第八話 選別
世界の最果て「ヲルト大陸」暗闇を絵に描いたような風景。影の集合体。日光が当たらないほど黒雲が大陸を覆い、闇が蠢く。
その場所を監視する為に建てられた監視塔に集まったブレイブ達は、次なる使命の為に日々を過ごしていた。ブレイブ、アスロン、ベリア、オリバー、イーリス、そしてソフィー。六人は誰一人欠ける事なくその身を研ぎ澄ませる。その理由は倒すべき敵にある。
第一魔王”黒雲”。黒の円卓を創設した一柱と言われる魔王。人魔大戦という最悪の大戦争を引き起こした張本人のくせに、他の魔族や魔王に戦いを任せてヲルト大陸に引きこもった卑怯者。十二柱いると言われている魔王の一柱を潰した所で、次の魔王が出てくるだけだろうが、人類の勝利に確実に前進する。
『……海王との交渉で、ようやく話がついた。明日の日の出と共にマーマン達が操る船で海を渡り、ヲルトへ上陸してもらう』
監視塔に設置されている大きな通信装置に映し出された公爵は言い放つ。
「……来たか、この日が……」
オリバーはポツリと呟く。
「ッタク、待チ草臥レタゼ。マーマンノ臆病者共ノセイデ体ガ鈍ッチマッタ」
ベリアはパンッと掌に拳を打ち付けて闘争心剥き出しといった雰囲気を醸し出す。イーリスは公爵の顔を眺めながら黙って様子を見ている。ソフィーは愛用の杖を握りしめてカタカタと震える。アスロンはソフィーに落ち着くようにそっと杖を握った。ハッとして顔を上げるとアスロンは微笑みかける。不安を感じていた自分を奮い立たせる様に彼女は大きく深呼吸した。全員が覚悟を決めていく中にあってブレイブが質問する。
「マクマインよぉ、ちょっといいか?黒雲は誰も見た事の無い正体不明の魔王だ。もしそれっぽいのを倒しても魔王じゃ無い可能性だって十分ありうる。俺達には見破る事が出来ないんだから逃げられてても分かんねぇんだぞ?その上、ヲルトは魔族の本拠地と来ている。この戦い……無謀じゃねぇか?」
それは公爵の、ひいては”王の集い”の決定に異を唱える質問だった。ここに来て、ここまで来て、最も公爵に忠実だった男の突然の反発。
『……ああ、無謀そのものだ。だがその無謀を飲み込んで今日まで貴殿らは戦ってきたはずだ。それにこう言っては何だが、準備を整えていた私に催促したのは貴殿ではなかったかな?……ブレイブよ、まさか今更日和ったとでも言うつもりかね?』
ブレイブはため息混じりに俯いた。
「戦いは怖いよ……「死んじまうんじゃねぇか?」っていつも不安に思ってる。でもな、今回の戦いは「死んじまうんじゃねぇか」ってレベルじゃねぇ、死ぬんだよ」
ブレイブの鋭い目は公爵を射抜く。
「生きて帰れる可能性なんてねぇ。さらに隠密行動の為に軍団も連れて行けないんだぞ。何で直訴までしてこの場を設けたと思う?お前じゃなきゃ止められないからだ。今からでも遅くねぇ、王の集いに連絡してこの作戦を取り下げてくれないか?」
「オ前、突然何言イ出シヤガル!!」
ベリアはブレイブの胸倉を掴み上げる。その力は凄まじく、いとも簡単に地面から足が離れた。ブレイブの鍛え上げられた体もこの腕の前には形無しだ。
「コノ日ノ為ニ戦ッテ来タ筈ダ!オ前モ、俺達モ!!ココマデ来テ投ゲ出ス何テ、ソンナノ絶対有リ得ナイダロ!?」
「この手を離せベリア。お前が俺に対してどう思っているのか知らねぇが、俺には死ねない理由がある。お前がどこぞでくたばるのは勝手だが、俺を巻き込むんじゃねぇよ」
「ナ……オ前……!?今ココデ殺シテヤロウカ!!」
グアッともう一方の手を振り上げる。しかし、その動きを制止する様にイーリスの槍がベリアの鼻先に突きつけられる。槍の穂先の鋭利な煌めきに動きを止めた。
「二人共止めい!!公爵の前で不敬じゃぞ!!」
「そ、そうですよ!け、喧嘩は駄目です!」
アスロンとソフィーは二人を叱責する。オリバーは静観を決め込み、成り行きを見守った。
『……もう良い』
公爵も頭を抱えて言い放った。
『見損なったぞブレイブ。貴殿の為を思って尽くしてきた私の気持ちを踏みにじるとはな……これより貴殿の任を解く。何処へなりとも行くが良い。しかし、イルレアンの地を踏む事は許さん。もし侵入すれば引っ捕らえて私の眼前で処刑する。……アスロン、今後は貴殿がこのチームを率いよ。異論は無いな?』
アスロンは一も二もなく頭を下げた。ベリアはブレイブの胸倉を投げる様に放すと、ブスッとして腕を組んだ。他も特に声を上げる事も無い。ブレイブも黙っている。
『……期待している。話は以上だ』
公爵を映し出した光は乱れる様に消えた。室内には静けさだけが残った。最初に口を開いたのはイーリスだ。
「で?どーすんの?」
主にブレイブに放たれた言葉だが、チーム全員に刺さる言葉だった。
「ど、どうって……ブレイブさん……」
ソフィーは悲しそうな目を向ける。
「ん?そりゃ決まってる。解散だよ」
ブレイブは腰に手を当てながら鼻を鳴らした。
「冷静になって考えれば誰しもが分かる事だ。誰からの横槍も入れられず、孤立した魔王に人類総出で戦うならいざ知らず、黒の円卓のまとめ役をこの六人で倒すだって?頭が可笑しいとしか言い様が無いだろ?」
「……ソレニ何ノ疑問モ抱カセナイ様ニシテイタノハ、オ前ジャナカッタカ?今更御託ヲ並ベルナ ブレイブ!」
「おう、良い事言うねぇ。その通り、俺は勝手にお前らの命を使い捨てにしようとしていた。でも、だからこそみんなの目を覚ましてやったんだ。優しいだろ?俺はな、無意味な戦いに疲れてたお前らの意見をまとめて公爵に届けただけだ。何度でも言う、この戦いは無意味だ。ヲルト?はんっ!内通者でも居なけりゃ侵入も出来ねぇさ」
オリバーは目を細めた。イーリスはフッと上を向いてフンッと鼻を鳴らした。
「あーあ、私も見損なっちゃったなぁ。せっかくヒューマンを見直してたってのに残念だよ。じゃね、ブレイブ」
手を振りながら部屋から出て行った。
「あ、イーリスさん……」
ソフィーはイーリスを追う様に出入り口に向かう。
「待った。ソフィーはどうするんだ?まさか明日行こうってんじゃ無いよな?」
ブレイブの質問に足を止める。
「……い、行きます。私は不器用で、取り柄なんてあんまり無いですけど……」
クルッと振り返り、ブレイブを見据える。
「これだけは最後まで投げ出さずに頑張ります」
決意に満ちた表情を見せて、そのまま退室した。オリバーはそれに続いて何も言わずに出て行く。残ったのは三人。ベリアが口を開く。
「聞イタカヨ。アノ ソフィー ガ立派ニナッタモンダヨナ。ソレニ引キ換エ、オ前ッテ奴ハ……イヤ、モウ何モ言ウマイ。言ウ気ガ失セタ」
のっしのっしと出入り口に向かって歩く。ドアノブに手をかけると、肩越しにブレイブを見る。
「最後ニ一言ダケ、オ前ノ言葉ヲソックリ返スゼ……オ前ガ何処ゾデ クタバルノハ勝手ダガ、俺ヲ巻キ込ムンジャネェヨ」
ベリアはその言葉を残して部屋から出て行った。残されたアスロンとブレイブ。全員が部屋を離れて十分な時間が経過した頃、アスロンが尋ねる。
「……本当にこれで良かったのか?そなたが皆の恨みを一身に背負うなど……儂には耐えられん……」
「……ありがとうなアスロン。けど俺がさっき言ったのは本気で思っている事さ。生き残る可能性があるなら俺もそれに賭ける。そうやって部下の命を預かってた……でもな、可能性の絶たれた場所に行かせるなんて俺には耐えられないんだ」
ブレイブは右の掌を見る。
「この一年と半年、一緒に戦ってきた。時には喧嘩もしたし、いがみ合ったりもしたさ。そうやって俺達は仲間として結束を固めて来たんだ。だからあいつらだけは絶対に死なせたりしない。この命に代えても……」
ギュッと握って拳を作る。それはブレイブの決意の現れだった。
「……儂はそなたに着いて行くぞ」
「おいおい、そうはいかねぇよ。アイナはどうする?あんたには家族が居るんだぜ?」
「はっは、あの子はもう大人じゃ、儂がおらんでもどうにでもなるわい。むしろアイナはそなたの方じゃろ?儂はそなたらを応援しとるんじゃぞ?」
「俺みたいな甲斐性無しが一緒になったら苦労するって。それはともかくとして、魔王との戦いの前に生きて帰れるなんて思えないだろ?俺も陰ながらアイナの幸せを願うのみだ」
達観した考えに、それ以上の言葉は無粋に感じた。アスロンは静かに笑って目を瞑る。
「しっかしマクマインの奴も中々の演技だったよな。やっぱ腹芸が出来る奴は違うってもんだ」
「うむ、ブレイブに比べれば雲泥の差よな」
「えー、ひっでぇな。そんなに演技下手だった?」
「下手というより違和感がのぅ。今まで戦う事に実直だった男が、突然信念を曲げればどう思われるか……」
「あー……そう見たら確かになぁ……」
二人はこれが最後かの様に話し合う。ヲルト大陸に入ればもう会話など楽しめないだろうから。
「……んじゃ、そろそろ行きますか。早くしないとエレノアが痺れを切らして帰っちまう」
「それもそうじゃな」
二人はようやく部屋から出る。
「私も行こう」
部屋から出た二人を待ち構えていたのはオリバー。一度離れてから部屋の前に待機していた様だ。
「は?ちょ……聞いてたのかよ……」
「貴様が零した”内通者”という言葉で理解した。貴様らの話など聞くまでも無い」
「……さいですか」
「まぁしょうがないのぅ。ここで断る訳にもいかん。早く行こうぞ」
思わぬ所で三人となり、エレノアとの約束の地に向かう。誰にも見られない様にそそくさとやってくると、エレノアの側にイーリスが待ち構えていた。
「イーリス……お前もか……」
「まぁね。あんたの考えなんてお見通しよ」
「あと二人まで来てねぇだろうなぁ……」
キョロキョロ見渡して二人がいない事を確認すると、ため息を吐いた。
「ここから先は命の保証はないぜ?マジで着いてくる気かよ」
「格好つけないでよ。私という最大戦力を抜いてまで戦うなんてそれこそ無謀でしょうが」
「そうだな、それに二人は助かる。貴様の努力は無駄では無い」
ブレイブ達四人はお互いを見て照れ臭そうにしている。特にアスロンは一番嬉しそうだった。
「……終わったぁ?」
エレノアはそんな四人に声をかける。
「ああ、すまない。頼むぜ、ヲルト大陸への案内」
「うん」
四人とエレノアはマーマンが船を出す港に行く。既に用意されていた船に乗り込むと、すぐさま出航した。ベリアとソフィーを残して。




