える程に融通が利かない。せめて移動手段くらいは自分で用意してくれと言いたい。


(ガルドルドの一角人(ホーン)の領地を侵略し、それを取り返しに来た魔法部隊を殲滅したという噂だが……こうして顔を合わせてみても、その力というか気迫を感じない。地理、社会情勢、諸々の見識もそこまで深いわけでもない。一体何がどうして手を組む事になるのやら……)


 押し黙って歩く仮面の男、外だというのに裸同然の姿で歩く痴女、馬鹿でかい武器を持ち歩く子供が二人、槍使いと思われる女の子と筋骨隆々の戦士風モヒカン野郎。そして老人と刀使いの男。まったく一貫性がない。

 冒険者がパーティーを組む場合、だいたい同じレベルの攻守共にバランスの良いものを目指すのが基本。この振り分けを見るに、まるで大道芸人の家族ごっこだ。こんな奴らに最強の魔王の相手をさせようというのか?何を考えているのか甚だ疑問である。


「ね〜、疲れたんだけど?もうそろそろ休まない?」


 槍使いと思われる女の子は気怠(けだる)そうに声を掛けた。


「でしたら我々の馬をお使いください」


 騎士の一人が手綱を女の子に差し出す。それを汚いものでも見る様な目で見てきた。


「やだ。馬は嫌いだもん。股の下でパカパカ動かれるの超キモいから」


 心底嫌悪する女の子の表情を騎士は困惑気味に見ていた。何というわがまま娘か。怒りや苛立ち等の負の感情を通り越して呆れが来る。


「えっと……で、ですがここで休んでいる暇はありません。早めにここを抜けとかないと、日が落ちる頃には魔物達がやってくるので……」


「そうそう、ノーンはもうちょい体を動かしな。拠点だとすぐゴロゴロして運動の「う」の字もしないんだし?」


 黒のレザースーツを股に食い込ませながら痴女はノーンを嗜める。痴女にギロッと反抗的な視線を送った。


「うっさいなぁ、どうでもいいでしょ?うちは生来インドア派で通ってんの。あんたとは生まれから相容れないんだからほっといてよ」


「”あんた”って……誰に口聞いてんのメスガキ。ワタシのことはティ・ファ・ル・お姉様、と呼びなさい」


「ああ?誰がお姉さんって?あんたはおば……」


 ノーンが不味い事を言い掛けたその時、バンッという音と共にノーンの足元の地面が削れる。目にも留まらぬ速さでティファルが腰に下げた鞭を取り、銃の早撃ちの如く地面に叩きつけた。その速度を例えるなら稲光。視界には鞭で攻撃したであろう抉れた地面だけが残されていた。


「ちょ……!何すんの!?ガチで当てに来たんですけどこの人!!」


 このセリフからその違和感の正体に気付いた。ティファルが攻撃した瞬間、ノーンは攻撃が当たらないギリギリを見極めて後退していた様だ。ノーンが立っていた位置から若干ズレていると感じたのは、稲光と同等の速度で動いていたせいだったのだ。

 二人の常人離れした攻防に驚愕を隠せない騎士達。自分達があの鞭を振るわれていたらきっと真っ二つだったに違いない。


「ノーン……その先は最期の時までとっときな。跡形も無く消えて無くなりたくなかったらね……」


 本気の怒り。さっきまでののほほんとした空気は何だったのか?


「姉ちゃん達さぁ、地形変わる前に喧嘩は止めなー。俺はさっさと先に行きたんだけど?」


 腕に大きな武器の様な魔道具をはめた男の子がため息を吐きながら呆れ気味に諭す。ロングマン達も「やれやれ……」といった風に軽く流している。


(いやいやいやっ!!普通じゃないんだが!?なんだその冷静さはっ!?)


 八大地獄の面子にとっては日常茶飯事とでも言いたいのか?あれだけの一撃を見せておいて疲れた様子も、息切れの一つもない。たった一撃でひっくり返される現実。騎士達の中にもう彼らを侮辱する者は居ない。


「テノスの言う通りだ。我々は遊びに来たわけではない。さっさと先を急ぐぞ」


 ロングマンはクイッと顎で前方を指す。みんなが歩き出したのを見計らってノーンとティファルは睨み合いながら歩き始めた。騎士達はビクつきながら緊張の面持ちで後をついていく。


「ふむ、驚かせたかな?ノーンは一番のわがまま娘でな。時折ああして対立する事があるのだが、すぐにケロッと元に戻るから安心せよ」


 何も安心出来ない。突如規格外の力を見せられれば萎縮するのは当然のこと。騎士達は先程まで疑問を持っていた自分を「殴って矯正したい」と願うほどに心が乱れていた。


「ロングマン!余計なこと言わなくていいから!!」


 ノーンはヒステリーに叫ぶ。ロングマンは肩を竦めて関わらない様にそっぽを向いた。

 騎士達はこのチームとのこれからの付き合い方を模索し、難儀している。どうしたら正解なのか分からないと言いたげな騎士達の、助けを求める目を静かに見ていた最初の犠牲者であるピクシーのオリビアは、明らかに身長より大きな大剣を軽々と提げた女の子、パルスの胸ポケットから顔を覗かせて呟く。


『だよね〜……私も思った。みんなそう思うよね』


 器用に頬杖を突きながら同情する。アルパザまでの道程はまだちょっと遠い。

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