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第十一話 空王との謁見

「ようこそ旅人、この島によくぞ参られた」


 彫刻と宝石で彩られた謁見の間。そこに堂々と鎮座していたのは絶世の美女。


(これが空王か。映像越しに見るのと直接会うのでは全然違うな……)


 ”王の集い”で様々な王に混じり、花が一輪添えられていたのを思い出す。それぞれが貫禄というものを前面に押し出す中にあって、一人だけ妖艶さを出していたので目立ってしまうのも無理はない。その美しさを前にすれば、アロンツォを筆頭に、跪いて(こうべ)を垂れるのも頷ける。まさに女帝の風格だ。

 ラルフがまじまじと空王を観察していると横からミーシャが小突いた。「……いつまで見てんの?」という嫉妬の念を込めての小突きだったが、ラルフは空王の発言に対する返事をしていなかった事だと捉え、焦りながら答える。


「あ、ああ、申し遅れました。俺の名前はラルフ、こっちはミーシャです。歓迎に感謝します」


 ラルフは会釈程度に頭を下げる。空王は祭壇の様に積み上がった玉座の上から無表情にラルフ達の言動に注視した。周りが跪いているのに対して、ラルフはペコっと頭を下げる程度に留まり、ミーシャは踏ん反り返るという温度差というかアウェーな空気を感じずにはいられない。

 敬意とは態度に現れる。とすればこの二人に王を敬うという基本的な上下関係など望むべくもない。

 何せ一人は世界を敵に回してもお釣りがくるほど強い元魔王で、一人は戦争に背を向け孤高に生きてきた犯罪者なのだ。ラルフ達の中で敬意ある態度を望むなら、山で静かに生きてきた世情に疎いブレイドとアルルの方がまだ期待出来るだろう。

 多少の沈黙の後、空王が表情を和らげて口を開いた。


「ふむ……ラルフとミーシャね。私の名はアンジェラ=ダーク。この国の君主であり、世間一般には空王と呼ばれているの。よろしくね」


 肘掛けに置いた手をお腹の辺りに組んで微笑む。とてもじゃないが王と呼ばれる年齢とは思えない。ミーシャはその事が気になり質問する。


「うーん……まったく王には見えないな。もしかしてアンジェラ、お前は強いのか?」


 その質問はこの場の空気を凍らせた。何という質問か。王に対し王に見えないとは侮辱以外の何物でもない。

 この発言はミーシャだからこそ出たといえる。魔王であれば若くて貫禄がなくとも強さという一点において王たり得る。ならばそれを人族に置き換えるとどうなるのか?それを知るはずもないミーシャは無知ゆえ聞いてしまう。

 その質問に一番に反応したのはアロンツォだろう。ミキッという音と共に体が一回り膨張した様な錯覚を覚える。心の底から怒りに震え、いきなり必殺の一撃が飛び出してもおかしくない程に物騒な空気を漂わせていた。他の近衛兵や侍女達も驚いて目を丸くしていた。ラルフも同様だ。まさかそんなことを口走るとは夢にも思わない。

 それに対する空王の反応は、憤怒とはまるで逆の気持ちの良い高笑いだった。


「あーはっはっ!流石は強さだけで世界を震撼させた偉大な魔王。人とは感性が全く違う」


 空王は玉座から立ち上がると階段を下り始める。側に控えていた侍女は突然の行動に体をビクッと跳ねさせながら「空王様!?」と半ば叫んでしまう。事態に気付いた近衛兵達も一歩を踏み出す。


「ならぬ」


 その一言は映像の一時停止の様に全員の行動を瞬時に止めた。特異能力というわけではなく、一様に空王の命令に従った結果だ。その命令の後、すぐにまた歩き出してラルフとミーシャに近寄る。空王の自殺行為とも取れる行動を周りの部下達はただ見ているだけしか出来ない。

 玉座に座っている時には分からなかったが、身長はラルフより若干高い。ミーシャと比べれば頭一つ半以上。巨女と呼べる空王はその起伏に富んだ美しい彫刻の様な肢体と、天使の如き真っ白な羽を見せつけながら二人の前に立った。


「……端的に話せば私は強くない。きっとラルフにも組み伏せられる程度の非力さであると自負している。私の武器は内政と美貌。この二つの両立が私を頂点(うえ)に立たせる要因となっているのよ」


「内政か……私はその辺りは疎くてな。お前の凄さはいまいち分からないが、この場の手下共がお前を慕っているのは良く分かった。人族は我ら魔族以上に複雑な思考で王を祀り上げるのだな」


 うんうんと勝手に納得しているが、これは魔族にとっても失礼な話だろう。魔族も魔族で強さ以外にも王の風格というのは必ず存在するし、強さだけで上に立った王が国ごと一瞬で没落したのも記憶に新しい。

 ミーシャには裏切り者ではあるが、イミーナという裏方が居たからこそ国は長く保たれていた。そういったものを度外視しての勝手な印象なので、適当に喋っているのがラルフには良く分かった。

 空気が弛緩していくのを肌で感じる。ここに呼び寄せた二人、特にミーシャは危険も危険。本来入国すら出来ないはずの魔族を謁見の間に通して国の最高指導者と会話を容認するなど狂気の沙汰だ。近衛兵に完全武装させ、アロンツォを控えさせても足りないという馬鹿さ加減に絶望を感じずにはいられまい。距離があったからこそ多少安心していたのに、空王自ら近寄るとは思いもよらなかったので、理性あるミーシャに敵ながら感謝していた。


「ふふ、分かってくれた様で嬉しいわ。同じ王として是非にも語らいたい所だけど、今は公務で手が空かないの。また後日食事の席を用意させるからどうかその時まで待っていて欲しい」


 その言葉をラルフは聞き逃さない。


「ということは陛下、この国で滞在しても宜しいということでしょうか?」


「ええ、どうぞ。海も綺麗だし、ビーチで泳いだらどうかしら?フルーツも甘くて美味しいから是非堪能してって。もし良ければ宿泊所を用意する?」


 王様というより近所のお姉さんみたいだ。色々提案してくれることに親近感を覚える。


「宿泊所か……気になるけど俺達は要塞で寝泊まりします。国内を自由に動ける様にしてくれるなら文句はありません。ビーチもフルーツも堪能させてもらうつもりですが、迷惑はかけない様にしますので……」


「そう?あなた達は招待したお客さんだから何かあれば遠慮せずに話してね。こちらも何かあれば声を掛けるから」


 ニコリと笑って二人に愛想を振りまく。とりあえずはホルス島での滞在を許可される。公務で忙しいとする空王との面会は一応幕を閉じた。アロンツォに出口まで案内されると冷ややかな目で見送られた。あの無礼な態度、空王の寛大な心で許したとはいえ個人的には腹わたが煮え繰り返る思いだったに違いない。

 感情を押し殺してもこうして見送りまで仕事を全うしたアロンツォには労いの言葉を掛けたい気分である。だが、それが煽りになりそうだったので敢えて言葉を(つぐ)んだ。こちらとしても面倒な(いさか)いはゴメンなので、アロンツォが要塞までついてこない事を知って正直安堵していた。

 そんな空中でのこと。要塞までの道中、ミーシャはラルフを抱えながら声を掛けた。


「あの空王っていうのはすっごく優しいね!どんな奴だろうって心配してたけどちょっと安心したよ!」


 風を切りながら大きな声で伝える。ラルフも耳に届くくらいの声で返答した。


「まぁな!……けどよ!確かに何でも許容してくれる女神って感じだが、ありゃどうもおかしいぞ!ここまで歓迎されるなんて何か裏があるんじゃねぇのか?!」


「そう?!素直に受け取っとけば良いと思うんだけどな!」


 全面的に信じられないラルフと出来れば信用したいミーシャ。互いの気持ちは今ひとつ共感には至らなかったが、空王お墨付きの滞在許可には素直にホッと胸を撫で下ろした。



「先程奴らは城を発ちました」


 アロンツォは謁見の間に戻って報告をする。空王は軽く拍手をしながら満面の笑みを浮かべる。


「ありがとうアロンツォ。心から感謝するわ。それにしてもあの二人を見た?中々の間抜けっぷり。嘲笑を通り越して愛おしさを感じたわ!」


 ケラケラ笑いながら振り返る。楽しげな空王を黙って見つめる。誰も水を差さない様に思う存分笑わせると、空王がまた口を開いた。


「魔族への書状に対する返答を早めることにしたわ。本当はあの子達の来る祭典に合わせようと思ってたけど、これも何かの縁。さっさと使って、さっさとポイしてしまいましょう」


「それが宜しいでしょう。あなたの生誕祭はやはり我々同胞にのみ許された祭典。奴らを使い潰した暁には、余が止めを刺す事をお約束いたします」


 アロンツォは即座に跪いて頭を垂れる。気を良くした空王は楽しげに返答する。


「期待しているわ。私の風神」


 空王の描いた策略。何も知らぬままに踊らされるラルフ達。

 猛禽類の如く鋭い爪はその命を奪わんと迫っているのだった。

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