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第三十六話 第二候補

「これが、ドラキュラ城……」


 ラルフ達の眼前に聳え立つ城。この城こそが全ての起点だった。ラルフがミーシャと出会い、ベルフィアを起こし、ジュリアと戦った思い出深い場所である。

 近くに来れば老朽化が進んでいるのがよく分かる。ツタがはい回り、壁に苔が生え、白かったであろう壁は黒くくすんでいる。あの時のままだ。不自然に抉り取られた木々やポッカリと穴の開いた地面があの時の戦いを想起させる。


「この城を拠点にしようと言いますのね?」


 長女メラは腕を組みながら外観を訝しい顔で見渡した。それに呼応する様に五女カイラがペチャクチャと口を出す。


「今にも崩れそうな程ボロボロですわ。建物は立派ですけどかなり不気味ですし、手入れもされていないから植物のせいで脆くなってます。年季ばかり経て、拠点とするには……何て言うか、大丈夫ですの?って感じですわね」


 思った事をバンバン口に出して不安を煽る。だがこれは誰もがこの外観から思う事だ。重要なのは「拠点として機能するのか」という一点のみ。ラルフはみんなに振り向いて声を上げる。


「みんなが思う事は察している。だけどこの建物はかなり頑丈な作りをしているから、早々に壊れたりしないので安心してほしい。取り敢えずシスターズは内装の片付け、アルルは周りに結界を張って、エレノアとブレイドはアルルの警護。ジュリアとアンノウンはここらの魔獣を追っ払ってくれ。ミーシャとベルフィアは俺とアルパザに行くから」


 此処に来ていないウィー、七女リーシャ、八女ティララを除く仲間達にテキパキと指示を出して移動を開始した。背後でラルフの指示にブー垂れるデュラハン達や楽しげに会話するアンノウン他を尻目に、森林をかき分けてアルパザを目指す。

 この道を歩くと、あの時の事を思い出してしまう。人族と魔族、どちらの側に着くべきか考えていたあの日。黒曜騎士団団長のゼアルとの対談を持ち掛けた緊張の瞬間。謀る為に試行錯誤した焦燥の一幕。懐かしい。全てが昨日の事の様だ。


「ふふっ……」


 ミーシャは思い出し笑いの様に唐突に笑顔になる。ラルフがチラリとミーシャを見ると嬉しそうに口を開いた。


「結局ここが私達の拠点になるんだなって思うとなんか嬉しくってさ。私が初めて戦い以外で人と触れ合ったこの場所。ラルフと出会った場所」


 感慨深く呟く。ベルフィアも普段では考えられない程の優しい笑みでミーシャに答える。


「ええ、そうですね。妾が逃げ隠れて身を寄せタ城。ラルフとミーシャ様に出会っタ奇跡ノ地。全てノ始まりがここ、アルパザ」


 当時は文句ばかりだったベルフィアも丸くなった。ミーシャと笑い合っているのを見るとそれを強く思う。


「おいおい、やめろよ。一仕事終える前に泣いちまうだろ?そういうのはしんみりする夜にとっとけよな」


 ラルフは諸手を挙げて「やれやれ」と呆れる様なひょうきんな雰囲気で茶化す。彼とて思う所はあれど、浸るのは緊張を解いてからにしたいと常々思っている。何かをやる前に気を抜くと、痛いしっぺ返しを食らう事になりかねない。最後まで根っこの部分は危機意識を持つのがプロフェッショナルというものだ。というのは、ラルフの個人的な意見だ。


「はーい」


 ミーシャは気の抜けた様な挨拶で軽く流す。ベルフィアはせっかくいい雰囲気だった会話の流れを切られたのが面白く無いのか、唇を尖らせて黙った。


「あ、それから、アルパザには正面から侵入しない。隠密行動でそっと中に侵入する」


 ラルフの言に疑問符を浮かべた。


「なんでそんな事する必要があるの?勝手知ったる場所じゃない。スパッと協力を仰げば……」


「甘いな。街はあの一件以来黒曜騎士団が仕切ってる。さっき上から確認したから間違いない。あいつらにバレたら即効で公爵の野郎に居場所がバレちまうだろ?」


 それにはベルフィアが反論する。


「ならば城も危険ではないか?一度戻って対策を打タねば……」


「いや、危険だと思えるがそうじゃない。城が手付かずの状態で放置されていたのを見るに、奴ら怖くて入れなかったと推察するぜ。彼の黒曜騎士でも近寄りたがらない。つまり何が言いたいかと言えば、拠点として最適って事だ」


 街で最も武力のある黒曜騎士団も敬遠するあの城に、近付こうと思う命知らずはこの街にはいない。何故なら街に住んでる大半が戦場に疲れて逃げ出した兵士達。戦場を離れて、安息の地を求めてやって来たのがアルパザという場所である。危険から何とか逃げ延びた兵士達は自らの命が脅かされない以上は危険から遠ざかるのだ。結果放置されて今に至る。


「えっと、じゃあ何の為に侵入するの?」


「ここには俺達の良く知る扱い易いヒューマンが居るじゃないか。そいつの協力を仰いで、色々手に入れようって寸法だ」



 アルパザは今や堅牢な壁に守られた砦と化していた。魔鳥人の襲撃や魔王の襲来など、吸血鬼の噂で一喜一憂していたのが可愛く思える程ガチガチに固めている。民衆はかなり窮屈に感じているが、平和な生活には代えられないとして我慢を強いられていた。街の出入り口は検問が敷かれ、門番が立ち塞がる事となる。

 やりたい放題のイルレアンのやり方に不満の声が上がる中、全く不自由なく空から降り立ったラルフ達は誰にも見つからない様にある店を目指していた。質屋を生業とする骨董品店「アルパザの底」。


「おい……待てよ……ふざけんじゃねぇぞ」


 店の扉を開け、視線が合った瞬間に青ざめる店主。


「ようおっさん。久しぶり」


 何か言いたげに口を開いたが、すぐに閉口する。それはラルフの後ろから付いて来た最悪の存在達のせいだ。もう二度とこんな事はないと思っていたのに、その時は割とすぐにやって来た。


「あ、こいつか」


「そういえば居りましタな、こノ様な人間が」


 二人は顔を見るまですっかり忘れていた様だ。(そのまま忘れ去って二度と来なければ幸せで入れたのに……)と心で毒吐く。それもこれもラルフって奴が悪いのだ。仕事に懸命な姿勢を買って仲良くしていたが、その過去すら抹消したい程後悔していた。


「な、何の用だ……!?」


 恐れ慄いて震えながらも何とか声を出す。ラルフはその怯えた様子を感じて諸手を挙げた。


「あ、すまない。怖がらせる気は無かったんだよ。実はまた協力して欲しくてさ」


「きょ、協力だと?そそ、そんな事出来るか!帰ってくれ!すぐに!!」


 とにかく関わりたくないと言った風だが、店主とて気付いていた。ここで強気に出るのは自分の首を絞める事だという事に。しかし、ここで一度拒絶していないと後が怖い。これは何か起こった時に「一度は断った」という為の布石に過ぎない。ミーシャやベルフィアが憤慨する顔が垣間見えて漏らしそうになったが、何とか踏ん張った。それにラルフが答える。


「落ち着けって、声がデケェよ……怖いのは分かるが、そんな風にされると実力行使に出ざるを得なくなるから勘弁してくれ、な?」


 実力行使と聞いて店主は押し黙る。ラルフというワンクッションがあるからこそ出来た否定。度を越すと一気にあの世行きなので、引きは弁える。


「……何が欲しいんだ……好きな物を持ってけ。必要なものを言ってくれたら用意しよう。俺に二度とか変わらないってんならタダでやるぞ……」


 店主は力無く、ため息交じりに言葉を紡いだ。ここまでやるのだからもう勘弁してくれオーラが出ているが、ラルフは無慈悲に言い放つ。


「いや、今後も利用したいから値段相応で取引してもらう」


 ドラキュラ城には未だ沢山のお宝が眠っている。それを換金すれば大金持ちだ。だが換金場所が無ければ宝の持ち腐れ。安く買い叩いて儲けようとする助平心が心の中で首を(もた)げるが、続くベルフィアの言葉でそれもどこかに吹っ飛んだ。


「……良い金額を頼むぞ?」


 店主はガクッと項垂れる。逃げ場はない。もうどうでも良いという考えが店主を吹っ切れさせる。


「……それで?何が欲しい?」


「実は近くめでたい式があってよ。パーティー衣装が必要なんだよな。とりあえず……ひー、ふー、みー……十八人分、見繕って欲しいんだよね。後は食料を……」


 生誕祭に向けた準備と、拠点の作成を着々と進めるのであった。

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