第六話 女魔族
突如ブレイブ達の前に現れた銀髪の女魔族は、さっきまで寝ていたような気怠い雰囲気を出しながら部下であるデーモンに尋ねる。
「なぁにこれぇ……?ねぇ、どういう状況ぉ?」
「……も、申し訳御座いません!我々が付いていながらこの様な……」
ボンッ
謝罪していたデーモンの頭が跡形もなく消えて無くなった。手から放たれた魔力により消し飛んだ事は何となく分かったが、どんな魔法を使ったのかはまるで知覚出来なかった。単なる魔力弾の可能性もあるが、煙の出方なんかを見れば炎系の魔法だろうと推察できる。女魔族はキョロキョロして別の部下を探す。
「ねぇ、どういう状況?」
他のデーモンに尋ねた。もう失敗は出来ない。
「はっ……人族の国に攻め入る最中、反撃を食らいました。地上を攻めていた我らの軍は壊滅し、現在の状況に……」
「そぅ……」
自分から聞いたと言うのに無関心に返答する。敵の状況を確認する為にキョロキョロ見渡した。制空権を持つのが一人、それ以外は下で這い蹲る虫の様なものだ。
「うん……バードが一人いるけどぉ、他の飛んでるのはあれ以外全部落としたの?」
「い、いえ……バードは一体でして……」
「そんなに強いの?」
「強いと言うか……いえ、強いです」
部下の煮え切らない感じに不審がって目を向ける。
「……何それぇ?」
その瞬間をオリバーは見逃さない。意識が切れた瞬間を狙って弓矢を飛ばした。ヒュンッと派手さも無く、ただ風を切る音だけが女魔族に飛ぶ。胴を射抜くかと思われたその時、フッと矢が消える。いつの間にか右手でキャッチしていた。女魔族は矢の先の鋭利さを確認しながら一つ頷いた。
「なるほどぉ、援護射撃かぁ……あんな所から正確に、これだけの威力で飛んで来ればインプなんて一溜まりも無いねぇ。あなた達がこれでどうにかなるとは到底思えないけどねぇ」
ぐりっと指の腹で先端を擦ると、さっきまであった針の様な鋭利さは無くなった。興味なげに矢をポイ捨てすると、バードに向き直る。
「異様だよねぇ。下はわんさといるのに、上は一人だなんてさぁ。援護射撃があったからって打開しきれるレベルじゃ無いと思うのは私だけぇ?」
イーリスはそれを聞いて、槍を手の中でクルリと回しながら返答する。
「誰だか知らないけど戦力が知りたいなら掛かってくれば?その疑問も一発で解消されると思うけど?」
「へぇ、自信あるんだぁ。私も強いから、ちょっと遊ぼっかぁ」
スッと足を曲げると空間を蹴ってイーリスに飛び込んだ。突然の接近に一瞬焦るも、経験豊富なイーリスに死角はない。その突撃に合わせて槍を振った。
ブォンッ
豪快に空気の切り裂く音が鳴る。つまり柄の部分にすら当たってないという事。
「!?」
確かに目の前まで接近していたはず。雨粒すら正確に槍で突けると言われるイーリスの動体視力を超える動き。
「後ろだ!!」
ブレイブが下から叫ぶ。その声にハッとして振り向き様に、槍を横薙ぎに振るう。硬いが柔軟な金属は、撓りながら後ろに居るであろう敵を襲う。当たれば無事に済まない一撃だが、軽く脇に挟み止められた。
「ネタばらしなんて酷いなぁ、せっかく二人で遊んでるのにぃ……」
「チッ……!」
戦いを遊びと称する傲慢。攻撃が止められたのも相まってイーリスの額に青筋が立つ。
「なぁに?怒ったのぉ?怖い顔したらやだよぉ」
イーリスは腰を切りながら槍を離させようと一気に引く。その思惑が外れて、すぐ目の前まで女魔族が引き寄せられた。目と鼻の先まで来た女魔族。
「このっ……!!」
顔面を殴ろうと右拳を振るった瞬間、ドボッとイーリスが先に腹を殴られた。
「かはっ……」
体がくの字に曲がる程の一撃に耐えかねて、四六時中肌身離さず持っていた槍から手を離した。それだけならまだ良かったのに、受けたこともない威力だったのか、気絶して力無く空から自由落下し始めた。一同騒然の展開。
「一発……だけだよ?」
女魔族は殴った左手をチラッと見てため息を吐いた。
「はぁ……こんなもんかぁ。期待してたんだけどなぁ……あっ、これ。忘れ物だよ」
槍をイーリスに向かって投げる。その槍は落下スピードを超える勢いで、イーリスの羽に突き刺さった。勢いが良かったのか、槍が刺さったと同時にクルクル横回転しながらの落下になった。
「イーリス!!」
ブレイブが叫ぶも、意識の無いイーリスが答えられる訳もなく。仮に意識があっても羽を一つ失った彼女は、空にいる権利を剥奪されたも同然。真っ逆さまに落ちる。地面まで残りわずかとなった空中で、横から飛んで来たベリアに受け止められた。
ズンッ
豪快に地面に着地したベリアの腕の中にはダラリと力無く埋もれるイーリスの姿があった。ベリアは考える事無く駆け出し、ソフィーの所に急いで運ぶ。
「退ケ退ケー!!オラ!邪魔ダァッ!!」
腹に攻撃された一撃だろうが、羽に穴が開いてようが、回復魔法は傷を癒して体力の回復までさせる。ソフィーは人間最高峰の回復能力の持ち主。死ぬ以前ならあっという間に元通りだろう。その光景を目で追っていた女魔族は、興味を失ったのか何処かに去ろうと踵を返した。
「待ちやがれ!!」
地上から聞こえる男の声に気付いて、女魔族は地上を見た。
「降りて来い!!俺と勝負しろ!!」
ブレイブが吠える。制空権も持たない雑魚。「わざわざ目線を下げるような真似をするのは愚者のやる事だ」「自分は誇りある魔族、こんな奴を相手にする義理は無い」など、女魔族は心の中で御託を並べたが、結局単に面倒だったので無視する事にしたのだ。どうも冷めきっている。その僅かな感情の機微に気付いたブレイブは、また声を上げた。
「おいおい!マジかよ降参か?!こんだけこっぴどくやられて恥ずかしくねぇのか!?ま、しょうがねぇか?!俺らに一方的にやられたし!お前に勝ち目なんて無いもんなぁ!!」
大声で挑発するブレイブ。女魔族は呆れたように肩を竦めると、フッと力を抜いて自由落下し始めた。イーリスはベリアに抱き止められて事無きを得たが、女魔族を助けようとする動きは無い。当然必要ないからだ。フワァッと地面スレスレで静止すると、直立してブレイブに向き直った。
「口の減らないヒューマンだなぁ。あの子を見てもまだ戦いを挑むのは、ひょっとして自殺願望とかあったりするぅ?」
女魔族は心底面倒臭そうにブレイブを見ながらため息を吐いた。
「無いさ。お前を倒して未来を掴むのが俺に与えられた使命だ」
「勝つ気でいるのぉ?無理だよぉ、私とじゃ差があり過ぎるもん」
(そんな事……言われなくても分かっているさ……)
ブレイブは剣を正眼に構えて呼吸を整える。自分より強い敵を前にした時、必ず行うブレイブのルーティーン。剣を視線の前に出し、相手の体が半分に切れたと想像する。絶対に勝つと心に誓う、戦いのスイッチ。
「俺の名前はブレイブ。お前は?」
「なんで知りたいの?戦わなくてもすぐ死んじゃうような脆弱な生き物のくせに」
「言うだろ?人生は太く短くってな。お前らにとって吹いて飛んでいくような儚い時間でも、俺たちにとっては貴重で重要で、価値ある時間だ。だからこそ名前を知りたいと思うし、生きる事に誇りを持っている。逆に質問だが、長く生きている強大なお前には矜持はあるのか?」
気怠そうにしていた女魔族の瞳に光が灯る。
「矜持……矜持かぁ……私の名前はエレノア。挑発したヒューマンを全力で叩き潰すのを目的で動いてまぁす」
ニッと微かに笑いながらブレイブを見る。その後すぐに無表情に変わり、追加で声を出す。
「けどまぁ、矜持と言われると困っちゃうなぁ……私そういう話題は提示された事なかったしぃ……」
「うーん」と悩むエレノア。腕を組んで目を瞑り、隙だらけを演出する。側から見れば、見た通り隙だらけの彼女だが、その実、カウンターを隠し持っている。イーリスの失態を見て同じように突っ込む馬鹿はここにはいないだろう。
「うん……次までに答え出すよ」
そう言うとクルッと踵を返した。
「は?何のつもりだ?」
「なんかぁ、答えられないのが気持ち悪いから、帰ってまとめて来る」
「何だと?」
突飛な返答に目を丸くする。
「お、お前が一旦考えて答えを出す頃には、俺はどっかに消えちまっているかもしんねーぞ?」
「探すから良いよ。好きな所に行き、好きな事をしてなよ。じゃあねブレイブ」
「……ああ、じゃあなエレノア」
示し合わせたかのように二人は見つめ合い、エレノアは飛び立った。制空権を持つのはイーリスだけ、故に誰も追いかける事は出来ない。デーモンもこれ以上の戦いを避け、エレノアの後を追った。
チームで戦った最初の戦闘は白星を飾る。だが、エレノアが自ら去るという気まぐれを引き出したからこその勝利。地上戦、空中戦ともに快勝と言って良い戦績だが、イーリスの件があったので気持ち良く圧勝とはいかない。
「エレノア……一体何者なんだ……」
その呟きは誰にも聞かれる事なく空中に霧散する。この出会いが彼の人生を大きく狂わせる事になるとは、分かろうはずも無く。ブレイブはともかくヴォルケインの兵士を見て勝鬨を上げた。




