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第三十四話 招待

 この要塞には応接間の様な場所はない。空き室を改造すれば用意出来ない事も無いのだろうが、急に来られた客に対応するには用意に時間がかかりすぎる。現在一番片付いている食卓に通すのがこの場合の最適解である。大きく長いテーブルにバード側とラルフ側で対立する様に座る。


「ほう、良く出来た建物であるな」


アロンツォは周りを一瞥しながら椅子に腰掛けた。


「外観を確認した時はどんな建物かと思ったが、中は意外にちゃんとしていて驚いたよ」


 端正な顔に紫のアイシャドーが際立つ。顔面偏差値の差を肌で感じながらラルフとベルフィアが席に着いた。他は遠慮して立っている。壁際にはメイド服を着たデュラハンがズラッと並んでいた。未だ来ないミーシャとエレノアを差し置いてラルフは会話を開始した。


「……それで……風神ともあろうお方がわざわざ来た理由を聞いても良いかな?」


 ラルフは肘をつきながら質問する。アロンツォも机に身を乗り出してそれに答えた。


「……余の陛下からの書状と伝言を伝えに参った」


「陛下じゃと?」


「バードの王ってのは空王の事だ。人族の王の中で唯一の女王。そんな陛下からのお達しとは一体……」


 ラルフがアロンツォを見据えると、アロンツォは鼻を鳴らして背後に控える部下を見た。部下は腰に下げていた書状を手に取ると、アロンツォに手渡した。アロンツォは丸められた羊皮紙を二、三度振りながら告げる。


「これがそなた宛に書かれた書状だ」


「え?俺宛に?」


 ラルフはベルフィアやここに居ないミーシャを目に浮かべつつ疑問を呈す。自分など言わば仲介人程度にしか過ぎず、名指しされる様な存在では決して無い。

 つい先日の王の集いでの存在アピールが効いたのかもしれないと密かに思いながら、羊皮紙を受け取った。開いて見ると確かにラルフの名が刻まれている。その内容を咀嚼しながら自分なりに答えを出す。


「なるほど。つまり俺とサシで話したいと?」


 チラリとアロンツォを確認すると肩を竦めた。


「内容は知らんよ。余に書状を拝見する権利があるとでも?そう書いてあるのではそう言う事なのだろう」


「え?なんて書いてあるんです?」


 後ろでブレイドが口を挟む。それに対してアロンツォは鼻で笑った。


「大人の会話に口を出すものじゃ無いぞ坊や。ここに居られるだけでも有難いと思い、静かに控えているが良い」


「……何?」


 ブレイドは眉間にしわを寄せる。

 アロンツォはそんな目にも涼しい顔で対応する。


「ふふ、中々の面構えよ。カサブリアでの戦いを共に分かち合っただけはある。しかしながらそれとこれとは話は別。余はこの男と会話している。余の部下が待機しているのを見て何も思わんのか?」


 ブレイドはアロンツォの部下を見て黙る。自分が間違った事をしているのだと感じさせられて言い返せなかったからだ。そんなブレイドの空気を敏感に感じ取ったラルフは頭を横に振りながら不敵に笑った。


「おいおい、勇者の倅に対して随分な言い様だな。気にすんなブレイド、ここは俺達の城だ。好きに喋りな」


 それはアロンツォに対する宣戦布告でもあるのだが、ここはバード達にとっては敵地。少しでも優位に立つ為に行った牽制は無駄に終わった。アロンツォは面白く無さそうな顔で静かに息を吐いた。ラルフは書状に目を落としながら全員に聞こえる様に咳払いで喉の調子を整えた。


「ここに書いてある事は要するに、空王生誕祭の式典に関する招待状だ。そんなめでたい行事に俺の為に席を用意すると書いてある」


「ん?なんじゃ、そちだけか?」


「そうだな。見返して見てもこれには仲間の事は触れてない」


 書状ではラルフの名前と生誕祭に関する要項、その他催し物に関してが記載され、最後に日時が記載されている。


「当然であろう?そこの少年と少女ならいざ知らず、他は魔族ではないか。人族の国に魔族を入れるなどあり得ぬ。と言うよりこの式典に参加出来る他種族など居ないのだぞ?光栄に思い、二つ返事で受けるが良い」


 かなり上から目線だ。元からナルシストだと言う情報があるので驚きもないが、言われているこちら側からすれば不快そのもの。ラルフは書状を机に置いて手を組む。


「いや、応じられないなぁ」


「断るだと?そんな事は許さん。何が不満だ?そうか怖いのだな?案ずる事は無い。余が直々に警護についてやろうではないか。どうだこれで?」


 アロンツォは胸を張って踏ん反り返る。しかしラルフは手を横に振りながらそれを否定した。


「はは、違う違う。……いやごめん、言う程違う事は無いや。一人で行くのが怖いってのは確かだし、完全に否定はしないさ。ただ仲間が居ないんじゃ辞退するしか無いな」


「そなた仮にも成人男性であろう?仲間が居らんと来れんとはどう言う事だ?余が警護すると言うに、何が不満なんだ?」


「そのまんまだよ。俺達はチームであり、家族であり、一心同体。どんな時であれ共に行動する。もしこれを脅かすなら参加する事は決して無い。あんたらの陛下にそう伝えてくれ」


 明確な拒絶。普段のアロンツォなら槍を掲げて攻撃に移るが、そういう訳にはいかない。ラルフを殺すのは容易いが、地上最強の魔王として名の知れたミーシャが居るこの要塞から逃げ切れるとは思えないし、何より敬愛する陛下に何としてでも参加させる様に言われた身としては引き下がれない。部下がそっと耳打ちする。


「アロンツォ様。ここは一度引いて陛下にご意見を仰ぐのがよろしいのでは?」


 一度大きく息を吸って心を落ち着けると、部下に後ろに下がる様に手を振った。


「……よかろう。今回に限り特別に入国を許可する」


 その言葉に部下達がざわつく。


「そんな馬鹿な!」「それは越権行為ですぞ!」など、口々に騒ぎ立てるも、アロンツォの指一本で部下達は口を閉じた。


「失礼した。こちらも人の事は言えないな」


 先のブレイドへの暴言を謝罪する形となった。ラルフはアロンツォの発言を拾って質問する。


「入国に関する事柄だけど、本当に入って平気なのか?後ろの反応を見るに駄目っぽそうなんだけど……」


「部下が何と言おうと、この風神が許可を出している。案ずる事は無い」


「急に素直じゃな。怪しさ満点じゃが信用出来ルかノぅ?」


 ベルフィアはいやらしい笑みを浮かべながらアロンツォを挑発する。そんなベルフィアに笑い返すと席をたった。


「余に二言は無い」


 アロンツォはそれだけ言うと踵を返した。最初に入ってきたベランダに向かう気だろう。ラルフも席を立つとバード達を呼び止めた。


「待てよ。今から帰って決める事とかあるだろ?そう言うのは追って連絡してくれたりすんのか?」


「その必要はない。その書状に書いてある事が全てだ。……いや、陛下から伝言を賜っていた」


 アロンツォは振り返ってラルフを見据えた。


「楽しみに待っている。素敵な祭典となる様に準備をしているので、ドレスアップして来るようにとの事だ。日時に変更はない。遅刻しない様に頼むぞ」


 アロンツォはそれだけ言って歩き去る。その後ろをデュラハンがベランダまで付き添っていった。ラルフは机に広げた書状を手に取ると何度か読み返す。


「……どうします?」


 アルルが声をかけた。


「とりあえず期間はまだあるし、第二候補に行った後でバードの王国に行ってみるか」


 この話し合いの最中、ずっと黙っていたアンノウンは肩を竦めて口を開く。


「なんて言うか、鼻持ちならない奴だね。行っても平気かな?」


「まぁ全員でいけるなら、そう怖い事も無い。てか、ドレスコードあるのか……どっかで見繕わなきゃ駄目だな……」


「祭典ダカラ当然。デモ アタシノハ良イヨ。参加スル気無イカラ」


「え?なんで?一緒に行こうよ。私が寂しい事になるよ?」


 アンノウンとジュリアは仲が良い。同時期に入ったからか、親近感があるのだろう。ラルフはそんな微笑ましい空気をよそに一人思案に暮れていると、おもむろに扉が開いた。


「……おはよ〜、何かあった〜」


 そこには欠伸をしながら入って来るミーシャの姿があった。


「のんきなもんだよな、全く……」


 ラルフは呆れた様に肩を竦ませながらも、ミーシャの寝惚け眼に和むのだった。

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