第十三話 死
ダァンッ
黒雲の渾身の右ストレートを受けたブレイブの身体は宙を舞い、玉座の間の床を跳ねた。ゴロゴロと転がり、止まる頃には糸が切れた傀儡の様に力無く倒れた。ただ武器だけはしっかり持ち、何があっても手放さない意志を感じさせる。と、不意にエレノアが動く。ブレイブの側にフワッと飛んで近寄ると、転がるブレイブの首筋に指を当てた。
「……死んでます」
脈を測っていた様で、ブレイブの死を確認した。
「そんなまさかっ……!?」
アスロンは驚愕から呆然としている。黒雲の攻撃が始まる直前に、ブレイブに対して強化魔法を仕掛けていた。この戦いにアスロンは着いて行けない。ならば少しでも役に立てる様にブレイブの能力を急激に引き上げたのだが、黒雲の連続攻撃には全く歯が立たなかったと見える。黒雲はエレノアの言葉で頷きながらため息を吐いた。
「はぁ……少し不覚を取ったが、これも教訓よ……そやつが人族最高峰の戦士に間違い無いな?」
黒雲は質問しながら第三の目を閉じた。肌の表面に合った金属の様な光沢が消えて、先の攻防で膨れ上がった筋肉が沸き立つ湯気と共に萎んでいった。
「はい、間違いありません。この他の連中も確認しましたが、技量、魔道具共にこの者が一番であったと確信しました」
「……なるほど……」
黒雲は噛みしめる様に二回ゆっくり頷くと、アスロンを一瞥し、黒影に目をやった。
「……その死体を処分し、そやつも殺せ」
黒影は優雅に敬礼してアスロンに目を向ける。両手を刃に変えながら、どう料理しようか考えてる様だった。
「……エレノア、その者の魔道具を回収せよ」
「これを?」
「……そうだ、魔道具は人族にとって我らに勝る唯一の武器。我が腕を落とした程の武器を解析したならば、奴らが真っ先に作った魔障壁を破壊可能。その武器を解析し、人族の歴史に幕を閉じる」
「……ふんふん、確かに」
エレノアは屈んでブレイブに触れている。黒雲は久々の戦闘に疲れたのか、力が抜けた様に玉座に座った。若い頃は傷一つなく終わっていたであろう戦闘も、こうして右腕が一本吹き飛び、戦力が落ちる事態に追い込まれた。白絶の様な魔王との戦いで落とされるならまだしも、最高峰とは言え、人族にやられる事になるとは……。
「……ふっ……老いたな」
自虐しながら遠い目で過去の自分を思い出す。
「ああ、生きすぎだぜ。クソ野郎……」
黒雲の耳に辛うじて届くくらいの声。聞き間違いだと思ったが、そうでは無い。ブレイブはエレノアに抱きかかえられながらガンブレイドを黒雲に向けている。状況が分からず混乱していると、ブレイブのガンブレイド持ち上げた手にエレノアの手が支える様に添えられる。
「バンッ」
ドンッ
ガンブレイドから放たれた魔力砲は黒雲の胸部を貫いた。唖然とするデーモン。アスロンも何が起こったのか理解出来ない。風穴の空いた胸部を目だけで確認した黒雲は、掠れる声で震えながら何とか声を出した。
「エ……レ……ノア……何故……」
ドンッ
この一撃は頭を消し飛ばした。強張っていた身体は弛緩し、ズズズ……という音を立てながら玉座からズリ落ちた。
「う、裏切り……!?」
二体のデーモンは攻撃を繰り出そうと手をかざす。しかし、その攻撃は実らない。ズルッと腕が滑り落ちる。何が起こったのか分からないデーモン達は、間抜けな顔で自分の腕が落ちるのを見ている。痛みは無かった。それを感じる前に粉微塵に切られ、ひき肉となって事切れた。これを行なったのは黒影。刃に変えた両手はこの為にあった。
「え?は?……どど、どうなってるんじゃ?」
アスロンは自分の眼の前で起こっている状況が飲み込めずに、焦って視線をあっちこっちに向ける。当然だろう。つい先程死んだと言われたブレイブは生きていて、エレノアが何故か手伝い、あっという間に黒雲が死んだ。それと同時に動き出そうとしたデーモンが肉塊となった。
「痛っ……っててて……!」
ブレイブは腹部を抑えながら体を丸めた。黒雲の最後の右ストレートがよほど利いたと見える。
「ブレイブ!!」
色々謎があるものの、アスロンはとにかくブレイブに駆け寄る。すぐさま触診すると折れていたり、痣になっていたりと痛々しい。どれもかなりのダメージだが、幸いにも致命傷にはなっていない。アスロンの身体強化魔法”無敵の肉体”が功を成したと言える。
「はは……やったなアスロン……俺達は黒雲を倒したんだ……」
「も、もう喋らない方が良い、何とかギリギリ生き残っている状態なんじゃ。ここにソフィーが居ればすぐにも回復出来るのじゃが……」
「……うん、なら戻れば良いよ。あのホーンが治してくれるんでしょ?私が出来たら良かったんだけどね」
エレノアはブレイブに慈しみの目を向ける。
「そ、そなた……一体……」
「エレノア様。今後の事についてですが……」
黒影が横から入ってくる。
「予定通りよ。父様の死は伏せて、今後は私が第一魔王として黒雲を担う。あくまでも裏方でね。ここでの会議には父様が使っていた人形を使うし、その他の会議は今まで通りあなたが参加するの。ブレイブ達は隙を見計らって逃げた事にする。ここに居たデーモン達が逃してしまった責任を取らされ、あなたが処刑した。ここまでは良い?」
「はっ……イシュクル様が生前なさっていた行事は……」
「全て取り止めよ。父様には今日以降、部屋に引きこもってもらうから。内政、戦争に関する事は口を挟む程度で、これもあなた主体で事を勧めて……ほとんどあなた任せになるのは心苦しいけど……」
「何なりとお使い下さいませ」
黒影はエレノアに最敬礼で答える。
「……最初からこのつもりじゃったのか?黒雲を殺し、自分がその地位に就く為の……」
アスロンは淡々と進む今の状況を自分なりに分析して訝しんだ。
「……待ってくれ、アスロン。それは違う……」
ブレイブは痛む体を推してアスロンを制する。
「黒雲の討伐なんて目じゃない。この人魔大戦を終わらせる為なんだ……俺達はとうとう手に入れたんだよ、足掛かりって奴を……」
エレノアが父親であるイシュクルに代わり、その地位に就けば、人族に対して便宜を図ってくれると期待出来る。父親を裏切った以上、どこまで信用出来るかは不明だが。
「全て承知の上か?この戦いは全て策略だったと……?」
ブレイブは苦い顔をしながら唇を噛み締めた。
「そうか……黒雲を完全に討伐出来たし、そなたも儂も生きとる。エレノアが居なければそもそも魔王との対峙すら難しかったろうと感じた。じゃが……こう言っては何じゃが、もう少し上手く出来んかったものか……これではオリバーとイーリスは無駄死にではないか?」
「お言葉を返すようで悪いんだけどさ、その二人の死が無かったらそもそも父様は出てこなかったよ?用心深い父様をおびき出せたのは彼らのお陰」
エレノアは口を挟む。アスロンはその言葉に妙な説得力を感じる。親族の性格を読みきっての行動。あれだけ冷静に対処していたのはボロを出さない為だと考えられる。全ては油断しきった黒雲にガンブレイドを向ける為にあったのだ。
「……何故裏切った。黒影じゃったか?この者までどうして……」
「簡単な話よ、父様が居たらいつまで経ってもこの世界はつまんないままだから。私は変革を求めたのよ」
エレノアは黒影に視線を送る。黒影は姿勢を正しながらアスロンに答えた。
「私は一時期エレノア様の教育係を勤め、その時より彼女の思想信条に惚れ込み、彼女の為に働く事を至上の歓びであると見出した。つまりは彼女に忠誠を誓ったのだ。この話を聞いた時は驚いたが、関係ない。我が命はエレノア様の為にある」
「……これ以上は聞くまい。正直に返答してくれて感謝する」
作戦は遂行された。黒雲、もといイシュクルはこの日を持って命を終え、エレノアが時代の王となる。ブレイブとアスロンはオリバーとイーリスの犠牲を噛み締め、一先ず元の監視島に戻って行った。




