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第十八話 追求

 黒の円卓。十二の魔王が集まって出来た頂点の集会。本日、第一魔王”黒雲”が統治するヲルト大陸に三柱を抜いた九柱全員が集っていた。しかし、今回の召集はいつもの会議では無い。というのも突然やって来たのだ。約束も取り付けず、抜き打ちの様にやって来た魔王達の為に、急遽円卓場を用意したのだ。


「……壮観だな……通常の円卓会議では考えられぬ程に集まりが良い」


 黒雲は篭った様な聞き取り辛い声で呟く。魔法で弄った声は、どれだけ小さくてもこの部屋に入れば聞き取る事が出来る。黒雲はここヲルトに引き篭もってからと言うもの姿を現さなくなった。相当用心深く、仲間であるはずの魔王に対しても隠れる様になった。黒影はそんな黒雲に代わって外で活動していた。この円卓でも主人に代わって敏腕執事が司会に立つ。


「さて群青様。本日はどの様なご用件で皆様をお集めになられたのでしょうか?」


「ふんっ……聞くまでも無く、既に主は集まった理由を知っておるのでは無いか?」


 黒雲を抜いた魔王達をその目で一瞥する。一部を除き、その表情は険しかった。


「……なるほど、どうにも皆様の怒りを買っている様子。何に怒りを感じていらっしゃるかは置いておいても、かなりの覚悟で集まっておられますなぁ。しかし、やはり用件は分かり兼ねます。どうぞ貴方様の口からおっしゃっていただければと思いますが……」


 第八魔王”群青”は自慢の棍棒を一振りした後、床に叩きつけるように突いた。ゴォンッと城全体に響く音が全ての音をかき消す。城の外で狩りをしていた魔獣さえも、その足を止めて城の様子を窺う。静まり返った空間で群青が口を開いた。


「黒雲よ。最近のお主の行動は目に余る。古代種(エンシェンツ)への介入、(みなごろし)の損失、裏切り者への有り得ない厚遇。紫炎、並びに銀爪とカサブリアの喪失……」


「お待ちを。紫炎様と銀爪様は黒雲様とは関係有りません。訂正をお願いします」


「抜けた事をぬかすな。第一魔王として、円卓のまとめ役としての責務を全うするのが黒雲の役目。今までならこうなる前に対処していたでは無いか?紫炎と銀爪は若さ故に危険を顧みず、無策に突っ込んでいくのは目に見えていた。これを放置した黒雲に何の責任も無いと言うつもりか?」


 黒雲は肩を揺らしながら静かに笑った。


「ククク……耳が痛いな……」


「笑い事かな?惨状を考えれば決して笑えぬと思うが?」


 第十一魔王”橙将(とうしょう)”。赤い肌と角が目立つ魔族”オーガ”。群青の後押しをする様に黒雲を非難する。


「ふっ、下らないな……それで結局どうしたい?」


「主の数々の失態、失策。以上を以って第一魔王の席を降りてもらう。同時に”黒雲”の名を返上し、ヲルトから身を引いてもらおう」


 千年以上という長い期間魔王をまとめ上げてきた者に対してあまりに辛辣。


「な、何を馬鹿な事を……!群青様、それはあまりにも……!!」


 黒影が声を荒げて突っかかる。会議などの場では滅多に見られぬ取り乱し方だ。冷静でない黒影を黒雲が左手で制する。


「……群青。君が何を考えているのか私には今一つ分からないのだが……何故私がその程度の失態でヲルトを去らなければならないのか聞かせてくれるか?」


「それは主自身にこそある。何故儂らはこの程度の事を思い付きもしなかったのか不思議でしょうがない……」


 群青は目を瞑って一拍置くと、ギラリと目を開けた。棍棒をかざして黒雲に突きつけた。


「黒雲。この場に姿を現せい!」


 その言葉に黒影が反応する。


「出来ません。群青様ならその理由はお分かりのはず」


「いいや!分からん!!友が死んだからといって儂ら魔王を蔑ろにし、恐怖故隠れ潜む臆病者のチンケな理由なんぞ分かってたまるか!!」


 ゴガンッ


 勢いのまま振り下ろした棍棒は円卓の為に用意された机を叩き壊した。


「ヒィ……!!」


 一部の魔王の側近が怖がって小さな悲鳴をあげた。それとは別に机の破片が飛んで迷惑している者もいる。


「ケホッ……ちょっと何すんのよ!おじいさんさぁ、興奮するのは分かるけど、もう少し周り見てくんないかなぁ?」


 第九魔王”撫子(なでしこ)”。彼女は植物の魔族”アルラウネ”と呼ばれる種族で、植物系魔族の頂点に立つ魔王。体内で作り出されるあらゆる毒素で、幻覚、幻惑、魅了、死を与える。調合の仕方によっては薬も作れる万能な魔王である。


「これをする必要があったのかどうかに関しては疑問を呈さざるを得ん」


 第十二魔王”(くろがね)”。全身鎧に覆われた魔族。右目の金色の瞳だけが光って、目の位置を教えている。黒影の信頼する部下に”血の騎士(ブラッドレイ)”と呼ばれる全身鎧がいるが、全身錆びだらけの鎧と違って、こちらは新品そのものと言って間違いない。彼もまた特異能力を所持する最強の一角だが、その力は秘匿されている。


「必要も必要じゃ。この澄ました男にはこんなものでは全く足りんがの……」


 非難の目を向けられつつも悪びれる様子もなく群青は不遜に笑う。


「それに儂がしたかったのは、そこな執事が申した「姿を晒せぬ理由」。儂の言った理由は黒雲本人から聞いた事ではあるが、果たして今の黒雲は本当に同じ黒雲なのか?という事」


「集めておいて何を言い出すかと思えば……妄想をひけらかすのが目的かい?群青の旦那」


 第三魔王”黄泉(よみ)”。黒影と同じ種族”シャドーアイ”という影を具現化した不定形生物。全ての能力が黒影の上位互換であり、群青の次に息の長い魔王である。


「確かに最近の黒雲の行動は目に余る。でも中身入れ替わり説はぶっ飛んでるって自分でも分かってんだろ?俺の同胞である黒影が常に見張ってんだ。違和感なく変わろうってのは無理があるんじゃねぇのかい?」


「ならば出てこられるはずだ。証明しろ。儂を納得させるならばそれしか無い」


「くすっ……」その小さな微笑みは黒雲の隣の席から聞こえてきた。第二魔王”朱槍”本名、イミーナは群青のある種必死な姿に笑いを堪えられなかった。


「何がおかしい」


「いや、失礼いたしました。あまりに耄碌されているものですから、思わず笑いが込み上げまして……」


 ヌゥッと3mの巨人が立ち上がる。


「儂ら魔王の会議に口出しするな……裏切り者め、儂は主を認めてはいない」


「おやおや。ふふふ……これは私の敬愛する方の受け売りですが「古きは淘汰されるべき」とはこの事だったのですねぇ。黒雲様を退陣させようと画策されているようですが、群青様もご一緒に退陣されてはいかがでしょうか?」


 ミキィ……その音は奥歯を噛みしめる音。群青はこの場で戦いを仕掛けようとしている。


「止めてください。わたくしにあなた達の無様を見せないで頂きたい。余興にもなりません」


 新しく第四魔王に就いた竜魔人の女王、ティアマト改め”竜胆(りんどう)”は不快な顔つきで吐き捨てる。


「就任早々の会議で張り切って来たは良いものの、(みなごろし)以外の事に興味はありません。この茶番に付き合わせるつもりなら帰らせていただきます」


 竜胆は椅子を引いて立ち上がる。しかし、その行動を隣に座っていた第五魔王”蒼玉”が右手をかざして制した。


「……お二方、お座り下さい」


 群青と竜胆を見据える目は凍る程冷たく、鈍い光を放っていた。その目に何をするのか興味が湧いた二柱は怒りを抑えて座った。蒼玉が壊れた机をひたりと触る。机はまるで巻き戻しの様に元の形に戻っていく。あっという間に重厚な円卓用の机が復活した。


「黒雲様、私も群青様に賛成でございます。ただ、魔王をお辞めいただくような事は申し上げられません。貴方様は魔王を束ねて、今の今まで君臨されていました。中身がどうであれ、お辞めになる必要はございませんよ」


 群青を見ながら牽制する。その目に訝しい顔を見せるが、蒼玉の言葉を遮らずに腕を組んだ。


「……お姿をお見せ頂けるだけで結構なのです。それで晴れて疑念は解けましょう」


 蒼玉は優しく微笑んで黒雲が正体を出せる環境を整えた。一見優しく見えるこの行動は、黒雲にこれ以上は無いと釘を刺す行為。ここで晒さないならどうなっても知らないと暗に伝えている。

 黒影は焦る。イシュクルが死んで早十数年。何とかやってこれていたと思っていた事は勘違いで、結局薄氷を踏み抜いた様だ。黒影は観念したかのように黒雲を見た。動く事が無い黒雲を見て、覚悟を決める。黒雲の追放。これがエレノアの答えか。


 コツッ


 その時、黒雲の背後から靴の音が聞こえた。出て来たのはエレノア。イシュクルの娘。


「……ああ、エレノアの嬢ちゃんか。久しぶりに見たな。ずっと引きこもってたのかい?」


 黄泉は思い出したように軽口を叩く。エレノアの後ろからあのデカブツが出てくる事を期待して眺めていたが、一向にその気配はない。エレノアは魔王を一瞥して口を開いた。


「父様は死んだ。この十数年は私とこの黒影がヲルトの統治をしていた。どう、これで満足?」


 エレノアの開き直った姿勢に唖然としながらも群青は頷いていた。


「やはりな……合点がいった。黒雲があの(みなごろし)を切り捨てる訳が無い。裏切り者をそのまま魔王に据えるはずも、何らかの対策を用意せんはずもない。全てエレノアがやっていた事ならば、ある意味当然とも言える」


 黒雲が自らを秘匿していた為に起こった弊害。今目の前に座る人形が疑念を殺していた。群青が違和感を持たなければ、もうしばらく黒雲のままだったかも知れない。が、そうはいかなかった。


「黒雲が死んだって……?冗談よせよ。まさか殺したんじゃねぇだろうな?」


 黄泉が殺気立つ。


「黄泉、抑えろ。蒼玉よ、良くやった。こうまで簡単に出てくるとは……」


 橙将は組んだ腕を解いてエレノアを見据える。


「蒼玉はああ言ったが、吾はそう思わん。潔く王の座を辞すればこれ以上の追求はしまい。どうする」


「そりゃそうよねぇ。銀爪の例があるけど、あれだって認めたくなかったし。勝手に成り代わってたってんじゃ誠意もへったくれもないもん」


 撫子も賛同する。撫子はチラッと(くろがね)を見た。


「俺はそう思わない。力さえ強ければ、どんな傲慢な奴もどんな卑怯な奴も魔王になる権利がある。エレノアが強いのであれば否定しない」


「なるほど、純粋な魔族らしい答えだね。そっちは?」


 朱槍、蒼玉、竜胆に話を回す。


「わたくしも(くろがね)に同意見です。そうでなければ、わたくしはここに居ません」


「先ほど申しましたが、正体を明かしたからと魔王を辞する事は一緒くたにしていません。このまま続けていただきます」


「右に同じって事でよろしくお願いします」


 スッパリ別れた。群青を筆頭に黄泉、撫子、橙将はエレノア否定側。蒼玉を筆頭に朱槍、竜胆、(くろがね)は肯定側に回る。


「これは、どうしたらいいか……」


 エレノア本人も少々困惑している。その様を見て群青が笑った。


「はっはっはっ……儂から言えば、すぐにも辞するのが良いと思うが、これは円卓会議。別れたのなら話し合うしかない。が、まだこの場に来てない魔王が二柱おるだろ」


「灰燼と白絶か……あいつらは来るのかい?」


 群青は椅子から立ち上がり、踵を返す。


「さぁのぅ。ちょっと見てみるかな」


 バンッと勢いよく扉を開け放つ。塀を挟んで向こう側に浮かぶ彼岸花が見えた。


「あれは……灰燼の要塞……」


 群青は肩越しにエレノアを見る。


「どうやら決着の時は近いようだな」

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