第十二話 本当の力
魔族に勝つ為に人族が手に入れた魔道具という答え。その中でも異質を放つ伝説の武器「怪魔剣」は、殺傷能力に於いては他の魔道具を大きく上回る。その力を扱える者は圧倒的な力を得て、生き物の生殺与奪を握るとされている。故に「生きるか死ぬか」。
「ぐぅっ……!!糞っ……ヒューマン如きがぁ……!!」
消し飛んだ右腕を抑えながら膝をつく。その様子を遠巻きで見ていた黒雲の部下は驚いて目を丸くしている。アスロンを押さえていた部下も、職務を忘れて茫然と立ち尽くす。アスロンもガンブレイドの威力に目を白黒させている。この中で冷静なのは、撃ったブレイブとエレノアだけだ。エレノアに関しては親が攻撃されたというのに薄情だと言える。
「……ヒューマン如きと侮り、不覚を取った……外を見ぬ内に人の技術と成長を見落とした……千年という長期間隠れ潜み、自身の老いと衰えを忘れていた……認めよう、我は怠惰であった」
黒雲は腕の痛みに耐えるようにプルプルと震えながら、床に落ちた右手の先を拾う。残った部分が名残惜しいのか、ジッと見つめている。
「ふん、やけに素直だな……まさか魔族の親玉が腕を消し飛ばされたくらいで往生したわけじゃねぇだろ?」
銃形態でガンブレイドを構えながら警戒するブレイブ。
「……我が肉体に傷を付けたおぬしの技量、その武器に敬意を評し、我が本当の力を見せてやろう……」
「……本当の力だと?」
黒雲は自身から離れてしまった手の先を、拾った手の中で握り潰す。骨と肉が一緒に引き潰れる音が鳴り、無残に圧縮された。何をしているのか見ていると、ひき潰された手はいつの間にかどこかに消失していた。
「?」
まるでマジックのように消えた手の行方を目で確認していると、傷付いていたはずの腕の傷口もいつの間にか塞がっている。
(回収した手は傷口を塞ぐ為に吸収したのか?)
随分と器用な事が出来る魔族だ。魔族は生まれから強者である為か、ほとんどの種が回復する術を持ち合わせていない。身体能力が高いので自然治癒もその分強化されているものの、ダメージが蓄積されれば当然死ぬ。魔族に対し、物量で攻めるのが推奨されるのはそれが理由だ。しかし、黒雲はあっという間に傷口を塞いだ。とすれば、ブレイブの技量を上回る身体能力とアスロンが驚愕する魔法を持ち合わせながら、異常なまでの回復能力まで持つ事になる。この伝説の武器がなければ勝ち目など見出せなかっただろう。
「……見よ、これが力だ……」
錫杖を床に突き刺し、それに体を預けながら立ち上がる。錫杖から手を離し、背を丸めた。ビキビキと音を立てて筋肉が膨れ上がる。体が金属の光沢を持ち、稲妻がバチバチと皮膚の表面を走る。白い稲妻が段々と色を変え、紅い稲妻が走り始める。額からは第三の目が開いた。
「ゴオオォォォッ!!!」
凄まじい咆哮が部屋に響き渡る。見た目は魔物に近い。邪神として崇められそうな程に禍々しい怪物。曇天の中に潜む雷と暴風の化身。
「……我は第一魔王”黒雲”。又の名を……イシュクル」
イシュクルと名乗った怪物は、ブレイブに視線を合わせて一歩前に出る。ブレイブはすかさず魔力砲を放った。
ドンッ
そこに居たはずの黒雲の姿はない。ガンブレイドの力で消し飛ばしたというわけでは無く、移動したのだ。紅い稲妻の残像を残し、凄まじい速度でだ。ブレイブの動体視力を持ってして追いつく事が出来ない。
「……なっ!?」
先の一戦とはまるで逆の現象が起こっている。ブレイブの能力に黒雲が驚いていたが、今度は黒雲に驚かされている。黒雲はどこに行ったのか?答えは単純だ。ブレイブはその気配に気付いている。背後から感じる禍々しい気配に。だが振り向く事が出来ない。どころか動く事さえ出来ない。何か行動を起こせば、その瞬間にこの世からおさらばする事になるだろう。いや、撤回しよう。何をせずとも死を迎える。今、黒雲に生殺与奪が移ったのだ。
ボンッ
その時、黒雲の体に火球の魔法が放たれた。煙を纏う黒雲。その音を好機と判断し、ブレイブが前に飛んで距離を空けた。ギョロッと火の玉が飛んできた方を睨む。そこには手をかざして歯を食いしばるアスロンの姿があった。
「ブレイブは殺させん!!」
強靭な意志を持ってこの一騎討ちに横槍を入れた。かなり魔力を練った一撃だったが、変身した後の黒雲には目眩し程度にしかなっていない。しかし宣言通り、あの場のブレイブの命を救った。
「……死に損ないが……」
ドンッ
アスロンに気を取られたその瞬間を狙った魔力砲。黒雲は左手で射線を遮り、飛んできた魔力砲に防御で対処した。バギィンッという音と共に魔力砲が弾かれる。
「……馬鹿な……」
強すぎる。さっきまでの戦いが何だったのかと思える程、不利な状況だ。ただ、黒雲も魔力砲を防いだとは言え、無傷とはいかなかった。弾いた場所が火に曝されて爛れているかの様だった。これを無尽蔵に撃つ事が出来たなら、勝つ事は出来なくても、後に託す事が出来たかもしれない。今ある黒雲の情報を共有出来れば、誰かが勝てる方法を思いついたり、編み出したり出来たかもしれない。
しかし、ここは敵陣のど真ん中。逃げる事は出来ないし、戦って正規の方法で出るとなるとこの怪物を倒し切らなければならない。勝ち目のない怪物を前にブレイブは自身の限界を感じていた。二人はここで死ぬ事になるだろう。だが、こんな状態になって尚、ブレイブは1mmも降参する気も逃げる気もなかった。「ここで仕留める」とでも言いそうな鋭い目付きだ。
「ほぅ……まだ諦めていないのか……?」
「へっ……言ったろ?出来る出来ねぇじゃない、やるかやらねぇかだってな」
ブレイブが銃形態を止めて剣の携帯に変更する。それと同時にアスロンが詠唱を始めた。
「……一騎討ちの筈だったが……まぁ良かろう、その男は眼中にない。あるのはブレイブ!おぬしだけだぁ!!」
雷の速さで動く化け物はブレイブとの間を一気に詰めて拳を放った。ブレイブは止められる範囲は剣で受け、無理な場合は見極めて避ける。速すぎる為に経験と勘頼み。しかし長くは続かない。均衡が崩れたのはブレイブの頭に黒雲の拳が掠った、まさにその瞬間からだ。ガラ空きの胴に一発入れて、体を浮かせると空中で滅多打ち。散々殴られた後、渾身の右ストレートを腹部に入れらて、ブレイブの体は宙に舞った。




