第二十六話 ゴブリンダガー
『ゴブリンの丘襲撃が誤解じゃと?ならばゴブリンキングが嘘を吐いとるとでも言うつもりか?』
鋼王は威嚇するような低い声でラルフに質問する。
『そう言う事だ。というかそこから既に勘違いが起こっていると言うか……』
ラルフは一拍置いて話し始めた。
『俺達は安全地帯を求めて一先ずゴブリンの丘に寄る事にしたんだが、そこには瓦礫と焼け焦げた跡、そして死体があった。かろうじて生きているゴブリン達を連れて……確か八人だったかな?ゴブリンの城まで護衛したんだ』
それを聞いた王達はざわつく。口々に『話が違う』『どちらが嘘を?』など混乱が会場に蔓延する。
「馬鹿め、今回の事に関しては我が直属の黒曜騎士団から情報を得ている。凄惨な現場の事細かな資料をこちらは持っているんだ。ゴブリンの丘の襲撃と山小屋前の惨劇は言葉に言い表せない程だ。これでも白を切るつもりか?」
公爵は頭っからラルフ達を疑って掛かる。
『山小屋前のはゴブリンキングの逆恨みで起こった悲劇だ。俺達の善意を踏みにじり、あまつさえザガリガまで……思い出しただけでも吐き気がするぜ』
ラルフはイライラした気持ちを表に出す。
『ふむ、どうやらこの件は双方の勘違いから来た悲劇と見るのが妥当ではないかな?』
国王はチラリと鋼王を見ながらどっちもどっち論を展開する。
『おい、ふざけんな!あっちが俺達に濡れ衣を着せて叩こうとしやがったんだぞ!?犯人を決めて吊るし上げたら、この件は勝手に納得して終わらす魂胆だったろうよ。ま、俺以外が強過ぎて当てが外れたようだが?』
ラルフは側に控えているであろう仲間に目配せしている。
『ふんっ!この際誰が襲おうとも、どうでも良いわ……』
それはこの話をするに至った張本人、鋼王の口から出た言葉だった。
『どうでも良いって……』
『儂が貴様に懸賞金を掛けたのは他でもない……ゴブリンソードの生成方法を失った事にある。貴様がそれに爪の先程でも関わっている可能性があるのなら、人類最高峰の懸賞金を懸ける価値はあると判断した。襲ったのが事実であるならばもちろん極刑に値する。しかし、襲っていないと豪語するならば、真犯人の情報、あるいは生成法に関する事柄を提供せよ。どちらもハッキリせんならこのまま賞金稼ぎ共の餌となってもらおう』
何とも薄情極まりない。元よりゴブリンなど眼中に無く、その技術だけを欲しているようだ。とは言えラルフがそれに憤慨し、悪と断ぜるほど幼くはない。ゴブリンソードは高級品。生涯物作りに生きるドワーフがその技術を欲しないわけがない。鋼王の考えは理屈の上では理解出来る。
『ゴブリンソードの生成方法ねぇ……』
ラルフは腰からダガーナイフを引き抜き、映像越しに掲げた。
『こいつはつい最近打ってもらった特注品だ。命名するならゴブリンダガーって所か?』
ガタンッ
椅子を倒す様な音が鳴る。鋼王はそのナイフを遠い映像越しに食い入る様に見ていた。
『ひ、光に当てろラルフ!それが本物なら……!!』
『お?流石に見分け方を知ってるか。なぁ誰か光を……』
『ん。これで良い?』
ミーシャが魔力で光の玉を作り出す。『お、サンキュー』と言いながらダガーの切っ先に光を反射させた。それはまるで翡翠の様に綺麗な緑色に光輝いていた。
『ほ、本物……!』
鋼王は目を輝かせてこの世にたった一つしか無いダガーナイフを見つめた。市場に出回っているのは全てゴブリンソードである。ここにあり得ない長さの武器が存在するとしたら、それはまさしく未だこの技術の持ち主は生きているという事。公爵の目にギラリと光が灯る。
「ゴブリンの丘を襲撃したのは技術者の拉致の為か。ゴブリンキングがあれだけの兵力で向かわせたのも納得が出来ようと言うもの……」
『うん、確かに公爵の言う通りだ。ここまで状況証拠が揃っていて、まだ言い訳するかい?』
公爵と国王はラルフ主犯の可能性を捨て切っていない。
『……たく、想像の飛躍だな……第一、ゴブリンソードの技術者は完全に秘匿されていた筈だ。俺が初めて訪ねた時にもはぐらかされたし、拉致しようにも相手が分からないんじゃ如何しようも無い。言葉を喋れるのはホブゴブリン以上の上位ゴブリン。あの丘にいたホブゴブリンは難を逃れて城まで着いてる。まぁ、その後は酷いもんだが……』
ラルフは俯き加減で答える。その返答に公爵が肩を震わせながら笑う。
「くくく……聞いているとも。貴様がさっき口に出したザガリガ、このホブゴブリンと組んで悪さを働いていたとなぁ……」
ゴブリンキングの情報提供により浮上したラルフとザガリガ。この二人が結託して、丘を魔族に襲わせたと報告にあるのだ。公爵に届いた情報を鵜呑みにするなら、ラルフは今まさに墓穴を掘ったと言える。
『いや、ゴブリンキングがザガリガの報告を曲解して貶めたんだ。結果は知っての通り山小屋での正当防衛だよ』
「うるさい黙れ!何が正当防衛だ!ゴブリン軍を壊滅し、全て土に還したでは無いか!!何が正当防衛だ!過剰に殺しておいて……!!」
公爵は声を荒げてラルフに突っかかる。
『貴公が黙れぃマクマイン!!』
映像から飛び出して来そうな程に怖い目で睨み付ける。気迫に押された公爵は押し黙った。
『……ラルフよ、その技術者を引き渡して貰おう。さすれば懸賞金を取り下げ、晴れて自由の身に……』
『嫌だね』
その言葉にはキッパリと断りを入れた。
『あいつは俺達の仲間だ。保身の為に仲間を売ると思うか?見くびられたもんだぜ』
ラルフはふんっと鼻を鳴らす。
『あいつは好きな時に好きなだけ武器を生成する。よく食べよく寝て成長するんだ。あんたみたいに技術だけに囚われた怪物には絶対渡さない。ま、武器を買いたいって言うなら話は別だ。好きな時に好きな様に打った一番最低の粗悪品を流してやるよ』
相当強気で見下し気味に言い放つ。鋼王は血管を浮かせながらプルプル震える程に怒っている。それもそうだろう。ただでさえ国王がゴブリンと専属契約を結び、希少品として値を付けた為に値段が跳ね上がり、さらに売られている場所が限られ、不定期で入る剣を手に入れるのは不可能に近い。そんな武器を易々と手に入れる男がここに……。国王に邪魔されていた時から血管が切れそうな程に内心憤慨していたが、現在はそんな比では無い。ナマ言ったラルフに殺意が飛ぶ。だが、そんな殺意を無視して頭を振った。
『おっと、馬鹿やっている場合じゃねぇな。んじゃ勝手に纏めるが、俺達は襲撃をやってないってのと、その状況に居合わせたのも偶然だった。さらに偶然にも仲間にしたのは鍛治スキルを身につけた驚きのゴブリンだった……ここまでは付いて来てるか?』
『……ある程度はね……』
国王は皆を代表して返答する。
『しかし、その口ぶりだとまだ何か温めてそうだねぇ……ラルフ君』
『ああ、その通りよ。次の話はちょっと衝撃が走るかもな』




