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第五話 各々の実力

 兵士の陣形の合間を縫って一人の巨漢が飛び出した。向かってくる魔族の圧などものともせず、たった一人で突っ込んでいく。


「オオォォオ!!」


 クリムゾンテールの怪力男、ベリアは巨体に見合わぬ俊敏さで一気に距離を詰める。ヴォルケインの兵士達も閧の声を上げ、ブレイブを筆頭に走り出した。人類の突撃をその目で確認した魔族達も(いき)り立ち、即座に走り出した。

 特に前に出たのは魔獣人だ。アニマンは魔獣人にとって対の存在であり、目の敵にしている。ベリアを認識した為に陣形を無視して飛び出したと見るのが妥当だ。元より魔族に作戦などないのかも知れないが。


「フハハ!掛カッテ来イ雑魚共!!蹴散ラシテクレル!!」


 牙や爪を剥き出しに襲い掛かってくる魔獣人を前にベリアは腰を落として急ブレーキを掛けた。ザザザ……と地面が抉れ、足を擦った跡を付けると、両腕を大きく振り上げ「ガキィンッ」と拳同士を打ち付けた。金属同士を打ち付けた様な甲高い音が鳴り響く。毛と肉に包まれた骨では考えられない音だ。例え剥き出しの骨同士であっても、この様な硬質な音は出まい。そんな虚仮威(こけおど)しに屈せず、猫科の動物であろう魔獣人は生き物の急所である首に噛み付いた。


 ガキィッ


 硬い。本来柔らかいはずの喉。牙が欠けるほど硬質な皮膚に、魔獣人は堪らず口を離した。幾度の鍛錬を越えた先に存在し、皮膚を鋼とする唯一無二の盾”百連成鋼(ひゃくれんせいこう)”。武道を極めんとする者が、その道で達人と呼ばれる領域に足を踏み入れて、ようやく手にする力。ベリアは己の五体を鋼に変えて攻撃を可能とする技術を身に付けていた。


「馬鹿メ!!」


 ガシッと魔獣人の頭を鷲掴みにして、体重を物ともしない力で地面に叩き付けた。パギャッという音がして、一匹の魔獣人の命が断たれた。だが、興奮した魔族達はこの程度で止まりはしない。後から後からベリアに向かって飛び掛かる。


「噴ッ!!」


 拳をハンマーの様に振り下ろし、肩を抉る。魔獣人はベリアの唸る拳を掻い潜りながらカウンターを仕掛けるも、その鋼の皮膚に勝る攻撃など出来るはずも無く、為す術もない。と、ようやく後ろからノロマなオークが到着した。


「ぶおおぉぉっ!!」


 オークはベリアと同じくらい太い筋肉質な腕を振るって、手に持った棍棒を頭に振り下ろした。


 ベギンッ


 頭に振り下ろした棍棒が真ん中からへし折れる。と同時にオークの顔面にベリアの拳が突き刺さった。顔をぶっ潰しながらベリアは吠える。


「コンナモンカ オラァァァアッ!!!」


 タンクの役目を立派に勤めるベリア。そこにインプとデーモンの制空権を持った連中もベリアに狙いを定めた。ベリアは地上戦しか出来ず、羽虫が飛べば無駄な体力を使う事になりかねない。しかしそれこそが狙い。オリバーは長弓に矢を番え、力一杯引き絞るとすぐさま放った。狙いを定めたかどうかも怪しい撃ち方だったが、矢は吸い込まれる様にインプを三匹撃ち落とした。それも一本の矢で。


「へぇ……やるじゃん」


 イーリスは羽を広げて風を掴む。一気に上昇しながら見たオリバーの射撃に感心し、ニヤリと笑った。


「あたしも負けてらんない……な!」


 ギュオッと空中で回転を加えながら敵に突進する。槍を前に構え、羽を折り畳み、回りながら落ちて来る。その姿はまるで弾丸。流星の如く凄まじいスピードでデーモンの胸部に突き刺さった。回転の加わった槍に全体重が乗っかり、抉り、貫く。それだけで終わってもデーモンは既に息絶えているのだが、それだけに収まらず、肉を抉り削る攻撃はデーモンの体を四方八方に爆散させた。戦車砲が直撃した様な一撃にデーモン達は驚き戸惑う。


「ヒュー……すげぇな」


 デーモンはここに集まっている魔族の中では一番上位の悪魔。純粋な力はオークに劣るも、制空権を持ち、常人を引き裂く腕力を持つ驚異の魔族だ。普通に戦えば勝ち目など無い。同じ制空権を持つバードも並の兵士なら返り討ちだろうが、イーリスは違う。一方的に引き裂いてしまった。

 自分達が狩る側だと信じて疑わない魔族達の心に焦りが生まれる。だが、興奮した魔物は御構い無しにヴォルケインの兵士とぶつかった。魔物は本能のままに攻撃して来る為に対処がしやすい。魔族より弱い種がほとんどなので、鍛えた人間ならほとんどの場合勝てる。今回の場合も同じで、鍛えてきた年月、仲間と連携してきた経験から、数の暴力に陣形で対抗出来た。下は乱戦状態だ。

 上空から見ればざわめく波のような光景が広がる。そんな密集した戦場に一筋の道がドンドン作られる。無骨なロングソードがキラキラと太陽を反射し、振り下ろす度に血しぶきが舞い上がる。明らかに他の兵士とは違う技量で突き進むその男は、黒曜騎士団の団長を務める騎士の中の騎士、ブレイブだ。


「退け退け!!ブレイブ様のお通りだぁ!!」


 飛び掛かる敵をいなし、致命打となりそうな攻撃を紙一重で避けながら、剣を振るう。その動きに隙は無く、その動きに無駄がない。魔獣人もその件に屠られ出した頃、オリバーが呟いた。


「……本当にヒューマンなのか?」


 インプやデーモンに矢を射る最中、ブレイブの猛攻を目で追う。オリバーの伝え聞いてきた常識とはかけ離れているが故の、当然の疑問だ。ヒューマンにはまるで特徴がない。エルフのような感覚器官も、バードのような空飛ぶ羽も、アニマンのような身体能力も無い。唯一、繁殖能力が優れているので、他の種族の中では圧倒的に人数が多い。数の暴力こそが武器であるはずだが、ブレイブはそんな常識を覆し、単騎で魔物や魔族の壁を切り開く。すぐ側で魔力を高めるアスロンが誇らしげに笑った。


「あれがブレイブという男じゃ」


「……ふっ、それもそうか。あれだけの度量を持つ男を常人と比べようなど浅はかだったと反省しよう」


 ビュンッ


 オリバーの弓矢は又しても吸い込まれるように敵を射抜いた。側から見ていても狙いを付けてないように見えるのに、まるで敵が自ら当たりに行っているように勘違いするレベルの見事な偏差撃ち。


「……貴様はどうかな?」


 その目はヒューマンを見下していた時とは違う、好奇心に満ちた目だった。


「はっは、失望はさせんぞ。少々手間取ったが、見せてやろう」


 アスロンは丁度組み上がった魔法に、さらなる魔力を注ぐ。と、アスロンの頭上に赤黒い球体が出現した。


「むっ……!?」


 オリバーはその禍々しさに警戒する。


「案ずることはない。この魔法が向けられるのは儂らに立ちはだかる敵のみよ」


 スッと球体に向けて手を挙げると、球体は内側から弾ける。ガシャァンッとガラスの割れるような、つんざく音と共に球体が弾け、破片が空中で静止する。球体の内部にあったと思われる光り輝く魔力の結晶が、レーザー光線のように乱戦状態の中に照射された。無数に照射されたレーザー光線の先にいたのは魔族達。ブレイブ達に当たらないように、わざわざ屈折したりしながら魔族をホーミングする。このレーザー光線はあくまで狙いを定めるだけの代物であって、これ自体に破壊力は無いようだ。


「なんだこの魔法は……?」


 回りくどい演出に混乱が隠せない。アスロンはその疑問を解消すべく、手を前に出した。


「行けぃ”闇の破片(シャードオブダーク)”よ、我が敵を討ち滅ぼせ」


 ボッ


 その言葉と共に発射された赤黒い破片は、照射されたレーザー光線の中を通って飛んでいく。魔族達の体にアスロンの魔法の欠片が侵入する。しかし入られただけであって痛くも痒くもない変な魔法に、魔族達は気に止める事もなく前方の敵に集中していた。


「……ふむ、行き渡ったかのぅ?」


 頃合いを見計らったアスロンは前に出した手と、もう片方の手を胸元に持って行きながら魔法を唱える。


「弾けぃ!バーストレイド!!」


 その詠唱と共にバッと両手を開く。それがこの魔法の軌道につながった。魔族の中に入った欠片は爆弾となり、体内をズタズタに引き裂いた。体内で弾けた赤黒い魔力の光が、体外に亀裂となって現れ、目に見える形でその効果を見せつけた。戦っていた兵士、運悪く魔物の牙にかかった兵士の前で、バタバタとその亡骸を晒す。

 あまりにも簡単に、あまりにも拍子抜けに乱戦を集結させた。何が起こったのか分からず、ただ呆然とポカンとする兵士達。それはブレイブもベリアも同じで、キョロキョロと敵の惨状を見渡していた。乱戦の中、味方を一切傷つける事なく敵だけを選別し、殺す魔法。


「あ、ありえない……」


 繊細というか、都合が良いというか。この反則級の技を出したアスロンは誇らしげに鼻を鳴らす。


「儂の開発した魔法でな。構築が大変じゃし、今回二度目の本番じゃったから緊張したわい。けど、やってやった」


「どうじゃ?」と言わんばかりのドヤ顔。認めるしかない。弓さえあれば何でも射抜ける自分も大概だと思っていたのに、そんなものより遥か高みの便利な男。


「すごーい!こんな魔法見た事ないです!」


 間抜けな声を出して感動しているのはソフィーだ。ブレイブの作戦で回復役に回った為に戦闘に参加していないものの、傷ついた兵士を完璧に治癒している。僧侶と言うだけあって回復魔法はお手の物だ。本当に厳選されたチームなのだと改めて思い知らされる。


「何ダ何ダ?モウ終ワリカ!?張リ合イノ無イ連中ダゼ!」


 あと残っているのは魔法に耐性のあったデーモンのみとなった。イーリスとオリバーの頑張りで数もかなり減っている。この六人がいなければあっという間に全滅だったであろう兵士達は皆一様に「勝てる」と意気込んだ。


「いや、まだだ」


 そんな気持ちに冷や水を浴びせるかの如き言葉。それを言い放ったのは上空を見上げるブレイブ。


「……なんですか?あれ」


 ソフィーもそれに気づいた。いつの間にいたのか、デーモンの間を縫って現れた魔族。その体は浅黒く、光り輝く銀髪を風に(なび)くままに任せた女性。雰囲気がそこら辺の魔族とは一線を画す。正にこの魔族軍の頭領と言うべき風貌だった。


「真打ち登場……ってか?」

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