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第七話 哀しき選択

「何?騎士に取り囲まれた?」


 無事に戻ったアンノウン達四人からラルフにクレームが入った。聞けば別段おかしな行動もしていない二組が、訳も分からない内に騎士に囲まれた挙句、戦闘にまで発展したという。アンノウンが詰め寄る。


「ラルフ、もしかして密かに発見されていた可能性は無いの?」


「俺がそんなヘマを?いや、無い事も無いなぁ……こっそり店主について行って様子を確認してきてたし、その時見つけられてたとしたら俺の責任だな……」


 ラルフには心当たりがある様だ。それを側で聞いていたミーシャは反論する。


「それなら私もついて行ったから同罪ではあるけど、どうしてそれでお前達が狙われることになるの?ラルフと私ならともかくとして」


 ミーシャの言う通りだ。もしラルフが発見されていても、そこから一見無関係に思えるアンノウン達を見て「あいつらも怪しい」とはならない。チラッと顔見せ程度のカサブリアでの一件が騎士の間で広まり、既に身元がバレているなら話は別だ。騎士達の前に顔を晒した時点で囲まれるのは自明の理。であるならラルフの楽観論が招いた結果になるので、どちらにせよラルフの責任は免れない。


「……俺達は正規の方法で町に入ってません。現在のアルパザは城壁の如く厚い壁を絶賛建設中です。入り口には検問を敷いているとラルフさんの話であったので、見知らぬ俺達を不法で町に入ったならず者と捉えた可能性もなくは無いでしょう。それにしても過剰戦力であるとは思いますが……」


 ブレイドは独自の視点からの解釈で、町の警戒態勢の強化の線も浮上する。その二つの仮説にヘラヘラとニヤつきながらベルフィアが口を開いた。


「じゃとすルなら、そノ二つを合体させタ「ラルフを見つけタから警戒レベルが上がっタ」ノ方がしっくり来ルノぅ」


 まさに「それだ」と決着の一言が出た。


「良いだろう、仮にその説が正しいとして俺は頭を下げよう。大変申し訳ない。……で、謝りついでに今日からは外出禁止だ。アルパザに降りればせっかくの安全な町作りを邪魔しちまう恐れがあるからな」


「何を恐れル?今こそこノ町を掌握すれば良いだけだろう?」


 ラルフはじとっとした目でベルフィアを見た。


「お前のそういうとこは変わんないよな……俺達は侵略者じゃ無い。もし今の状況が反転した時に前科があったら受け入れてもらえないだろ?先々の事を考えて行動するのが必要なんだよ。分かるか?」


「何を偉そうに……重要なノは妾達ノ身ノ安全であって、他はどうでも良かろうが。それをそちは……」


 久方ぶりの二人の言い争い。どちらも仲間の事を思っての発言に周りの反応は微笑ましい。いつまでも続くかと思われた言い争いに終止符を打ったのはアンノウンだった。


「すまない、水を差す様で悪いんだけどちょっと良いかな?」


 加熱しそうで加熱しなかった二人は同時にアンノウンに振り向いた。


「実は服屋でいろいろ購入したんだけど、さっきのゴタゴタがあって持って帰れてないんだよね。取りに行こうと思っているんだけど良いかな?」


 ラルフは一瞬心底面倒臭そうな顔をしたが、頭を振って思考する。束の間の沈黙が流れたが、その沈黙を断ち切ったのもラルフだった。


「俺も行こう」


「あ、もう面倒なことにしかなんない奴だ」


 ミーシャは明け透けに呟いた。苦い顔をしたラルフが何か言いたそうにミーシャを横目で見るが、概ねその通りだと視線を戻す。


「考えたんだが、こんなことがあった以上変に留まらずに出てっちまった方がいい様な気がしてな。せっかくローパにドレスを依頼してたが、犯罪者だって事で仕事を反故にされかねない。服を取りに行くついでに既製品のドレスをすぐに売ってもらえないか交渉してみようと思ってよ」


 壁際でもたれ掛かるジュリアに視線を向ける。


「……つーことでお前の分のドレスは無くなるかも知んないから、そんだけは覚悟しといてくれよ」


 ジュリアはフンッと軽く鼻を鳴らした。


「最初カラ要ラ無イト言ッテイタデショ?好都合ヨ」


 最近そわそわして落ち着きがなかったジュリアに余裕が戻った様に感じる。アンノウンは「え〜……」と不満そうだったが、自分が狙われた事実は覆せない。ラルフの提案も納得出来る感じだったので、それ以上の文句は出なかった。


「それでどうやって行くんです?やっぱり空からひとっ飛びでしょうか?」


 アルルが手を水平に飛んでるイメージを手に宿しながら動かす。ラルフは手を顎に添えてどう行くのが安全かを頭の中で模索する。ベルフィアの転移魔法かミーシャの飛行魔法か、はたまたアンノウンの召喚魔法か。


「……いや、召喚魔法はないな。目立つし……転移も一回行った所じゃないと厳しい……ミーシャ。頼んでいいか?」


「うん。良いよ」



 ミーシャに運ばれて空から地上を見る。聞いた話では、丁度この下の店の前で戦闘があったのだが、何事もなかった様に町民が歩いている。騎士達はアンノウンがワイバーンと飛んで行ったのを見て完全に諦めたのだろう。町民に見つからない様、近くの路地裏に降ろしてもらう。すぐ側で飛んでいたアンノウンのアバターも同じく着地した。

 アバターは存在が希薄になるので隠密に使える優れもの。意識を本体と経由しているので通常通り会話も出来る。普段から使えば良いとも思えるが所詮はアバター。視覚や聴覚はこっちの方が鋭敏になったりもするが、触覚や嗅覚、何より味覚が曖昧なのだ。本物の感覚にはどうしても勝てない部分があるので多用はしない。


「……問題なさそうだな」


 ラルフはしばらく動向を伺うつもりだったが、割とすぐに表通りに出て歩き出す。と言ってもすぐ側なので、そう歩く事もなく店に着いた。


「結構大胆なことするね」


 ミーシャを伴って堂々と歩いて行ったラルフにアンノウンは多少驚いた。


「こういうのは意識したら駄目だ。急がず騒がず、それでいて遅過ぎずに行動すれば怪しまれることはない」


 プロフェッショナルという雰囲気を漂わせながら鼻高々に胸を張った。「ふーん」とミーシャ共々、二人して興味なさげに流した。スカされたラルフは、それでも肩を落とすことなく店のカウンターを目指す。こんなのは慣れっこだ。

 カウンターに進んでいると店員がニコニコと笑顔で近寄ってきた。


「いらっしゃいませー。何かお探しでしょうか?」


「あ、すいません。さっき買った服を預けていた者です。服を取りに来ました」


 アンノウンはスカさず答える。店員は目を二、三回パチパチさせて「ああ」と気付いたようにカウンターに入って行く。カウンターの背後に服が詰まっているだろう大きな袋が所狭しと並んでいる。一瞬ギョッとする。一体どれだけ購入したのか。


「まさかこれ全部……」


「そうだよ。みんなの分も買ったからね」


 アンノウンは特に悪びれる様子もなく、お小遣いにと渡した財布をラルフに返す。硬貨でパンパンになっていたはずの財布はしょぼくれて見るも無残な姿へと変貌していた。

 散財されたことに憤りを感じなくもなかったが、この機会を逃せば服などいつ購入出来るかも分からない事が脳裏を()ぎった。それに自分の分だけでなく、みんなの分の衣類を購入する優しい心意気のせいだと思えば溜飲も下がった。


「そうか、そうだよな。この量はみんなの分だもんな。仕方ないよな……」


 大所帯になったのだからこういうのは覚悟しておくべき事だ。食料を調達した時から(飛ぶな〜……)とは思っていたが、仕方なしと自分を誤魔化していた。これがもし人族の国で普通に暮らしていたら家計に深刻なダメージを与えていた事だろう。

 アンノウンの腕にどんどん袋の紐が通されているのを眺めている内に「詮無い事だ」と考えるのをやめた。


「あの、すまないが。ここで働かれているマヤさんという方は今どちらに?昨日のドレスの件で話があるんだけど……」


 ラルフの質問に、何とも言えない苦笑いで返す。


「大変申し訳ございません。あの子は今朝この店を辞めてしまったんです。仕事の書類をいただいておりますので、我々の方で引き続き誠心誠意制作させていただきます」


 遅かった。いや、マヤという店員の行動が早すぎる。昨日の一件で不信感を抱いて逃げたと見るのが妥当だが、騎士達の動きといい、マヤの退職といい、タイミングは完璧だと言えた。こう来ればチクったのはマヤで決まりだろう。


「なるほど、あの子のせいってわけね」


 ミーシャも気付いた。


「……今すぐに用意出来るスーツやドレスはあるか?」


「ええ、サイズを確認してみる必要はございますが、何人かは用意出来るかと……」


「すぐに用意してくれ」


 店員の言葉に被せるように要求する。アンノウンに服を全部渡しきった時だったので「わ、分かりました!」と(ども)り気味に奥に引っ込んだ。その様子にアンノウンはため息を吐く。


「……やっぱ無理かな?」


「まぁ……ジュリアとアルルはお留守番だな」

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