第二十話 乗り込め
「いやぁ……この景色は心が沈むなぁ……」
ラルフは要塞の上からヲルト大陸を見ていた。真っ暗闇なのに木々が生い茂り、森の中にある、暗くぽっかりと空いた場所は湖となっている。山が変に尖っていたり、丸みを帯びていたり様々。ラルフにはボヤァ……と黒ずんでいるばかりでよく見えない。城から漏れ出る明かりだけが、城のシルエットを怪しく浮かび上がらせる。
「やっぱ思うよね。魔族の安全地帯とか言われているけど、陽の光が届かない場所で住んでて体壊さないのかな……?」
ミーシャはこの大陸に呼ばれた当初から、今に至るまで思っていた事を呟く。「そういうの気にしてないんじゃないか?」と言うラルフの返答に「かもねー」と気の抜けた返事をする。
「……ココハ全魔族ノ故郷ト呼バレル場所。シカモ円卓ノ招集デ魔王ガ集マッテイル。本当ニ乗リ込ムツモリ?」
ジュリアはラルフに向けて質問する。ヒューマンがここに乗り込むのは自殺行為。ましてラルフは戦士でなければ能力も常人レベル。盗賊紛いの遺跡荒らし。
「行かないで良いならそうしたい所だけどな、行かないと後悔しそうなんでな……」
ラルフが思うのは前回の白絶戦だ。ミーシャやベルフィア達と別れて行動した際、自分の知らない所で何やら怖い事が起こっていたのは容認しがたい事だった。単なる我儘であるのは理解しているが、譲れないものがある。
「ま、俺には頼れる仲間が大勢いるしな!」
ジュリアを含めた仲間達を見渡す。返答を受けたジュリアや、話を聞いていたミーシャは満更でも無い反応だが、他は聞いてなかったのか「ん?」という反応だった。
「良いよ、忘れてくれ……」
「それにしても、いかにもって感じの場所だね。ゲームでいうとラストステージみたいな雰囲気があるよ」
アンノウンはワクワクしている感じだ。
「遊びでは無いぞ?そこな人狼ノ言う通り、行けば死ぬやもしれん。相応ノ覚悟が必要じゃ」
壮絶な戦いが予想される。ベルフィアはアンノウンの言葉に半端な気持ちを感じ、注意した。
「もちろん覚悟の上さ、魔王城に乗り込むんだからね。戦いたくてウズウズしてるよ」
「ほう。中々気骨ノあル言葉じゃノぅ。威勢だけでなければ良いが……」
二人の間にピリッとした空気が流れる。
「おいおい、ここでおっ始めんなよ?戦いたいってんなら、その気持ちは敵にぶつけろ」
「あの、ラルフさん。ちょっと良いですか?」
ブレイドは神妙な顔で語りかける。
「やっぱり一緒に行った方が良いんじゃないでしょうか?この方法は回りくどいって言うか……直接行った方が黒雲をおびき出すのにも一役買えると思うんですが……」
「ちょっとブレイド……何言い出すの?」
アルルはブレイドの隣で叱責する。もう決まった事にケチつけて、同行の許可を求めているのには流石のアルルも呆れが出た。ラルフはそんなアルルに手をかざして言葉を制止する。
「言ったろ?この作戦の要はお前だ。万が一にもお前が致命傷を受ける事態になったら、収集がつかなくなる可能性がある。手放しに信じられない気持ちも分かるけど、今は我慢してくれ」
ラルフはブレイドの肩に手を置く。ブレイドは何か言いたい気持ちを、下唇を噛む事で抑える。一拍置いて頷いた。
「……分かりました。すいません何度も……」
「俺に任せろ。必ず母親に合わせてやる」
*
「群青様。白絶様がご到着されました」
群青の秘書、アーパは会議場の入り口付近で立っていた群青に耳打ちする。群青は驚いて彼女を見た。
「ほう!あ奴も来たか!」
正直白絶は来ないのでは無いかと予想していた。それと言うのも、最近の会議で灰燼が顔を出したのは耳にしていて、白絶は相変わらず海底に引きこもっていると聞いていた。伝令も届く事はなかったので諦めていた所、白絶から円卓会議の情報を受け取ったと返信があった。
(期待はしていなかったが、あ奴もこの会議の異様さに気付いておるのか?はたまた黒雲に対する単なる復讐か……)
群青は顎髭を触りながら少し考えたが、ニヤリと笑った。
「どの道来たのは事実、か……はよ連れて来い。待ちくたびれておる」
アーパは軽く礼をすると踵を返した。
「そうじゃ、灰燼の奴はどうした?」
足を止め、困った顔で振り向く。
「それが……あの要塞から一向に降りて来ず……」
「ちょっと。そこでゴチャゴチャやってないで、こっちにも共有しなさいよ」
撫子は机に頬杖を突きながら怠そうに声を上げた。
「こっちはこの件で痞えてんだから、あいつらが来たんならさっさと呼んで連れて来てよね」
「黒の円卓を揺るがす一大事。撫子の言う通りだ。出来るだけ早くしてくれ」
橙将もせっつく。この場の魔王達の大半の意見だ。アーパは魔王達に頭を下げて移動する。群青は魔王達に向かって手を広げた。
「皆、聞いてくれ。察しの通り灰燼と白絶が到着した。主の追放も残りわずかと言った所だの」
エレノアを睨みつけながら自分の席に戻っていった。
「まだ決まった訳では無いでしょうに。これだから老人は……」
イミーナはため息を吐きながら呆れ顔を見せた。しかしその表情は長くは続かない。群青が怒った訳でも、誰かに諭されたり、叱責された訳でも無い。ただ呆然と開け放たれた扉の外を眺めていた。そして狼狽しながら立ち上がった。
「そんなまさか……」
あり得ない。あり得るはずもない。彼女は追われる身であり、今まで攻撃を仕掛けた結果、反撃してくるという受け身型だった。今では大義も何もなく、背負う国もない。その為、自ら危険を冒す様な真似は無いものと予想していた。さらに、今日この日は円卓会議で魔王が集まっている。襲撃を考えるなら魔王不在の土地に行くべきだ。
「何だ朱槍。何を見ている?」
その視線に気が付いた魔王達は扉の方を見る。小さくゆっくりとこちらに向かって何か来る。迷う事なくまっすぐ向かってくる様は、この会議場を知る者であると想像が付く。今この場に来ていない魔王を思えば灰燼か白絶だが、彼岸花の要塞から来ていると思われるので十中八九、灰燼であると思われる。
「……ん?」
それにしては異様な数だ。秘書やボディガードを引き連れているのだろうが、見ただけで五、六体影が見える。灰燼は単独で来る事が多い。たまに連れて来ても一体か二体。それと大概転移でやって来る。飛んでくると言うだけでも異様な光景だ。こうして見ている状況以上に異常なのはイミーナの怯えっぷり。誰に対してもヘラヘラしている女が、ビビって後ずさりまでしている。
そして、もう一柱の魔王も気付いた。目を大きく開いて口もポカンと開いた。そんな間抜け顔から一転、すごく険しい表情に変わる。ガタッと勢いよく立ち上がると、大声で叫んだ。
「……鏖!!」
竜胆は鋭い爪を持つ手を開いて、臨戦態勢に入る。その声で他の魔王達も「まさか」といった顔で確認する。長い金髪が城の明かりに照らされた時、驚愕が場内を包む。数人で静かに降り立ったミーシャは冷淡な目で魔王を見渡した。
「な、何で……」
イミーナは笑顔を忘れた様に硬直してミーシャに釘付けになる。ミーシャはそんなイミーナを見て目を細め、不快感を出したが、すぐに目を切って魔王を一瞥し、エレノアとティアマトを見る。
「懐かしい顔ぶれと新顔がいるな……」
「……鏖……」
群青が呟くと、ドンッという音と共に、群青の側の床に小さな穴が空いた。
「その名前で呼ぶな群青。私はその名前でも第二魔王でも無い。今は唯一王ミーシャと名乗っている」
「ゆ、唯一王?」
場内にさらなる混乱が起こった頃、ミーシャの横に草臥れたハットの男が立つ。
「これが彼の円卓会場か。スッゲェな、そこに座ってるの全部魔王かよ」
ミーシャと共にやって来たヒューマン。その存在に見覚えのあった魔王達は口々に呟いた。
「ありゃぁ確か……」
「あの資料にあったヒューマンよね?」
「まさか……ここはヲルトだぞ?」
困惑の最中、イミーナが動いた。
「ラルフ!!」
ボッ
いつの間に魔力を込めていたのかイミーナの特異魔法、その名の由来にもなった”赤い槍”がラルフに向かって飛んでくる。この槍は速すぎる。小銃から飛び出した弾と変わらない速度の投擲。それもイミーナの身長と同じくらい長く、魔障壁を貫通する術式を組まれたこの槍は、当たればラルフなど手足の先だけ残して消滅してしまう。ラルフに届く瞬間バキャァンッというガラスと金属が混じって来だけた様な音が鳴り響き、イミーナの放つ最強の槍はミーシャの拳の前に砕け散った。
「……っぶね〜……ありがとうミーシャ。お陰でまだ生きてる」
ラルフは諸手を挙げて魔王を見渡す。
「俺たちは戦う気無いぜ。少し話がしたくて寄っただけだ」
「何言っとる?正気かお主……」
群青も目をパチクリさせてラルフを見ている。ラルフは巨人を見上げて苦笑した後、表情を締める。
「ああ、大真面目だぜ」