第十五話 終わりの始まり
「……ッザケンジャネーゾ オラァ!!」
ガツンッ
ヲルト大陸を後にしたブレイブとアスロンは、置いて行ったベリアとソフィーに問い詰められていた。事情を聞いたベリアは激昂し、重症のブレイブに鉄拳を食らわせた。突如殴られたブレイブは為す術なくぶっ倒れた。
「ブレイブっ!!……ベリア!おぬし何をする!?」
アスロンはブレイブに駆け寄り、無事を確認した後ベリアを睨みつけた。
「オ前ラコソ何ノツモリダ!!コノ戦イハ全員デ挑ムベキダッタダロウガ!!ソレヲドウシテ……何デダ!?」
プルプルと発散しきれない思いを全身で表す。その根底にはオリバーとイーリスの死があった。この一年半という期間に育んできた仲間の絆を断ち切る様な行動。ベリアとソフィーの二人にはブレイブとアスロンに対する懐疑的な目しか無い。ブレイブとアスロンの二人は何も言い返せないまま、黙って俯くしかなかった。
「……話はブレイブさんを治してからにしましょう。ベリアさんも少し落ち着いて下さい」
ソフィーはブレイブに回復魔法をかける為に、ベッドに案内した。ベリアは「コンナ奴ラ ドウデモ良イダロ」と憤慨していたが、ソフィーは淡々と回復に専念した。ソフィーなら帰って早々すぐにでも回復魔法をかけてくれると思っていたのだが、そうならなかったのは彼女も心が追い付いていないのだろう。内心はベリアと同じ考えだったのかも知れない。仲間だと思っていたのに、戦力外通告された気分になったのだろうと察する。ソフィーの回復は思いの外時間を要したが、ブレイブの体は傷一つなく完全に癒えた。
「……ごめん、全ては俺の責任だ」
上体を起こしてベッドに座るとブレイブはおもむろに謝罪した。ベリアは拳を握って顔中に血管を浮き上がらせる。いつ手が出てもおかしく無い状態だが、何とか我慢している風だった。
「謝ッテ済ム問題カヨ……」
「誰一人死んで欲しくなかった……オリバーもイーリスも……こんな筈じゃなかったんだよ。俺が……一人で行ってれば二人は……」
「!?……オ前!!」
ベリアは一歩前に出るが、それより先にソフィーの平手打ちが炸裂した。パァンッと部屋中に響く一撃。
「ふざけないで下さい」
どんな時もオドオドして、人見知りも激しかったソフィーがブレイブの一言にキレた。誰も見た事の無かった一面に、最初に殴ったベリアも驚きを隠せない。
「……こうなる事はみんな承知の上だった筈です。人族の為、仲間の為なら死をも厭わない。私たちはそういう戦いに身を投じたんです。あなたは違うのですか?」
「……いや、その通りだ。俺たちの戦いは犠牲を伴う。みんな承知の上で戦ってくれた。でも、俺は部下以上に信頼できる友に出会って失うのを恐れちまってたんだ……だから……」
「その気持ちは痛い程分かります。ここにいない二人を思えば、彼女達の代わりになってあげたいと心底思います。けど、あなたは間違ってます。一人一人が補って戦う事こそがこのチームのあるべき姿だったのに、あなたは自らのエゴでそれを崩し、台無しにしてしまった」
ソフィーは手を胸の前で組む。
「……私の旅は終わりです。今後は私達の旅で失った命に報いる為に、母国の教会で祈ります。もう会う事も無いでしょう」
そのままペコリと下げる。頭を上げる事無く「あなた方の帰路の無事をお祈りします」と言って、目を合わせずに頭を上げると部屋を出て行った。異様な雰囲気のソフィーに目が離せなかった三人は、出入り口をしばらく眺めた。静寂で満たされていた室内の空気を変えたのはベリアだった。
「……チッ、言イタイ事全部言ワレチマッタ気分ダゼ……コノ旅デ一番成長シタノハ、ソフィーデ間違イ無イナ……」
「ハァ……」とため息を吐くとブレイブに向き直る。
「結局無駄足ノ無駄骨ダッタナ。魔王モ仕留メテ無インジャ、二人モ無駄死ニダゼ」
ベリアは吐き捨てる様にアスロンとブレイブを交互に見る。何も言えずに押し黙る二人の顔を見ていると、ソフィーに度肝抜かれる前の苛立ちが段々と蒸し返される。
「アーッ!ムシャクシャスル!!俺モ国ニ帰ルゼ!オ前ラ何カト一秒デモ一緒ニ居ラレルカヨ!!」
ベリアは弁明すらする気の無い二人に見切りを付けて、ソフィーの後を追う様に出入り口に向かう。一瞬扉の前で止まって肩越しにチラリと二人を見るが、引き止めるつもりも口を開く気もないのを確認して出て行った。廊下に「二度トヒューマン何カト一緒ニ戦ウカヨ!!」と木霊していた。
「……あいつに報告しなきゃな……」
二人が去って数分後、ブレイブはこの建物に設置されている通信装置の場所に行く為にベッドから立ち上がった。
「ブレイブよ……これは気休めじゃが、エレノアの言う通りあの二人のお陰で魔王を倒せた。思った様な形では無かったかも知れんが、オリバーとイーリスはそなたの事を最期の時まで信じとった。二人の思いを遂げた上に、残りの二人の命を失わずに済んだ。これは誇るべき事と思うぞ」
ブレイブは黙ってアスロンの言葉を聞く。
「そして最後に……儂はいつでも、いつまでも、何があろうとそなたの味方じゃ。儂に何か出来る事があれば遠慮なく言うて来い。出来うる限り助力する事を誓おう」
ブレイブはフッと笑う。
「……ありがとなアスロン。こんな俺を気にかけてくれて……俺達は何があろうと一生友達だ」
アスロンに向き直り、握手を求める。アスロンは一も二もなく手を握った。堅く握り合っていつまでも離れないかと思われた手はどちらからともなく離した。
「アスロンは休んでいてくれ。俺はマクマインに報告しとく」
「……そうか、分かった。実は昨日から寝不足でのぅ。ようやっと極秘作戦が終わったんじゃし、部屋で爆睡しとるわ。一日放置してくれい」
言い終わるが早いか、大きな欠伸をしながらベッドに横になった。
「……はは、分かった。お疲れアスロン。ったく、アスロンには敵わないなぁ……」
ブレイブは笑いながら部屋から出て行った。廊下を歩く音が部屋から遠ざかる。ベッドに大の字に寝転がったアスロンは天井を見ながら呟いた。
「……また会おう、ブレイブ」
アスロンが突然こんな事を言い出したのは、ある予感からだ。ブレイブは報告に行ったきり戻って来ないだろうと察していた。負い目を感じてか、はたまた別の理由か。姿を眩まされる前に思いの丈を伝えておいた。何があってもいい様に。
そして、その考えは的を射ていた。ブレイブは公爵への報告後、誰に何を言う事もなく姿を眩ました。
*
「身勝手な男ヨ」
ベルフィアは呆れた顔でアスロンを見た。
「どうかのぅ?それは見方によるが……」
「ベルフィアさんの言う通り、親父は身勝手な奴ですよ」
ブレイドは俯き加減で返答した。
「俺の母親がエレノアなら、その後一人でヲルトに戻ったんでしょうね。そして雲隠れしていた。その後に何らかの事情があってアスロンさんに、まだ幼児だった俺を預けた」
「そうなるのぅ……」
「ちょっといいかな?このタイミングでブレイドのお父さんが雲隠れしたなら、お母さんがエレノアだと分からないんじゃないかい?もしかして直接手渡しで届けに来たとか?」
アンノウンが口を出した。そんな疑問にジュリアが困惑気味に突っ込む。
「イヤ、アノ……ソレ以外何ガアルト言ウノ?」
「私の知るお話の一つに、赤ちゃんを玄関に置いて他人に育てさせるのがあってね。メモでも挟んでたか、あるいは……って思って聞いてみたのさ」
アンノウンの言葉に「そんなのがあるのか」と一同引く。アスロンは何でもない様に答える。
「直接手渡しでじゃよ。その後、ブレイブと子供達の身の安全の為にも結界を作成して山籠りを提案したのじゃが、ブレイブはそれを拒否した。ブレイブを裏切った公爵の罠に自ら嵌り、命をかけて儂らを完全に秘匿したのじゃ。半人半魔のそなたが生きとるのは、結果ブレイブのお陰と言えよう」
ブレイドは口を噤んで俯く。アルルはブレイドの顔を窺いながら、ずっと気になっていた事をアスロンに尋ねた。
「おじいちゃん。私のお母さん……アイナさんは結局誰と一緒になったの?さっきの話だとブレイブさんと一緒にならなかったなら、私が生まれようが無いと思ったんだけど……」
「そんな事は無い。ブレイブが消えてからアイナはずっと塞ぎ込んでおったが、新しい恋に目覚めてのぅ。その男と結婚し、そなたが生まれた。儂にとっては最悪の男とな……」
アルルに緊張が走る。
「それは……」
「もう隠せんなぁ……儂らを最後に見限ったあの男じゃよ」