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第十四話 トラウマ

「それではぁ……現在の黒雲様はその……イシュクル様では無く、お嬢様のエレノア様であると。そう言いたい訳ですわね?」


 メラは話の合間に質問した。アスロンは頷きながらミーシャとベルフィアを見る。


「この十数年の間に特に違和感を感じなかったのなら、エレノアで間違いなかろう」


 ベルフィアはこめかみに指を当てる。


「こ奴は円卓会議にほとんど参加しとらん。変わっとっても良ぅ分からんかっタと思うがノぅ」


 ガタッとミーシャは何も喋る事なく立ち上がった。ミーシャの顔は優れない。何か言いたい風だが、何も言う事なくズンズン歩いて部屋を出て行く。


「おい……待てよ、ミーシャ。待てって!」


 ラルフも立ち上がってミーシャに着いて行く。部屋を出たと思ったら、すぐに出入り口の前で顔を覗かせた。


「悪い!話し続けててくれ!」


 ラルフが廊下を駆けて行く音が遠ざかる。しばらく出入り口の方を見ていたブレイド達はベルフィアに視線を向ける。


「?……何じゃ?」


「いえ、その……ミーシャさんとラルフさんが出て行かれたのに、ベルフィアさんが静かだなと思いまして……」


「そうそう、ベルフィアさんなら真っ先に着いて行きそうなものなのに」


 ベルフィアは腕を組みつつ椅子の背もたれに体を預けると、フンッと鼻を鳴らした。


「妾を誤解しとルな……確かに妾はミーシャ様ノ為ならこノ身を捧げられル。じゃが今回ノは出しゃ張ルべきではない案件。妾とて空気は読む」


 話を聞かずにご飯に夢中だったウィーは食べカスだけが残った皿を、名残惜しそうにペロペロ舐めながらベルフィアをチラリと見た。ウィーは今のベルフィアの気持ちに寄り添えるかどうかを精査している様だった。その視線に気付いたベルフィアはニコッと微笑んだ後、アスロンに視線を向ける。


「……ラルフが話を続けろと言うなら再開しヨうではないか?ノぅ、アスロン。先を続けヨ」


 アスロンはベルフィア以下、食卓に座る全員を見渡す。みんな話の続きが気になっているようで、アスロンの顔を見ていた。特に関係の深いブレイドとアルルは、ラルフ達を気にしながらも続きを待っている。


「うむ、それもそうじゃな。二人には悪いが続きを話そう……」



 ミーシャは要塞内部を走り、ベランダに到着する。手すりに手を掛けて外を眺めた。星空に浮かぶ月夜に照らされた、雲、海、所々に点在する島々。夜の暗闇に目を鳴らしていると、外界から遮断されたような気分になって孤独感が押し寄せた。そんな事を思いながら黄昏てると、硬い靴で廊下を駆ける音が近付いてくるのが聞こえた。肩越しに背後を確認する。


「はぁ、はぁ、流石に速いな……」


「ラルフ……」


 ラルフは息を整えると、ミーシャの隣に並んだ。


「よう、どうした?何か気に入らない事でもあったか?」


「……まぁね」


 ラルフとミーシャは塀にもたれかかって、月の光だけで外を見る。よく晴れた星空の下、幻想的な空間に酔いしれていると、ミーシャが口を開いた。


「……私はイシュクルだ」


 唐突に何を言い出すのか。ここだけ切り出すと色々勘違いしそうだが、ラルフには言いたい事が分かった。


「そうだな。力を出しきり、敵を倒して、油断した所を攻撃された。こうして並べれば確かに似通ってる部分は多い……」


 ラルフは一拍置いてミーシャを見る。


「でもお前はイシュクルじゃない。ミーシャ、お前はこうして生きてる。何の因果か俺と出会っちまったからな……」


 ミーシャは上目遣いで窺うようにラルフを見る。


「……ラルフはさ、私と出会って後悔してる?」


「俺が?」


 出会ったが為に多くの面倒な事が降りかかった。人族からも魔族からも敵視され、自分がしたかった仕事も夢も奪われたのだ。逃亡生活に身を(やつ)し、いつ死んでもおかしくない状況で運よく生き延びてきた。後悔していないかと問われれば、してないと応えるのは嘘になる。ラルフは笑った。


「はは、難しい質問だ。そうだな……どう言ったらいいか……」


「良いよ、正直に言ってくれたら」


「正直にねぇ……そりゃ当初は思ってたさ。俺とお前じゃ住んでる世界がまるで違ってたからなぁ……けどよ、俺は変わった。見ろよ、こうしてお前と肩を並べて何でもないように普通に喋ってる」


「……それは、前からじゃん。てゆーか最初からじゃん」


 ミーシャの目を見ながら顔を横に振る。


「違うよ、最初は生活圏を追われる恐怖から色々立ち回りを考えてたし、逃げ出そうと思ってた。そんな気持ちを越えて開き直っても俺はミーシャの……いや、今いる仲間全員の何千、何百倍も弱い。一緒にいる事はお互いの為にならないってずっと思ってた……」


「……ラルフ」


「でも、そんなの些細な問題だって気付いた。俺達は仲間だ。それ以上でもそれ以下でもない。これからはどんな事があっても仲間と居る事に、出会った事に後悔しない。もし俺が後悔する時は、俺が死ぬ時とお前らが死ぬ時だ」


 ラルフは体勢を変えてミーシャを真正面から見据える。


「ミーシャ、俺はお前の味方だ」


 ミーシャもラルフに体ごと向く。ラルフの真っ直ぐな気持ちに喜びを覚えながらも、それでもミーシャは俯いて飲み込みきれない思いに打ちひしがれる。それも当然だろう。百と余年の間ずっと自分を支えていたイミーナという家臣が裏切ったのだ。あまりにも簡単に、あまりにも卑劣に。そしてそれはイシュクルも同じだった。たった百年なんて短い期間ではない。数百年という時を共に生きたはずの娘と最も信頼する家臣に裏切られたのだ。それを思い、境遇を重ねればネガティブになっても仕方がない。

 ラルフは両手を差し出す。その手に気付いたミーシャはキョトンとした顔で手を眺めていたが、すぐにその手を握った。ラルフは手を握った事を確認するとミーシャに視線を合わせるように少し屈んだ。


「……どうだ?少し落ち着いたか?」


 ミーシャは照れ臭そうに首を横に振る。手を繋いで少しでも孤独感を埋めれば気持ちが晴れるかと思っていたが、中々に根深いところに傷がある。ラルフは困った顔をするも、何かに気付いたようにハッとしてミーシャの手を手繰り寄せた。ミーシャはラルフの行動に身を任せて手繰り寄せられると、ラルフの温かい腕に包み込まれた。抱きしめられたミーシャはラルフの胸に顔を埋める。ラルフはそんなミーシャの頭を撫でる。


「……よしよし」


 ミーシャの肩が震える。行き場のなくなった感情が、涙となって溢れ出た。自分は生きていても良いんだと心から思えて、ラルフの背中に手を回した。


「ラルフゥ……ラルフゥ……」


「大丈夫、大丈夫だよミーシャ。お前は一人じゃない。寂しくなったら俺を頼れ、な?」


 今後もミーシャは「裏切り」に敏感に反応するだろう。植え付けられた心の傷は完全に癒える事は無い。トラウマとして何度でも思い出す事だろう。だが今後ミーシャはその度に思い出す。出会った仲間、過ごした日々、そしてラルフを。


「……戻ろう。皆心配してるぞ?」


「……うん」

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