二十五話 交戦間近
森に入って少し進むとすぐ後ろから声をかけられた。
「大変そうじゃな、ラルフ。妾が手伝ってやろうか?」
その声は嘲笑が入った、馬鹿にしている感じだった。いやそんなまさかと思い振り向くと、腕を組んで仁王立ちしているベルフィアがいた。
「お前!?」
ビックリして大きな声を出してしまう。周囲を確認し変わりがない事を見ると小声でボソボソ語り掛ける。
「……付いてきたのか?」
「どうでもヨかろう?さぁ、妾ノ腕を返せ」
右手を差し出し、左手の返却を要請する。「今かよ」といった顔つきで荷を下ろし、ラルフは左手を取り出そうとカバンを探る。ふいに指の腹で左手の掌を撫でてしまう。
「……んぅ……」
ベルフィアの反応を見て「おっと」と思い、腕を掴みなおして取り出す。
「悪い悪い、感覚があったのか?気づかなかったぜ」
「そうじゃヨ?そちがわざと思いっきり突き刺しタノも感じ取っタんじゃからな。妾に何か言う事はあルかノ?」
ベルフィアが左手を傷口同士を合わせてグリグリしていると、どんどんくっついていく。切り離してからかなり経っているのにどうなっているのかまじまじと見てしまう。離れていても感覚が通じるなんてどうなっているのかそれも気になる所だが、
「言うことねぇ……何でここまで出て来てんの?それから、どうでもいい事ないからな。今現在アルパザは吸血鬼警戒中だぞ?もし見られたりしたら俺の頑張りがすべて無駄だからな」
ため息を吐きながら食料を担ぎなおす。
「なルほど、あれがそちノ交渉というなら随分と杜撰なもノだな」
ラルフは全身が停止するような感覚に襲われた。まるであの二人きりの空間にいたようなそんな言い分だ。
「なんでそんなこと言うんだ?お前にあの会話が聞けるはずないだろ……」
そこまで言ってベルフィアの左手に目が行く。
「……聞けるのか?」
「くく……どうじゃろな……」
そのセリフは完全に当たりだと言っているものだとラルフはベルフィアに陰湿さを感じる。盗み聞きをしたのもそうだが、この面倒な能力が存在すること事態に不安感を感じたせいだ。絶滅に追いやられた意味を別の形でも理解した。
「何を聞いたかは、あえて聞かないでおくが無事に戻ったし、余計な事は言ってない。こうして食料も確保したんだからな」
担ぎ直した荷物を視線で指し示す。それを確認したベルフィアは、余裕の態度を崩さずラルフを常に上からの目線で見下ろしている。
「何を焦っておル?妾に聞かれタノがそんなに嫌か?」
カラカラと笑って見せ、荷物を掴む。
「おい、何すんだ?」
バッと強引にラルフから奪い取ると、ベルフィアが荷物を担いで見せた。女の細腕とは思えないほど力強い様子に一瞬怯むが、荷物持ちを買って出たので文句は言わない。
「いつまでも時間をかけては魔王様に叱責をされル。はヨうゆくぞ」
肩が軽くなったラルフは左肩を回し、ベルフィアの後に続く。
「ミーシャは今何してる?」
ラルフはベルフィアの後ろから話しかける。ベルフィアは肩越しにラルフを見て口を開く。
「そちはあノ方に馴れ馴れしすぎル。許されていルとはいえ妾は不快じゃ」
さっきまでニヤニヤしていたのに、ブスッとした顔に早変わりしている。恐怖により縛られていたはずだがいつの間にか諦めにも似た忠誠になっている。魔族は力こそ全てと思う所がある事を聞いていたが本当らしい。戦争になった理由もここにあるかもなと、ふと感じた。
「無駄な体力を使われぬヨうベッドに横になっておル。これ以上待タさぬヨう急ぐぞ」
キビキビ歩くベルフィアはどこか逞しい。
その時、不意に視線を感じた。ラルフとベルフィアはほぼ同時に後ろを振り替える。
「……なんだ?」
「これは人ノ気配じゃな。もしやつけられタノか?」
荷を下ろし最後の”吸血身体強化”を発動させる。コスト1を使用し、索敵を引き出す。
「これはこれは……随分と大人数で……既に囲まれとルな」
「バカな、追跡されないように確認したのに……」
だが現に取り囲まれているようだ。この町に追跡に特化した職を持った奴はいない。騎士の誰かが技能を持っていたのかと思うが野営地を荒らし回っていた様子を考えればそれはないとも思える。
「考えても埒が明かねぇな。すぐそこにいるのか?」
ベルフィアはラルフの言葉に頷きで答える。視線を感じるほど接近を許している時点で分かる事だが、的中すると嫌になる。何故なら吸血鬼との会合を晒してしまっている。人間の敵である事が決定した瞬間だ。
「付いてきタ感じじゃないノぅ、予めこノ場所を目指してきタヨうな奇妙な動きじゃ」
この感じは覚えがある。というより今さっきラルフの背後を取った時の自分と重なった。
「ラルフ ヨ……そちは何かしらノ追跡装置を着けられとらんか?」
黒曜騎士団の連中とは相対したが触れてはいない。団長とは触れられる距離まで迫ったが、これも触れていない。
「いや、そんな事は……」
その時、電撃のように背中を叩かれた感触が蘇る。アルパザの底の店主に背中を叩かれている。急いでジャケットを脱ぐと、小型の魔道具、いわゆる追跡装置が着いていた。
「腕を治したのはこの為か……」
店主はラルフを全く信用していなかった。もしかしたらという気持ちが押さえきれなくなり、これを付けたのだろう。分からなくはないが、大変迷惑だ。
ベルフィアはラルフの指に摘ままれた小型追跡装置を取り上げ、そのまま握りつぶす。役目を終えた追跡装置は悲鳴をあげてなす術なくつぶれる。
「結局無駄だっタな。そちノ策略は……」
握り締めたゴミクズを粉を払う様に両手で叩いて落とす。ラルフと吸血鬼が普通に接していて、敵を前に背中合わせになっている様子を見てアルパザの守衛たちは、ビビって肩を強張らせていた。騎士団は最初から怪しかったラルフの言動を思い出し、眉を吊り上げてこれでもかという怒りをフルフェイスの下に隠す。しかし剣を握る手はギリギリと音を立て、感情を押し殺せない。
そんな中で落ち着いている人物が二人。黒曜騎士団団長ゼアルと守衛のリーダーだ。団長はラルフとの交渉の後にすぐさまリーダーを呼びつけてラルフの情報を聞き出した。リーダーは最初、情報提供に渋ったもののラルフが吸血鬼に関与している可能性を提示された時に情報提供を決めた。
ラルフがハイネスでない事から仕事の邪魔に至る全ての事をゲロった丁度その時、アルパザの底の店主がやってきて今に至るというわけだ。
「おいおい……ラルフの奴……ヤバい奴だとは思ったがまさかここまでとはなぁ……」
団長は追跡装置の付属品である水晶を近くの部下に渡して、剣の柄に手を置く。
「店主から提供された装置が破壊されたようだな。だがすでに位置についているな?」
「はい、抜かりなく」
騎士団の部下は団長の言に即座に返答する。リーダーはここまでの統率と忠誠に感心し、逆に怖くもなる。アルパザに到着した時から食事をするまで兜を取らず、まるで機械のようにキビキビ間違いもなく行動するのは、感情が抜け落ちたようなゴーレムを相手にしている気になる。
もちろん彼らも人の子だと分かる行動はあったが、極稀なので見つけるのにも苦労する。流石は人類最強国家イルレアンが所有する部隊。
「大丈夫かよ……相手は吸血鬼だぜ?俺たちじゃ手も足も出ねぇよ……」
だがアルパザの守衛はここまで完璧な統率を持ち合わせておらず、騎士団の埋められない穴を埋めるためのデコイとしてこの陣形が成っている。
「最初からそんな弱気でどうする?貴様らの領土であろうが。守り切らねば待っているのは破滅だぞ」
この言い分は正しい。確かに野放しにするにはあまりに危険だ。だが守衛は所詮デコイでしかない。騎士団と比べて単純に弱すぎるのだ。
「俺たちは数だけだ。あんたらのような力も統率もない。威嚇行動しかできないことはさっきも言ったぞ。作戦参加においての約束事は守れよ」
リーダーは守衛の連中が戦力にならないことはすでに団長に知らせていた。それを踏まえて団長に作戦を立てることを約束させたのだ。もし弱者だからと守衛を盾にしたり、見捨てられるような事があってはいけないのでここで団長を見張っていた。目的の為に手段を択ばない類の人間である事が、ラルフの情報提供の際に見え隠れしていたからだ。
万が一の際はリーダーの合図一つで撤退する事も守衛の皆に知らせてある。これは団長には秘密だ。団長が撤退を渋って生き残る可能性を潰すかもしれない事を考慮してのことだ。
「案ずるな。あれらは我らの獲物だ。貴様らは壁役に徹していてくれればいい」
団長は騎士団の面々に配っている魔道具”通話装置”いわば無線機のようなものを口に当て一言発する。
「第一陣、進撃せよ!」




