第三十一話 ここを拠点とす
「ここに畑作るのはどうでしょうか?その辺りに平屋を建てて台所と寝床を用意すれば暮らす事も可能かと……」
ブレイドはエレノア達と更地に目を向けながら、既に計画を練っていた。まだ使って良いかどうか定かではないものの、同時進行で色々しとこうとラルフから提案され、勿論快諾したので今ここで調査しているのだ。
「建物を建てるなら相当大きいのを建てて頂かないと行けませんわね。わたくし達全員が入れるくらい大きな物でないと……」
「となると平屋じゃ足りませんわ。二階建て以上の建物を所望致します」
デュラハンの長女メラと次女エールーが声を上げる。その言を聞き、アンノウンが質問する。
「何で?そんな大きなの作んなくったって、あの大きな木の中は部屋数も多いんだから借りれば良くない?私達で一から作るんだから、大きくすると自分たちの首を絞める事に繋がるよ?」
ラルフ一行の短所は人族で生活する為に必要不可欠なお金が無い事。建物の事なら建築士や大工に頼みたいところだが、それをするにはお金が必要だ。正直な話、人族に紛れて過ごすという事は最初だけで、後は流浪の旅人として根無し草の生活を送ってきていた。魔族にも人族にも敵視され、追われる日々にお金を必要とする事など最近まで無かったというのがこの事態に拍車を掛けた。
「小屋は作った事があって、何度も修繕しています。不細工でも倒壊しない家は作れますけど、俺は一階しか作った事無くって……見様見真似で作れても、ちょっとやそっとじゃ壊れない家作りとなると自信ないですね……」
「ソモソモ常駐スル訳デモ無インジャ……寝ルナラ要塞ニ戻レバ良イシ、ソノ際ハ ベルフィアニ頼メバ大丈夫デショ。アレニ頼マネバ ナラナイノガ面倒ダケド……」
ジュリアは首に掛けた兄の形見のネックレスを弄りながら答えた。
「ふふ、ブレイドは畑も作って自分達の家も作ったのよね。偉いわ」
エレノアから誇らしげな賞賛を送られる。
「あ、えっと……親父やアスロンさんが残してくれた畑や小屋を改良したり、自分でそれを真似て作ってみただけで俺が凄いってわけじゃ……」
「もー、謙遜しない。ブレイドは私の為にも色々努力してくれたんですよ〜。お義母さんも今日の朝食をいただいたと思いますけど、あれはブレイドの作った物ですから。ブレイドは何でも出来るんです!」
アルルはいつも以上に誇らしげに胸を張る。何気に差し込んで行く「お義母さん」にブレイドは内心(いきなり馴れ馴れしいのでは?)とエレノアを気遣ったが、エレノアは慈愛の眼差しでアルルを見ていた。まるで娘でも出来た様に感じたのだろう。アルルの頭を撫でながら「まぁ、そうなの?」と微笑んでいた。エレノアに対する気遣いが杞憂だった事を知ると、ほっと胸をなでおろしながら更地に目をやった。
「ところでブレイドは何を作んの?私は植物とか育てた事ないから聞いても分かんないかもだけどさ」
九女シャークは土を弄りながら尋ねる。七女リーシャも一緒になって土を弄っていた。
「そうですね……とりあえずはこの土地で育てている野菜類の種を分けてもらってそれを育ててみましょうか。後は薬草ですね。香りの良い奴。発酵、乾燥させれば美味しいお茶が出来ますし、薬草効果で滋養強壮にも良い」
ブレイドをここに置いていけば、いつの間にか名産品を作り出してしまいそうな勢いだ。
「……でも残念な事にここはあくまでも拠点。一箇所に留まるわけではないので、植えて長らく放置していられる様な強い野菜を育てないといけないでしょうね。ここの人達の手を借りれたら良いんでしょうけど、そういうわけにも……」
「え〜?駄目なのかな〜。ちょっとくらい手伝ってもらうのは良い考えだと思うけどな〜」
三女シーヴァはのんびりと会話に入ってくる。近くの木の上で警戒しているエルフに目配せしながら呟いた。
「ま、ブレイドの言う通りだな」
その時、背後から声を掛けられた。振り向くとラルフが立っているのに気付いた。ミーシャもベルフィアも戻ってきているのを見ると森王との交渉は終わった様だ。
「あ、おかえり〜」
「おかえりラルフさん。で、その……俺の言う通りってのは?」
「ああ、一応この更地を使っても良い事になったんだが、国民とは関わらない事を条件に出されちまった。警戒しているから当然っちゃ当然だけど……だから現地民の手を借りるのはご法度な」
話を聞けば、ダークビーストが火葬されたこの場所にはエルフ達は近付きたがらないので、ラルフの説得と土壌回復の為に割と簡単に拠点の話は通った様だ。しかし、国民との接触は禁止という。これでは手伝ってもらうのはおろか、野菜の種すらもらえないのではないだろうか?
「もちろんずっとって訳じゃないぜ?警戒がほんの少しでも薄れれば、そん時に再交渉だ。使わせてもらう以上は擦り合わせが大事だからな。ま、ぼちぼち行こうや」
(これは長丁場になりそうだ)と肩を落とした時にミーシャが声を掛ける。
「それで、どう?私達があっちに行ってる間にどんな風にするか大体決めたんでしょ?」
「ええ、まぁ。ここに畑を作ってそっちに平家を建てようかと思ってます。土はフカフカで何でも元気よく育ちそうなので何作ろうか迷ってますよ」
ラルフが土弄りしているシャークとリーシャを見て頷いた。
「なるほど、ここが畑に適した柔らかい土で、あっちが建物を建てるのに適した固い土って事か。となればそれ以外に選択肢がないな」
「しかしじゃヨ?誰が建物を建てられヨうか。妾らノ中で言えばブレイドがそれに当てはまルであろうが、一人では何年掛かル事か……」
ベルフィアは腕を組みながら嘆く。ラルフは自分を指差しながら「俺も器用よ?一応」とアピールするも無視されてしまった。
「エルフの大工に作ってもらえないかな。もしくは別の土地からこの為に派遣させるとか……」
ミーシャも腕を組んで唸る。「俺も器用よ?一応」とアピールしたら「はいはい」と往なされた。
「後は畑に植えるものですね。ここにいつまでも滞在出来る訳もないので、出来るだけ放置しても勝手に実をつけるものがあれば良いんですけど……」
考える事は山積みだ。出来る事と出来ない事を取捨選択し、出来る陰り最適に近付ける。とにかく、ここで必要なのは建築スキル持ちと、この土地の管理人だ。エルフが使えないとなると他の国から派遣させるのが良い。
「うーん。仲間ならともかく、今知り合ったばかりとかのおっさんを連れてきたりしたら森王は信じられない程に怒るかもな。ここでの野菜の種を……と思ったけど、やっぱし非接触が与える影響は大きいな。負の意味で……」
ラルフは手詰まり状態に唸りながら腕を組み、しばらくジッと考えていた。特にこれといった事を思いつかなかったので森王に便宜を図ってもらう事にした。
「そうそう、第二拠点の方も確認しときたいからさ、森王と話がついたら次に行くぞ」
ラルフはそう言って踵を返した。
「何じゃ?また行くんかい?しょうがないノぅ」
「ラルフ待ってー」
ミーシャとベルフィアもラルフに着いて行く。エレノアはアルルの頭を撫でながら、その奇妙な雰囲気に当てられていた。
「”運命”……か」
エレノアのポツリと漏らした呟きは、空気に溶けていった。




