第十七話 就寝準備
「へー。て事は、私のお父さんとお母さんってまだ生きてるんだ」
アスロンから聞いたのは大物中の大物。イルレアンの英雄と魔法省の現在の局長。アスロンが連れ出さなければ、公爵家のお嬢様だったのだ。しかしアルルはほとんど関心が無い。それもそうだろう、物心つく頃には自分とアスロンとブレイドの三人で山小屋生活をしていたのだから。
「……イルレアンに行けばアルルの親御さんが居るのか。いずれは行かないとだな」
ブレイドはアルルの顔を見ながら神妙に呟く。
「何で?」
「何でって……そりゃ挨拶くらいしとかなきゃ駄目だろ。実家が分かったんだからさ。いつになるかは分かんないけど……」
二人の会話にアンノウンが手を叩いた。
「それは良い考えだよ。多分向こうは二度と会えないって思ってただろうし、サプライズも兼ねて会ったら良い」
「それは如何なものかと思いますが……」
それに異を唱えたのはデュラハン姉妹の次女エールー。
「え?それは何で?」
「……おじいさんがアルルさんを連れ出した理由ですわ。ブレイドさんは仕方がない事だったにしても、何故アルルさんは連れ出される理由があったのか。今後、何不自由なく暮らせたかもしれない環境を奪ってまで……」
「単におじいさんが公爵に育てさせたくなかったからじゃないの?ねぇ、おじいさん」
シャークはぶっきらぼうに質問する。
「無いとは言わん。しかしそれ以上に儂がアルルをアイナ達から遠ざけたかったのは、自分の子供じゃからと人体実験をしようと画策しとったから何じゃ」
それは容認しがたい最悪の言葉だった。
「ジ、人体実験?産マレタバカリノ我ガ子ニ?」
ジュリアも困惑を隠せない。
「灰燼様ならばそういう口では決して言えない事もなさるかもしれませんけど……そこの部分はわたくし達も一線を引いてましたから、知らないふりで通していました。ヒューマンもアンデッド並に邪悪という事ですわね……」
「まぁ聞きなさい。奴は自分達の中で魔族に対抗出来る最高の力を生み出そうとしていたのじゃ。その理由は勿論、ミーシャさんの存在じゃ」
「ここに来てミーシャ様まで巻き込むきかえ?どういう事か聞かせてもらおうでは無いか」
ベルフィアは流し目でアスロンを見た。ベルフィアの記憶の中で、いつかホログラム越しに見た公爵の顔が蘇る。
「ミーシャさんは魔族一、魔王一強いと聞いておる。公爵も例に漏れず煮え湯を飲まされておる。その強さに勝つ為の人体実験というわけじゃ。儂は人道に反すると否定したのじゃが、終ぞ考えを変える事が出来ず、苦肉の策として連れ去ったというわけじゃな。老人の儂一人で子二人を育てるのは大変じゃったが、やってやったわい」
そのガッツポーズが妙に哀愁漂う。本来なら幸せに育ってもらいたかったろうに、公爵の思いつきなんかで体を弄られるなど想像しただけでも耐えられなかった。アスロンは人族が大事だし、魔族を殲滅したいとも思っていたが、鬼にはなれなかった。夢だったライフワーク、家族や仲間との交流、便利な生活、その全てをブレイドとアルルの為に捨て去った。その到達点が二人を見守る魔道具という答え。記憶装置となっても居続けるその姿に脱帽である。
「しかし、それは昔の話でしょ?もう育ちきった彼女には関係ない話だと私は思うよ。向こうはどう思うか分からないけど、会わせる事は別に良いんじゃないかな?」
アンノウンはこれだけ言っても意見を変えるつもりは無いらしい。それもそのはず、一理あるからだ。幼児期ならいざ知らず、今はまだ十代とはいえ年頃の女の子。少し楽観に過ぎるかもしれないが、ここから人体実験は流石に無いだろうと考えるのは自然だ。
「俺もそれには賛成だな」
声のした方を振り向くと、いつから立っていたのかラルフとミーシャが部屋に入ってくるのが見えた。
「公爵の奴は色々と関わってそうだし、一度対面で話し合ってやろうと思ってさ。まぁアルルも会えるし悪くないだろ。言っても向こうは頭良いし、舌戦を仕掛けたら負けるかもしれないが、問題は勝ち負けじゃ無いからな」
「何言ってんのよラルフ。話し合うっても戦いは戦い。勝つ気で行ってもらわなきゃ困るよ?」
ミーシャはラルフに圧をかける。それをくつくつ笑ってベルフィアも口を開く。
「そうじゃぞ、ミーシャ様ノ言う通りじゃ。そちノ唯一ノ見せ場じゃからな。陰ながら応援しとルぞ」
「嘘だぁ……その顔で応援って……嘘だぁ」
ラルフはおちゃらけているが、内心本気で嫌がっている。(吐いた唾飲めないかな……)と弱腰になっていた。と、その時目に飛び込んできたのはウィーの顔だ。頭が下にカクンッと動いては上に徐々に持ち上がり、ある程度の所でまたカクンッと下に落ちる。お腹いっぱいになって眠いのだろう。
「……っと、そういやもう夜中だったなぁ。よし、食器片付けて就寝準備だ」
パンパンッと手を叩いて動くのを促す。その音でうつらうつらしていたウィーも重い瞼を上げて、食器を流しに持って行った。
「ああ、よろしいですよ?お片付けはわたくしがやりますから」
十一女のイーファが皆のお皿を集めだした。ベテランの使用人の様な風格を感じる。次に七女のリーシャが動き、末っ子のアイリーン、カイラ……と動いていく。一連の行動を言い表すならバケツリレーだ。流しに食器が貯まり、すぐさま洗い始める。流しは多くの客人をあらかじめ想定していたのか結構大きく、二人並んで一気に洗っては水切り場に食器を置く。別の二人が布巾で綺麗に水滴を拭き取り、さらに別働隊が食器棚に戻して行った。
「後ノ事は任せタぞ。妾達は先に部屋に行くからノぅ」
「すいませんがよろしくお願いします」
ブレイドは深々と礼をしてラルフ達と部屋から出た。部屋まで歩く長い廊下で、俯き加減のブレイドにラルフが声を掛けた。
「ヲルト大陸にも行く必要があるよな。どっちが先になるかは分かんねーけど、ブレイドのお母さんも生きてるわけだしな」
「どうでしょうね。向こうは会いたく無いかも知れないじゃないですか。親父が連れ去った後は魔族の結界があるとはいえ探しに来る様な気配もなかったわけですし……」
ラルフはチラッとブレイドを見る。無理している様な辛い表情だ。一応親族が生きていた事実は、ブレイドにとっては複雑でも会ってみたいと思える事柄なのかも知れない。でも傷付くのは目に見えていると忌避感が働いているのだろう。ラルフの考え的には「やらない後悔よりやる後悔」を優先する。人それぞれなので、ブレイドを当てはめるのもどうなのかと思ったが、ラルフの中では腹が決まった。
「何かの拍子に会っちまうのもあるかも知れねーし、覚悟だけしといて損は無いと思うぜ?しっかし今日は良い話を聞かせてもらった。アスロンさんがホログラムでも蘇ったのには感謝しかねーよ」
「ええ、それには同感です」
「私もそう思いましたよー。おじいちゃんとまた会えた上に、生前あんまし喋らなかった過去話を聞けたんですもん。自分のルーツが聞けて、山のその辺から生えて来てたんじゃなかったって安心できました」
「えぇ……いや、そうだな。分かんないもんな」
ブレイブとアスロンの旅の話。まだまだ語ってない事は山ほどあるものの、この過去の物語はあくまでブレイブと、ついでにアルル二人の誕生秘話。またいずれ他の事も語る機会があるのかもしれないが、一先ずこれにて終了だ。
これらの話を整理すると、一、現在の黒雲はエレノア。二、ブレイドは勇者と魔王のハーフ。三、アルルは公爵と魔法省局長の娘。四、公爵は目的の為なら親友をも殺す外道。と行った所だ。
その他にも、ブレイブと共に旅したベリアは、その後”白の騎士団”に勧誘されて参加した。名前は”剛撃”で、最近では亡き銀爪から受けた傷で昏睡中。ホーンのソフィーは里からその後に一度も出てない為か、全く詳細不明。ブレイブに関する数々の噂は本当だった事を知り、ラルフの中ではすっかり聖人扱いだ。
「それじゃ、俺はこっちの部屋だから。今日はしっかり休んでくれ。あ、そうそう。明日は食料調達の為に下に降りるから、ついて来てくれな」
「分かりました。寝坊しない様にすぐ休みますね」
「おう、よろしく……あっミーシャ!ここ俺の部屋だって言っただろ!」
バタンッと扉が閉められる。「大変だなー」と他人事の様に思いながら部屋に入る。そこにはアルルがベッドに寝ていた。
「アルル……ここ俺の部屋」




