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第九話 失策

 アスロンの話が佳境となった時に、急に話が途切れる。突然静かになった部屋に疑問を抱いたラルフ達。ラルフはみんなを代表してアスロンに続きを促した。


「……で?それからどうなったんだよ」


 この続きを予想すれば、もちろん戦いの幕開けだろう。ヲルト大陸に侵入して魔族とバチバチ戦ったのだ。でも敵陣でどうやって生き延び、どうやって黒雲に一発食らわしたというのか。疑問と興味は尽きない。アスロンは重い口を開いた。


「……儂とオリバーとイーリスで陽動作戦を提案したのじゃ。儂らが敵を引きつける間にエレノアとブレイブで黒雲を叩くという、ごく単純な手じゃな……」


 予想通りというか、それくらいしか道はないだろう。全員で動けば助け合えるかもしれないが、魔王に辿り着くまでの障害は多い。五人で動くより二人の方が見つかりにくいし、何よりエレノアという内部に精通する魔族が寝返っている。作戦遂行には仕方のない事だ。


「五人で動くとなると当然そうなると思います。けど、少数人数で暴れればもっと警戒するのではありませんか?人が攻めて来るには少な過ぎる。それを踏まえて容易に部下を送らず、逆に城の防備が強化されると思います。この作戦は穴だらけですよ。よくそんな作戦を決行しようと思いましたね」


 ブレイドはアスロンに責める様な目で言い放つ。アルルは感情的になるブレイドに寄り添い、宥め始めた。ブレイドはそんなアルルの気持ちを汲んで気を落ち着けると「……ごめん」と呟いた。


「ごもっとも。ブレイブには全力で反対された。それをするくらいなら全員で動いて一網打尽にされた方がマシだとまで言わせてしまった……しかし、このブレイブの反論で答えが出た。儂らしか戦えない以上この作戦しかないとな。イーリスの言葉じゃが、一網打尽にされるくらいなら黒雲を一発でも殴れる方が命を賭けるに値する、と……」


「ほう、良き考えじゃノぅ。妾はイーリスを支持すル」


 ベルフィアが手を挙げてイーリスに勝手に票を入れた。「私も。イーリス格好良いし」とアンノウンも同調した。


「ソウイウ システム ジャ無イデショ、モウ……コノ場合ダト、結局ブレイブ ハ三人ノ意見ニ同調シテ、作戦ヲ開始シタッテ事デ良イ?」


 ジュリアはアスロンの話に軌道修正した。


「うむ……」


 アスロンは肯定こそするが、苦虫を噛み潰した顔で言い淀む。


「ふーん、それで?最後はどうなるの?」


「おいミーシャ、それは駄目。せっかくここまで詳細に語ってもらったってのに、いきなりオチを聞く様な真似は止めるんだ」


 ここから凄まじい戦いが待っているのに、全てを端折(はしょ)って勝った負けたをするのは実に惜しい。アスロンだって自分の物語に関係ない事が無いとまで豪語したのだ。言葉に詰まっても全部語らせるべきだろう。


「……ここからはブレイブとエレノアの二人と別れる事になった。儂らは二人の為に全てを賭けて黒雲の部下と戦った。それが罠だと知らずにのぅ……」


「ん?罠だって?ど、どういう事だ?」


 一同困惑を隠せない。


「エレノアは黒雲に全てを話しておった。ヲルトへの侵入、魔王討伐、儂らの戦力と種族諸々をな……」


 絶句。エレノアは後のブレイドの母親であり、ここで共に戦ったからこそブレイブと一緒になったと考えられていた。つまり作戦自体は成功すると約束されたも同然。その全てを覆された。


「い、意味が分かりませんわ。じゃあ何ですの?ここで全滅……じゃ話が通りませんわね。ブレイブとあなたを残して、お二人はお亡くなりに?」


 メラが身振り手振りで質問すると、アスロンは頷いた。


「エレノアに指定された場所の襲撃を目論見、二手に別れて移動を開始。儂らはそこまで戦闘にならぬ様に細心の注意を払っているつもりじゃったが、ヲルトに入った瞬間から既に監視が始まっとった。情けない話じゃが、索敵能力の乏しい儂らでは敵を認識するのに時間がかかり、待ち伏せからの挟み撃ちで敢え無く……全力で抵抗を試みた二人は多勢に無勢でやられ、儂は魔法詠唱中に捕まった」


「あ、ありえねー、どんな展開だよ……アスロンさんは抵抗しなかったから捕獲で済んだのか?」


 そうとしか思えないだろう。二人の呆気ない死は、無駄な抵抗が招いた結果だと言えた。


「それは違う、儂は生かされたのじゃ。エレノアにのぅ」


 何を言っているのか理解出来なかった。当時の状況を整理すれば、黒雲の娘が寝返ったと見せかけてブレイブ達をヲルト大陸までまんまとお引き出し、黒雲に献上したという事になる。ここからどうやって二人は結ばれるというのか?


「……とは言え、エレノアの嘘など考えてすらいなかった当時の儂は、索敵を怠ったが為の失策であったと心が潰れかけていた。二人の死は全て儂の責任じゃとな。仲間の死を見届けた儂は、放心状態で黒雲の部下に引っ張られて、城に連れて行かれた。王の玉座に連れて来られた儂は、ある光景に絶句する事になる。ブレイブがエレノアの側に(ひざまず)かされていたのじゃ。その時に察したのぅ。これは全て罠じゃったと……」


 誰も茶々を入れる事が出来ない。言い淀んでいた事が仲間の死と、敵を信用してしまった底抜けの馬鹿さ加減のせいだったとは……気の毒すぎて同情するしか出来なかった。


「何て卑怯な奴なの!元々力の差が有る人間に対して搦め手を使うとか、魔族の風上にも置けない。エレノアだったよね?一度ボコボコにして、あれだったら消し炭に変えてしまうのも……!」


 ミーシャは憤慨した。エレノアという魔族を自分と重ねていただけに、もっと許せなかった。この卑怯さはイミーナに通ずるものがある。エレノアにはキツイお仕置きをする必要があるとミーシャは感じていた。


「うむ、エレノアのした事は到底許される事では無い。儂らの信頼を踏みにじり、仲間を死に追いやったのだからのぅ。流石のブレイブも往生しておった」


「最悪ですね……」


 ポツリとブレイドは漏らした。


「ちょっと待ってくださいまし。ここにいるブレイドを授かった二人が、このままじゃ何か起きる前に破局しそうなんですけど!?お爺様の記憶が色々混じって曖昧な感じになっているのではございませんの?!」


 横から口を挟んだのはデュラハン姉妹の五女カイラ。テンションの振れ幅の大きい彼女は声を抑える事をせず、二人の関係を大声で指摘する。周りは「うるさい」とも思ったが、カイラの指摘はもっともだ。このままでは、嫌がるブレイブを無理やり押し倒し、強姦された結果ブレイドを授かったという無茶苦茶な展開になり得る。


「儂は今や生き物では無いでな、ボケる事はないのじゃ。故にこの記憶は正確なのじゃよ」


 今やただの魔力装置と化したアスロンは、掴む事の出来ない影の存在。記憶の抽出と新しい記憶の記録が可能となった不死の存在。平たく言えば機械なので生き物とは一線を画す。


「それは分かってるさ。問題なのはどう切り抜けたかだ。エレノアが敵で、ブレイブとアスロンさんが囚われて(ひざまず)く。もう死ぬだけだろ……」


 ラルフは自分だったらと妄想する。百回やって、いや一万回やっても切り抜けられないだろう。


「それこそ誰かの横槍でもなければ……」


 そこでハッとする。そう、横槍があったのだ。それも侵入者二人を無視してまで対処するべき大きな横槍。


「ご明察じゃ。後は処刑されるだけの状態。奴らに人を捕縛して交渉に持ち込む様な大きなメリットは無い。そんな事するくらいなら、総攻撃をかけて儂らを寄越した敵を全力で潰しに行く事じゃろう。じゃがそうはならんかった。沙汰が下ると思われたその時、動いたのは他ならぬエレノアじゃった……」

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