第三十八話 無敵戦艦
白絶の幽霊船、白い珊瑚をぶち抜いた巨大な槍。海から現れた三又の槍は魚人族のものだとラルフは気付く。白絶もすぐさまラルフと同じくその存在に行き着いた。
「……チッ……マーマンだと?……何故……今……」
何というタイミングか。まるで領域魔法が消えるのを知っていたかの様な一撃に困惑を隠せない。今日一日でどれだけ驚かされるというのか。
深海から迫り上がってきたマーマンの秘密兵器が復讐すべき二つの勢力を捉えた。提灯の様な不思議な形をした巨大戦艦の内部は慌ただしい様相を呈している。
「巨大魔槍「ギガン・トライデント」、直撃しました!」
「第二、第三魔鉱石起動しろ!」
「……魔鉱石起動しました!」
「両方とも特に異常は見られません!」
「七日程度の突貫工事で進めた割に悪くない出来だな……」
「感度良好!いつでも行けます」
計器を見ていたマーマンは王子の方に振り向く。王子はその視線を受けて一つ頷くとカンッと甲高い音を立てて王笏で床を突く。
「無敵戦艦”カリブティス”。とくと味わうが良い!放てっ!!」
マーマンの王子がバッと手を振るうと、それを合図にギガン・トライデントと呼ばれる巨大な魔力で出来た槍が光り輝く。
「!?……一体何が起こっているんだ!!」
ラルフが大きく騒ぐ。それを聞きたいのはこっちだと言いたい様な目で白絶は睨んだ。
「みんな!集まって!!」
ミーシャは白絶との戦いを放棄してラルフの方に飛ぶ。この光は十中八九爆破の光。魔力が放射され、良くて致命傷。悪ければ消滅の二択が頭を過ぎる。何とかラルフの周りにこの部屋に居た仲間全員が集まる。ミーシャはみんなを守る為に魔障壁を展開しようと手をかざした。
「あっ!しまった!!アルルがいません!!」
ブレイドは焦りながらミーシャを見る。「え?あ、そっか」とミーシャは困り顔だ。
「あのゴブリンもいないね。まだ通路にいるんじゃ……」
「俺、探してきます!!」
「ブレイド!今は不味い……!」
ラルフの制止を振り切って扉から出て行く。その速度は疾風といって過言ではない程速く、あっという間に姿が消えた。
「どういたしますの!?」
「どうもこうもないワ!妾がどうにかすル!!ミーシャ様!魔障壁ノ展開をお願いします!!」
ベルフィアもブレイドを追って部屋から出た。今にも破裂しそうな光る巨大三又槍に向き直るミーシャ。
「しょうがない……みんな衝撃に備えて!!」
淡い紫掛かった魔障壁を展開するミーシャ。対する白絶はテテュースに抱えられながら船の端に移動していた。テテュースが手をかざすと、姿が搔き消える。
「野郎……逃げ道を残してたか……」
ラルフは目聡く様子を見ていたが、そのすぐ後にギガン・トライデントは高出力の光の柱となって船底から甲板まで貫通させた。凄まじい衝撃がミーシャ達を襲う。船そのものが爆弾となった様に四方八方に破裂し、崩れて崩壊した。威力はそれだけに留まらず光の柱は天に昇ってラルフ達の空中浮遊要塞スカイ・ウォーカーにまで波及する。
ドォンッ
凄まじい威力に要塞の魔障壁が剥がれる。
ゴゴゴ……
もう一撃食らったら今度は直接当たるというところに追い詰められた。シュンシュンシュン……と音を立てて槍の穂先の光が弱まっていく。見る限りではあの一撃を放つのに溜めが必要の様だ。
高出力の魔力砲を掻い潜ったミーシャ達は魔障壁の中で戦々恐々としていた。パラパラと船だったものの木屑が舞う中にあって要塞が無傷であることにホッとする。
「す、凄まじい威力ですわ……わたくしたちの要塞ではあれほどの出力は出ませんよ……?」
「ああ、私のワイバーンが丁度真上に居たんだけど、どうやら跡形もなくなっちゃったね……可哀想に……」
アンノウンは召喚したワイバーンに同情する。船首と船尾が辛うじて残った白い珊瑚はガラガラと音を立てて海に沈む。
「お……おい……まさかブレイドたちは……」
ワイバーンが消し炭になったのは直接当たったからだが、爆発した様な衝撃波はブレイドたちに襲い掛かったはずだ。ブレイドとベルフィアはもしかしたら生きているかもしれないが、アルルとウィーはどうしようもない。魔障壁を作ろうにも通路にいたのでは何が起こっているか不明の状態だ。となれば……。ラルフは絶望の顔で船が沈んでいく様子を見ていた。
いきなりの事すぎてどうしようもなかった。例えラルフが怪我をしてなくてもどうしようも出来なかった。諭す事は出来る。でもラルフのこの表情を見て何かを言おうという様な心無いものはここには居ない。ただただ同じ様に船の沈む様子をミーシャの魔障壁の中で見るだけだ。
「……おーい……」
その声は遠く微かに、だがハッキリと聞こえた。アルルの声だ。その声の主を探すために目を凝らす。もう一度「……おーい……」と聞こえた時、聞こえてきた方角が分かった。ラルフたちの頭上。空中浮遊要塞スカイ・ウォーカーからだ。
「なっ……!?」
見上げると米粒の様に小さな手を振る人影が見えた。
「イ、イツノ間ニ……」
「はは……ベルフィアの奴だ。あいつ帰還魔法を使用したんだ!」
白い珊瑚の制御を手に入れたアスロンのお陰で転移の罠の発動を食い止め、アルルとウィーはスムーズに通路を進んでいた。白絶の部屋の前に差し掛かった時、慌てて出てきたブレイドと鉢合わせ、それについて来たベルフィアと合流後、一も二もなくスカイ・ウォーカーに転移して戻ったのだ。
「そノ通りじゃ」
背後から聞こえた声に驚いて全員振り返る。いつの間にかベルフィアが魔障壁の中にいた。
「ほれ、皆も転移で帰還しヨうぞ」
「おお!ベルフィアお前すごいじゃないか!」
「ありがとうございますミーシャ様。これもひとえにミーシャ様ノお陰でございます」
ベルフィアは褒められた事に嬉しくなってニコニコと笑っている。何とか全員が助かった事に安堵していると、ふと白絶たちが気になり、キョロキョロと探し始めた。未だ残っていた木片の上に白絶を抱えて立つテテュースを見つける。
「……まさか……こうなるとは……」
「……良いのです。我々は未だ生きております。今一度やり直せば……」
二人は哀愁漂う雰囲気で沈む船を眺める。
「ベルフィア。みんなを連れて先に戻れ」
「はっ!かしこまりましタ!して、ミーシャ様は……?」
「ちょっと白絶に用があってな……」
*
「第二射の用意はまだ出来んのか!魔鉱石をフル稼働させてすぐさま撃ち込め!」
王子は玉座から立ち上がって大声を出す。
「大変申し訳ございません。やはりこの短い期間ではギガン・トライデントの出力調整が上手くいかず、冷却にかなりの時間が……」
「ええい!この阿呆が!!今がチャンスだと何故分からん!!少々壊れても良い!すぐに二射目を放つのだ!!」
「王子!少々では利きませんぞ!!カリブティスが動かなくなってしまいます!!ここは撤退するのです。一旦冷静になって……」
王子をなだめようと家臣が近寄ろうとした時、ゴォン……と戦艦が揺れる。
「……何だ?」
揺れは中々のものだったが、水で満たされたこの場所では、揺れを感じる事はあまりない。ただ巨大な氷山でもぶつかった様な嫌な音が不安を誘う。
『ザザ……報告申し上げます!敵が侵入!!繰り返します!敵が侵入!!』
「何だと!?まさか……!!」
『相手は魔族三体!白絶と他二名!!繰り返します!相手は……!!』
ズズゥン……『ザ……ザザ……』
またしても音と揺れが発生し、通信が途絶してしまう。通信が切れる前に聞いた「白絶と他二名」という文言に背筋が凍る。
「バカな……あの一撃で死んでいないのか……?」
神話級の凄まじい魔力砲。この世界の頂点捕食者であるドラゴンすら消し炭に変える力を受けて消滅しない魔王。
それは復讐に心を燃やした王子の火を簡単に絶やした。
「……全員退艦しろ!!急いで深海に逃げ込むんだ!!」
マーマンの秘密兵器を放棄する指示。絶望からの復帰は歴代の王の誰より迅速だったと言える。しかし、喧嘩を吹っ掛けた相手が悪い。魔王は強い。何故未だ人間が生きて地上をのさばっているのか不思議なくらいに。
べギベギベギ……べゴォッ
王子がいる玉座の前の厚い鉱石の扉を、手に触れる事なく魔障壁の圧で吹き飛ばす。魔障壁内部に空気ポケットを作りながらミーシャが現れた。動く暇もなく、ただ呆然と彼女を見る。ミーシャは辺りを一瞥して王笏を持ったマーマンに目を留めた。
「お前がマーマンの支配者か?みんな同じ様な見た目で分かんないな……」
恐怖で固まって何も言えずにいると、ミーシャが気にせず声をかけた。
「ああ、何?別に今すぐ殺そうってんじゃないのよ?ただその質問があってさ……」
王子は生きた心地がせずに王笏を左手に持ち替えて「ど、どうぞ」と右手で話を促した。
「……おほん、私の部下になりなさい。そうすれば殺さないよ?」
それはいわゆる人類への反逆。魔族側に寝返る事を強要する脅し。二度と表舞台に立つ事が出来ないとんでもない戦犯行為。そんな事になるくらいなら死を選ぶのがマーマンとしての尊厳を守る行為。
「……謹んでお受け致します!!」
その言葉にマーマンの家臣たちは驚く。ここで諦めるなど言語道断。しかし王子の考えは違う。
(……人類の歴史が何だ!マーマンの誇りが何だ!!)
力の差は歴然。ここで断ればカリブティスと船員の死以上に王族の血が絶える事となる。引いてはマーマン王国の崩壊。自分の軽率な行動でこうなったのだから尻を拭うのも自分の役目。長く続いた歴史、マーマンという種族存続の為ならここで頭を下げるのが道理。
恥も外聞も無い。最初から攻撃しなければこんな事になってないのに……。何も考えぬ愚かな支配者だったが、自分が危うくなれば話は別。生への足掻きは人一倍だった。ミーシャは今までにない答えに目を丸くしていたが、それを聞いてグッと親指を立てた。
「じゃ、殺さない。白絶に言いに行かなきゃ……」
ミーシャはフラリと部屋から出て行こうとする。ピタッと止まって王子に振り返ると一言。
「あ、裏切ったらマーマンは絶滅だから。よろしくね」
その言葉を残して出て行った。
「王子……貴方なんて事を……」
「……」
とりあえず生き残った事に心の底から安堵しながら、これからどうするかを考える。まさか魔族がこんなにも強いとは思いもよらなかった。無敵戦艦を出せば勝てるものと勝手に思っていたが、魔族に対してここまで無力だと話にならない。人類を裏切った事よりも復讐に燃えて調子付いていた自分が恥ずかしい。
この日、マーマンはミーシャの手に堕ちた。白絶との因縁も空中浮遊要塞への攻撃もおざなりなまま。
「ああ……私は、何て事をしたんだ……」
王子は羞恥と悲しみと怒り、そして絶望から顔を隠した。家臣たちはそんな王子に失望を抱き、マーマンの尊厳の失墜を幻視していた。




