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第十話 不服な対応

 白の騎士団が一人、風神のアロンツォは精鋭部隊を引き連れて要塞近くまでやってきた。すぐさま隠蔽魔法を解いて中に招き入れると、アロンツォは開口一番軽口を叩いた。


「……遅れずに来るのは殊勝な事だが、少々早過ぎるのではないか?焦らんでも島は沈まんぞ?」


「いや何、ここに来る前の滞在先で一悶着あってよ。ゴタゴタで遅れたら目も当てられないだろ?だからまぁ仕方なくさ」


 ラルフは肩を竦めて答える。その態度に翼人族(バード)の戦士達は眉を顰めた。白の騎士団と言う英雄を前に、ただのヒューマン如きが取って良い態度ではない。人族の中でも一際気位の高いバードは敵意剥き出しで睨みつけた。

 そして、それを快く思わないのはミーシャだ。アロンツォを除く手下達の不敬さに苛立ちを覚えた。


「……これが招待国の態度か?歓迎するのがお前らの役目だろう?」


 その一言にベルフィアが肩を怒らせた。ミーシャがもう一声あげればここは惨状と化すだろう。それを知ってか知らずか、アロンツォが澄まし顔で手を挙げた。その手の動きを確認した手下達は一様に目を伏せた。


「失礼した。観光客などここ数年招待していなくてな、皆やり方を忘れていたらしい。許してくれ」


 会釈程度に頭を下げながら謝罪する。ミーシャも単純なもので、一応でも謝ったので許す。その表情は不服そのものだったが、あまりいびっても仕方ないのでプイッと顔を背けた。ミーシャの動きに呼応してベルフィアも肩の力を抜く。


「ふふ……命拾いしタノぅ鳥共。妾らを前にあまり図に乗らぬ様に今後は気をつけルが良い」


 今度はラルフがベルフィアに手をかざした。


「脅すな脅すな。ここでのいざこざはゴメンだぜ?せっかくのパーティーを台無しにしちまうのは勿体ねぇからよ」


 ラルフはねっとりとした視線でバード達を見渡した。アロンツォは口の端をひくつかせながらも無表情を決め込む。


「……そなたらには毎度感心させられるなぁ。特にラルフよ、今ここに立つ誰より弱いそなたが調子に乗る様は感動すらしてしまう。鋼王が懸賞金を懸けたのも納得がいくというものよ……」


「そりゃどうも。感動ついでにお願いがあるんだが、生誕祭までの期間はここに居ても良いか?」


 アロンツォはラルフの質問に答える前に踵を返した。ラルフ達がその行動を不思議に見ているとアロンツォは肩越しにラルフを見た。


「その質問に対する答えを余は持っていない。……直接尋ねてはどうかな?」


「それって、まさか……」


「空王様がお呼びだ。余について来い」


 アロンツォはそのまま歩いて行こうとするが、すぐさまラルフが声をあげた。


「待った!」


 アロンツォはピタッと立ち止まる。そのまま振り返る事も無くラルフの言葉を待った。


「俺は飛ぶ事が出来ない。飛べる奴を同伴させても良いか?」


「……好きにしろ。ただし……」


 アロンツォは上着をはためかせながら優雅に振り返った。


「一人までだ」


 ラルフは「知ってた」とでも言いそうな顔でミーシャの肩を抱いた。



 アロンツォの後ろを飛行するラルフとミーシャ。そのさらに後ろには敵意バリバリの手下達が今すぐにでも攻撃してきそうな気迫と槍を持って追いかける。まるで罪を犯して治安部隊に連行されている様な居心地の悪さを感じた。こんな気持ちは数年前に食い逃げをやらかした時以来だ。


(あの時は泣き落としで乗り切ったっけなぁ……相手が呆れるまで泣くのは骨が折れた)


 感慨に浸っているとミーシャが声をあげた。


「ねぇ!見てあれ!」


 ラルフはミーシャの声を頼りに前方を見据える。前方に立派な城が聳え立つ。ホルス島が見えた時から目立ってはいたが、近くに寄るとその壮大さに圧倒される。白の外壁に彫刻が掘られ、城と言う名の美を追求した芸術品の様な雰囲気を醸し出す。全てがシンメトリーに構成され、一体どれだけの時間を費やせばこれほどのものが出来るのかと目を疑うほどだ。終始感嘆の息が漏れ出てまじまじと見てしまう。


「見たか!?この美しい建造物を!統治者の居城はかくあるべきだと思わないか!?」


 風を切りながら飛んでいるので出来るだけ大きな声でアロンツォは話し掛ける。ラルフはそれに対して首を振った。


「俺はそう思わないね!確かに凄ぇけど流石に過剰だろ?!」


 攻め落とされるかもしれないし、攻撃で美しさが損なわれるかもしれない。今こうして綺麗に保っていられるだけでも奇跡であると思えるほどに時代に即していない。


「まったく……この美しさが分からないとはなっ!これだからヒューマンは進化がない!」


 ぶつくさと悪態を吐きながら、城の開け放たれた窓に飛び込む。ミーシャもそれに倣ってラルフと共に侵入した。手下達は城内部までは入って来ず、外で待機している。ミーシャは首を傾げた。


「ん?あいつらは入っちゃいけないのか?」


「ああ、この城は空王様の許可無しに入る事は許されていない。余の様な一部の特権階級は出入り自由であるが」


 風でヨレた服を払ったり、生地を伸ばしたりしながら服装を整える。注意深く何度も見て、及第点だったのか視線をラルフ達に向けた。


「随分な入れ込み様だな。風をかき分けて飛んでるんだし、多少ヨレるのは仕方ないだろ。自由奔放で鳴らした「風神」の名が泣くぜ?」


「彼女の前では失態をしたくないのでな。そうで無くとも服のシワは気になる方でな、無意識の内にやってしまう」


 手を広げて「お手上げ」といった風に掌を上にあげた。その言動からラルフも服のシワが気になり始めた。このままここに居たら半日はシワ伸ばしに使ってしまいそうだ。ラルフは咳払いで雑念を払いながらアロンツォに向き直った。


「……それで?肝心の空王様はどちらに?」


 アロンツォに謁見の間に連れて行ってもらう。城の内部も装飾品だらけで目移りしてしまった。トレジャーハンターの血が騒ぐと言うものだ。とはいえ赤の他人の物を盗むのは犯罪である。見ていると欲しくなってくるので、なるべく装飾品を見ない様にする。


「見よ!この芸術的な城を!この城を建てた当時に余が居たならば、必ず建築に携わり、この様に繊細な美の追求を日夜していたに違いない。感動も一入(ひとしお)であろう!」


「あー、うん。確かに確かに。うーわめっちゃ感動したぁ……」


 心の込もっていない適当な返事。


「そうであろう、そうであろうとも!」


 アロンツォは一人喜んでいる。自分の欲しい言葉をもらって誇らしげだ。そうこうしていると大きな扉の前にやってきた。再度服の調子を確認する。さらに自信を付けたアロンツォは胸を張ってノックする。程なくして侍女が顔をチラリと覗かせた。


「ラルフを連れてきた。御目通りの許可をよろしく頼む」


 侍女はチラリとミーシャを見る。


「彼女は?入国を許可されたのはお一人だけだったはず……」


「余が臨機応変に対応し、ここまで連れてくる運びとなった。この件も合わせてお伝え願いたい」


 侍女はアロンツォとミーシャを交互に見た後「少々お待ちください」と扉を閉めてしまった。


「……謁見が叶わぬかもしれぬ」


「何でだよ。ミーシャが居るからとでも?」


 あの反応を見ればそうとしか思えない。ミーシャは不快感をあらわにする。


「本当に失礼な種族ね。これで許可が出なかったら暴れるよ?」


「それはマジでヤバイからやめてくれ……」


 ラルフはその光景を思い浮かべながら冷や汗をかいた。ミーシャならやる。そうこうしていると侍女がまた扉を開けた。


「許可がおりましたので、どうぞお入りください」


 空王との謁見。祭典の時が最初になるかと思われたが、到着が早かったのもあってか早々に会う事になった。ラルフとミーシャはアロンツォに連れられて、絢爛豪華な謁見の間に足を踏み入れた。

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