第二十四話 帰還
ヲルト大陸という魔族の拠点に行きながらも、スカイ・ウォーカーに無事帰還出来たラルフ達。待ちわびていた仲間達は温かく迎え入れた。
「おかえり!」
「おかえりなさい!」
「よくぞご無事で!」
「ウィー!!」
各々が歓迎する中にあってブレイドだけはどうしたら良いのか分からず、エレノアの前で立ち尽くしていた。エレノアもまじまじとブレイドを見ている。先に口を開いたのはエレノアだった。
「もぅ……すっかり大きくなって、私が見たあなたはまだ腕の中に収まるくらい小さかったのよ?……ブレイド……ふふ、お父さんに良く似てるわぁ……」
その目は慈愛に満ちていた。まだ物心つく前に離れてしまった母。爪の先程も覚えていないが声に懐かしさを覚える。アルル以外の女性に出会ったのはつい最近の事で、本来ありえない事なのにも関わらずだ。しかし、これが母なのだと考えれば大いに納得出来た。
「アスロンさんから話は聞きました。エレノアさんが俺の母であると……こうして目の前にしてみれば、そうなんじゃ無いかと実感します……」
「ブレイド、敬語なんて止めて。私をお母さんと呼んで欲しい」
「……」
凄まじく恥ずかしい。さっきは映像越しという事と、ラルフの策略から割と簡単に「お母さん」と呼べたが、いざ目の前でとなると恥ずかし過ぎて顔から火が出そうだ。
「初々しいノぅ。側で見とル妾達ノ事も考えて欲しい程ムズ痒い……」
「しーっ……茶化すな茶化すな。ほら、お前らも見るなって……!」
ラルフはベルフィアを注意した後、周りの野次馬に身振り手振りで知らん顔するように指示する。さっき以上に場が静まり返った。もっと恥ずかしい状況にしてしまった事に若干後悔したが、これ以上悪化させない為にラルフも黙った。ブレイドもようやく意を決して息を吸った。
「……お……お母……お母、さん……?」
「ふふ、もっと練習が必要だねぇ」
ブレイドは顔を真っ赤にしながらそっぽを向いた。そんなブレイドの背後からヒョコッとアルルが顔を覗かせた。
「初めましてブレイドのお母さん。私はアルル。アスロンおじいちゃんの孫です」
「あらぁ?可愛いお孫さんだこと」
「えへへ。そういうお母さんもビックリする程お綺麗ですね」
「あらあら。ありがとぉ」
二人してきゃっきゃしている。ブレイドの雰囲気とはえらい違いだ。
「ところで……あなたのおじいちゃんはどこに?」
「ちょっと待ってください。おじいちゃん」
アルルは口に手を添えて声を上げる。出入り口に向かってというわけでなく、心なしか天井に向かって声を上げた。エレノアが不思議に思っていると、すぐ隣に魔力が寄り集まっていくのが見えた。驚いて見ていると、形作られた人型の魔力はエレノアも良く知る老人の姿に変身した。
「これは……さっき見た魔力の……」
「久しぶりじゃのうエレノア。息災で何より……」
「……あなた、何で隠れているの?ここまで来てまだ私が危険だと思うの?」
エレノアは多少不快感を顕にする。
「はっは、そうじゃ無い、儂にはもう肉体が無いのじゃ。信じられんかも知れんが、儂は少し前に死んで記憶だけがこの要塞の魔鉱石に複製されておるのじゃ」
目を見開く。
「死んだ?記憶を複製?……それじゃブレイブは……?」
「残念じゃが、この技術を開発したのは儂の死ぬ直前でな。悲しい事じゃがブレイブは……」
「そう……」
二度と会えない事実を噛み締め、ブレイドを見る。
「……あなたの話を聞かせて、ブレイド」
「えっと……ちょっといいかな?」
ラルフは横から話し掛ける。
「ここで話すのも何だし、親子水入らずで話したらどうだ?」
「良い提案ね。部屋に案内したげなよブレイド」
ミーシャはブレイドにニコッと笑って促した。
「分かりました。あの……お、お母、さん……こっち」
ブレイドは言い辛そうに誘う。二人で踵を返して部屋に向かった。二人が居なくなったのを確認して白絶が声を上げた。
「……それでは僕達もお暇しよう……カリブティスまで送ってくれないか……ベルフィア」
その言葉を受けてベルフィアはミーシャを見た。ミーシャは一つ頷いて許しを出すと、ベルフィアは返礼した。
「ふふふ、中々良きもノヨ。魔王にお願いをされルというノも……すぐ戻ります」
「うん」
ベルフィアは白絶とテテュースの元に行くと、杖を振るって転移を発動させた。残ったラルフ達は食卓に移動し、各々好きな席に座ってまったりしている。ここにブレイドが作ったお茶があれば良かったのだが、新しく栽培する必要があるだろう。
「そうなんだよなぁ……嗜好品が無いんだよなぁ……」
最近めっきり酒も口にしていない。必要最低限の食事と飲み水で過ごしていた。せっかく拠点を持ったのだから、他の物でも充実したいと思うのはある意味当然というもの。
「私、砂糖菓子を食べて見たいです。ブレイドが果物で甘いおやつを作ってくれてたけど、風の噂で聞いた”ふわふわ生クリームのケーキ”っていうのが人里では食べられるって聞きました」
「え?何ですのそれは……美味しそうですわね」
デュラハンの姉妹は興味津々に耳を傾ける。何百年という長い期間、まともな食べ物を食べて来なかったからこそ気になって仕方がないと見える。
「あ〜ケーキなぁ……パティシエにでも出張しに来てもらうか。でも最近、取り返しがつかないレベルで喧嘩売っちゃったし、ちょっと難しいかもなぁ……」
ポツリと呟く。隣で聞いていたミーシャも苦々しい顔をラルフに向けた。
「え?最近は魔族側にのみ損害を与えているではございませんか。人族にならバレないように近付いてちょちょっと騙くらかして連れ去れるとか、出来ない事では無いのでは?」
「カイラ、お前怖い事言うね……まぁ確かに、最近では主にミーシャが魔王を倒しちゃってるし、カサブリア崩壊の件に関しても結果的に白の騎士団の連中を手伝った様になるしな。人族に大きく貢献しているのは間違いないよ」
「なら……」と言うカイラの言葉を右手で制す。
「つい先日の事だ。俺達はマーマンのとこに食料調達の為にあの戦艦にお邪魔してたんだが、そこで興味深い部屋を見つけちゃってさぁ……」
その瞬間にミーシャが「はぁ……」とため息を吐いた。ラルフがそれに対してバツの悪い顔をした瞬間、ウィーを除く全員が察した。
「タだいま戻りましタ」
その時丁度ベルフィアが帰ってきた。部屋の異質な空気を感じ取り、キョロキョロと周りを見る。そこで見たラルフの表情からある程度察した。
「まタそちか……今度は何をしタんじゃ?」
アルルは身を乗り出してラルフに詰め寄る。
「聞かせてもらいますよ、ラルフさん」
その目は真剣そのもの。人生初のケーキがおじゃんになるのはどうしても回避したい一心だ。
「いや、その……ちょっとマクマイン公爵と話そうと思ってさ、マーマンのとこにあった通信機を借りたんだよ。その時に……ちょっと……」
ラルフはブレイドの「お母さん」より言い辛そうにポツリポツリと話し始めた。




