第三話 画策
南国の島「ホルス島」。
この島は年中気候が安定している場所で、北の大陸「ガルドルド」とは真反対と呼べるほどに過ごし易い。生き物は全てが大きく、のんびりと練り歩いている。ヤシの木に似た木々が生え、甘いフルーツがよく生るこの島は、魔族からも魅力的な土地で何度も支配しようと軍を動員するもその悉くを阻止されている。
理由は現在島を支配している翼の生えた人、翼人族が守護しているためだ。制空権を持つというのは魔族を何度も退ける程のステータスを意味する。
「それで?上手く行ったのかしら?」
長い爪を弄りながら目の前に跪いたバードの男性を見下ろす。この国で誰より偉そうで、その態度を許される唯一の人物「空王」アンジェラ=ダーク。長いウェーブがかった艶々の金髪に、花で編まれた様に複雑な黄金の冠を被り、その威光を示す。豊満で艶やかな肢体を持ち、その形を浮き立たせる様なピッタリとした白いドレスを着込んでいる。背中が開いたドレスから真っ白で美しい翼が生えている。その姿はまるで天使。アクセサリーは少々地味目だが、それが彼女の良さを引き出している。
跪いた男性はこの地で一、二を争うほど強く、空王のお気に入り。白の騎士団が一人「風神」アロンツォ=マッシモ。
「空王様……大変申し訳ございません。あの男だけの参加を取り付ける筈が、結局全員参加という運びとなり……」
いつもの自信は鳴りを潜め、真摯に謝罪の姿勢を見せる。それを無表情で眺めていた空王は、我慢出来なくて突然吹き出す。
「プッ……あーはっはっ!そう来ると思ってた!完璧に予想通りねぇ」
その様子に流石のアロンツォも眉を顰める。自分が仕事をこなせなかった事がそんなにおかしい事なのだろうか?
否、アロンツォは空王の言いたいことはそこに無い事に気付く。
「……まさか最初から全員を参加させようと?」
「ええ、その通りよ」
「何故この様な回りくどい事を……」
空王は右側に控えていた侍女の持つ、一口大に切られた果物のお皿から黄色い実を取り出し、返答する事なく口に放り込んだ。アロンツォは返答を焦せらせる事なく飲み下すのを待つ。空王はそんな忠義に厚い彼をニコニコと機嫌よく見つめると、左側に控える別の侍女に顎をしゃくった。その動作に侍女はサッと前に出てアロンツォに書状を手渡した。
「……これは?」
「魔族からの書状よ。そこに答えがあるわ」
アロンツォは言われるがまま目を通す。書状の内容は魔族と手を取り合い、かの怪物を共に滅ぼそうという内容だった。断れば全軍を以って人類を滅ぼす事も明記してある。
「……ということは、あの化け物を引き渡すおつもりですか?」
「それは最後の手段よ。この書状から読み取れることは二つ。一つは魔族の矜持を捨て、人類に助力を求めるくらい切羽詰っている事実。そしてもう一つ、鏖はそれだけ強いということよ」
元第二魔王”鏖”。強さの次元を超越した存在。アロンツォもその片鱗をカサブリアの地で目撃している。正直アレに勝つ手段が思い浮かばない。
「それでは、どうなさるおつもりでしょう?この書状から読み解けるのは、我々が魔族の味方になるか。それとも抵抗するかのどちらかだと思うのですが……」
「ふふ、それは最後の立ち位置よ。私の答えはどちらでも無い」
全く要領を得ない。アロンツォは空王の思考を読み取れずに唸る。ふと一番気になることを聞いていないのに気付く。
「未だ答えが聞けていないのですが、何故一度断らせる必要があったのでしょうか?ラルフだけの参加を促すより、最初から全員を参加させれば良かったのでは?」
「ああ、簡単な話。奴らは敵だからよ」
空王は皿の上の果物を選別しながら言葉を紡ぐ。
「突如招待されれば裏があると見るのは当然のこと。殺される可能性のある敵地に一人で来るという考えは当然頭から却下するだろうと推測できる。必ず無理を言って仲間を参加させようとするのは明白。こうしてこの国の王たる私が仕方なく全員参加させ、良い気になった奴らは何の疑問も持たずにのこのこやって来るという寸法」
赤い実を手に取って目の前に持ち上げた。
「そして祭典中にやって来る魔族の軍勢を前に、難癖を付けて奴らに責任転嫁するのよ。ラルフだけならこんなことにならなかった可能性を示唆し、かの化け物に率先して戦ってもらう。私たちは見に回り、頃合いを見計らって両陣営の横っ面を張り倒す。ね?簡単でしょ?」
赤い実をポイっと口に入れて頬張る。甘い実と自身の策略にご満悦な様子。
「そこまで見越していたとは……しかしそんなに上手く事が運ぶでしょうか?」
「……違うわ、上手く運ばせるのよ。分かっていると思うけど、あなたが頼りなの。ナターシャにもそう伝えて」
ナターシャ、本名ナタリア=マッシモ。アロンツォの実妹であり、白の騎士団で「天宝」の名を戴く最強の戦士の一人。兄妹で白の騎士団に加盟しているのは珍しく、バード達同族の誇りである。
「かしこまりました。比類なき王、空王万歳」




