第七話 質問攻め
「エレノア……」
当時の事を聞いてブレイドはその名を復唱する。話を聞けばそれが誰かは大体察しが付く。
「……母親の名前か?」
ラルフはブレイドの雰囲気を確認した後、アスロンに確認する。それに対してもアスロンは黙って頷いた。
「あり得ませんわ」
メラは腕を組みながらピシャリと否定する。
「だってエレノア様は黒雲様の秘蔵っ子ですのよ?ヒューマンとの婚姻を認める筈ありません」
それはそうだろう。常識で考えれば魔族と人族が一緒になるなど考慮に値しない。しかし、だとするなら半人半魔という呼び名もブレイドもこの世に存在していないだろう。だがそんな事など些細な問題だ。メラのこのセリフは食卓の空気を一変させる。
「黒雲の娘!?」
その驚きは当然の事だ。
「いずれ何らかの形で因縁の話があるだろうとは思ったけど、まさかこんなに早く……」
ラルフが目を丸くして頭の中で情報を整理している。ミーシャは顎に人差し指を当てて考えるように瞳を上に向けた。
「エレノア……どんな子?ヲルト大陸には何度か行ったけど、それらしい子は見なかったような……」
「灰燼ノ記憶を漁って分かっタノですが、どうやらかなりノ面倒臭がりで、公に出ル事を極端に嫌う女だそうです。灰燼も数度見タかどうか、という所です」
ベルフィアはこめかみを触りながら取り込んだ灰燼の記憶を辿る。
「……それから、アスロンノ言う通り浅黒い肌に銀髪が特徴ノ魔族でございます」
「ふーん」
ミーシャは想像の中で自分と照らし合わせ、金髪の自分の髪色を銀に染め上げてみる。結構似合うかもしれないと密かに思った。
「あの子は魔王ですら謎めいた存在じゃったと言うのか?それは意外な事じゃのぅ。これほど横との繋がりが薄かったのであれば、もう少し大胆に動いておけば良かったわい」
ブレイブ達との戦いの日々を思い出しながら悔しげに語る。
「彼女は儂らの前に何度も姿を現しておる。ヴォルケイン国の戦い以降も何度か魔族と戦っているが、その度に顔を出している。じゃが、積極的に戦いに参加したのは最初だけ。儂らを知りたいと訪ねて来た事もあって、幾らか話もしたものじゃ」
*
「人が知りたい?」
その言葉にエレノアは頷いた。ブレイブとアスロンの前に唐突に現れたエレノアに、ブレイブはどうしたものかと困った顔を見せる。
「……父様は人族を心底恨んでる。人族は魔族にとって必要のないものだとねぇ……小さな頃から教え込まれてきたけどぉ、本当にそうなのか確かめたくなったの」
「俺らの宿に窓から侵入してまで殺しに来たのかと思えば、突然難しい事を聞くよなぁ。まぁ座れよ」
ブレイブは来客用の椅子を一つ出した。エレノアは用意された椅子に何の疑問もなく座った。アスロンは小声で耳打ちする。
「おいおい、良いのか?これでは人里に魔族を連れ込んだみたいになってしまうが……」
「オリバーとイーリスが気づかない訳が無い。あいつらが通したって事は危険は無いと感じたんだろう。俺はあいつらを信じるさ……。エレノア、お茶いるか?」
ブレイブは部屋に備え付けられたカップを一つ取り出す。
「……お茶ってぇ?」
「アスロンが四種類の薬草を乾燥させて作った体に良い飲み物だ。美味いぞ?」
宿から水差しの容器を別に借りてお湯出ししたお茶は、良い香りを漂わせている。エレノアは「……頂戴」と一言。ブレイブはお茶を淹れてエレノアに手渡した。彼女はジッとカップの中身を確認し、警戒無く啜った。
「おお、敵の淹れた飲み物を躊躇なく飲むとは不用心じゃな。毒でも入っとるとは思わんのか?」
「んぅ?……入ってるのぉ?」
そんな事をすると露ほども思っていない素振りにアスロンは苦笑いする。
「アスロンの小粋なジョークだよ。魔族も冗談の一つや二つ言うと思うが、人だって同じなんだぜ?」
ブレイブはエレノアの向かいに座る。金色の瞳を覗き込むと、縦長の瞳孔がブレイブの虚像を飲み込むように少し開いた。
「人を知りたいって言ったよな。残念ながら俺達も深い所までは良く知らない。俺たちの知る限りでしか答えられないが、良かったら何でも質問してくれ」
エレノアはカップをすぐ側の机に置くとブレイブを見据えた。
「……人はぁ、どうして戦うの?」
「そりゃもちろん生きる為だ」
「……私達に比べて明らかに弱く、明らかに寿命が短いのにぃ?」
「そうだ。魔族に比べれば明らかに弱く、短い命。それでもその短い時間の中で何を成し、どう終わるのか。自分の一生を振り返った時に、他人から見れば無様だったとしても、最後にはこれで良かったと思える日が必ず来る。それを信じて進むのが俺達だ」
「へぇ……でも意味ないよねぇ。だって私達から領地を勝ち取ってもぉ、勝ち取った人はすぐ死んじゃうんだもん。頑張り損の草臥儲けじゃ無いのぉ?」
「ふふ……」とにこやかに笑い、ブレイブはアスロンを見る。「うむ」と一つ頷くとアスロンが口を開く。
「生き物は寿命の短い順に反比例して子を成す数が多くなる。魔族に比べ、繁殖能力が高い儂ら人族は次世代に継がせる事を考えておる。勝ち取った者が死んでも、勝ち取った領地や物資は子供達に還元されておるのじゃ。つまりは魔王が何百年と交代しない魔族事情に比べ、人族は短い生涯に自分の子供達の為に戦い、時には奪い、定着する。魔族とて生き物。子供に対するその気持ちは我らと同じでは?」
「……うーん。親になった事が無いから分かんないなぁ。でもぉ、言いたい事は分かるよぉ。父様が私を見る時の目は、なんていうか優しいし。そういえば、もうかなり老けてるけどあなたは親なの?」
アスロンは真っ直ぐに老けている事を指摘され困惑気味に頷いた。
「老け……う、うむ。国に娘がおるでな。儂は父親じゃぞ」
「はは、何気にしてんだよ。いつもは年の功とか言って年上アピールとかしてんのに」
「そ、それを言うで無い……」
アスロンはバツが悪そうにそっぽを向いた。
「……ブレイブは?」
「ん?」
「ブレイブは番いが居るのぉ?」
聞き慣れない言葉に一瞬疑問符が浮かぶが、すぐその意味に気付く。
「あ、えっと……俺はまだ結婚してないよ。そうなって欲しい人はいるけど、まだそんな関係じゃ無いし……」
「ふーん、なって欲しいねぇ……願望であって、居ないって事だよね」
「ああ、まぁ……この話は止そう。すごく繊細な話だしさ……」
母国に待つアイナの事を思うと寂しくなる。正直な話、心の底から生きて帰れるとは思ってはいない。今の所は魔族に勝っているが、いつ命を落とすか分からない。エレノアクラスの魔族が出てくれば、為す術なく死ぬ可能性の方が高い。勝てそうも無い魔族とこうして話している事が奇跡だ。
「……ねぇ、魔族と人って子供が出来るのかなぁ」
「ん?そりゃあ……出来るんじゃねぇかな?」
ブレイブはアスロンを見る。
「うむ。魔族と人の子を半人半魔と言って、子を成した前例はある。しかし魔族にも人にもなれん半端な存在に生きる場所は無い。全て幼い頃に殺されて成人を迎えたものはいないがのぅ」
「ふーん、種族も寿命も違うのに子供は出来るんだぁ……」
エレノアは机の上のカップを手に取るとグイッと呷った。お茶を飲み干すと、スッと立ち上がって窓に移動する。
「……もういいのか?」
ブレイブは背を向けるエレノアに尋ねる。エレノアは肩越しにブレイブを見る。
「……ねぇ、いがみ合っている二つの種族はさぁ……仲良くなれると思う?」
「それが出来れば、この人魔大戦を終息させる事が出来る。なれたら良いなと思うよ」
ブレイブの言葉にため息が混じる。当然だ。長い長い歴史の中、どちらも死に過ぎた。今更手を取り合って仲良くなりましょうは、どちらにとっても虫が良すぎる。エレノアは振り返ってブレイブを見た。
「……じゃあ、どうしたら良いか一緒に考えましょう。ね、ブレイブ」
ニコッと笑って窓から出て行った。質問をするだけして、勝手に満足して帰っていった。実に迷惑な話だと思えるが、その表情、雰囲気、優しい瞳にブレイブはエレノアに惹かれていた。
「人の事が知りたい、か……どういう風の吹き回しじゃろうなぁ。最初こそイーリスを傷付けたが、それ以降戦場に出ても戦おうとせんし、いつも観察だけしとる彼女が、今日は人族の領域に単独で侵入。かと思えばこの戦争の終息を宣う。何というか気まぐれが過ぎる。ブレイブ、彼女は危険ではないかのぅ」
「……隠し事が出来ないほど真っ直ぐな性格で好感が持てる。今まであった事が無いほど裏表がなくて素直な女性だ。でも真っ直ぐ過ぎる……ああ、そうだな。アスロンの言う通り危険だ」
部屋の前で一から全部聞いていたオリバーは、ブレイブの結論を聞き「フッ」と鼻で笑って扉から離れた。
「ちょっと」
オリバーは自分の部屋に入る前にイーリスに呼び止められる。
「結局どうなったの?」
「……心配ない、二人とも無事だ。俺達のやる事も変わらん。もう遅いからお前も休め」
「何それ?……ったく、おやすみ」
イーリスは何が何だかという感じだったが、オリバーは肝心の内容を喋ったりしない事を思い出し、諦めて扉を閉めた。
(今度から私が聞き耳を立てよっと……)
オリバーを泳がせても情報は入ってはこない。ならば自分が動くのが一番。イーリスはベッドに潜り込む。すぐ側にあるもう一つのベッドでスースー幸せそうに寝ているソフィーを見て心を和ませる。女同士という事もあって最初に比べたら結構仲良くなった。エレノアの訪問が気になって寝付けなかったが為に、ソフィーを見て緊張の糸が切れると直ぐにウトウトし始めた。
……バンッ……「……オイ!サッキ魔族ガ来テナカッタカ!?」
廊下に響く扉の開閉音とベリアの声。ビクッとなって、せっかくウトウトしていた幸せの時間を邪魔される。バタバタ聞こえる外の音に苛立ちを覚えながら布団を頭に被った。
「全くもう……男ってのはいつもいつも……」
ブレイブ達の旅はもう直ぐ一年を迎える。この後も戦いは続き、終わりの来ない戦いはチームの心を次第に蝕んでいく。痺れを切らしたチームメンバーは公爵に直訴し、とうとう魔族の領地「ヲルト大陸」へと足を踏み入れる。




