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第三十一話 未知なる恐怖

 下の濃霧を覗き込みながら変化を期待するラルフ。一応ミーシャ達が降りてからパタリと魔力砲による攻撃がなくなったので拠点となる要塞は持ちこたえた。後は降りた五人が帰るだけなのだが、


「……遅いな……ミーシャ達」


 白い珊瑚(ホワイトコーラル)の全貌すら見えないまま既に半刻過ぎた頃、漫然と時間がだけが過ぎていく状況に耐えきれずに呟いた。


「あーもう!っるさいなぁ!さっきから十回は同じこと言ってるから!」


「……ちょっと、シャーク姉様……」


 シャークも我慢出来ずに指摘する。三十分くらい前から繰り返し呟いていることを知り、ラルフはシャークを見た。


「……マジ?」


「ああ、言ってる」


 側で聞いていたアンノウンは椅子に座って足を組み換えながら肯定した。シャークはアンノウンを手で差す。「ほら」とでも言いたげだ。

 今ここにいるのはラルフとアンノウンとシャークとアイリーンの四人。アスロンは制御室に籠もり、ブレイドとアルル、他のデュラハンは警備の為に持ち場についた。ウィーは鍛冶場に籠もり、ジュリアも鍛冶場に向かったと聞いた。


「考えても見ろ、ミーシャだぞ?ベルフィアもいるし、お前らの姉妹で最強の面子が揃って出掛けた。つまり絶対負けないってことだ。……意味分かるだろ?」


「いや、知らないわよ。てか魔王様同士の話し合いでしょ?白絶様は色々ぶっ飛んだ方だけどきっとおもてなしされてるのよ。ほら、分かるでしょ?」


 ラルフの言い分だと負けないだろうことは分かるが、遅くなる理由がない。シャークの言い分だと遅くなる理由は分かるが、白絶の気分次第など測れない事が多い。こう考えたら希望的観測込みでシャークの方に軍杯が上がる。

 しかしラルフは納得しない。腕を組んで唸る。


「見てこようか?」


 アンノウンはすくっと立ち上がる。


「いやいや、危ねぇから……」


「大丈夫。私には面白いことが出来るんだ。……君名前は何て言ったっけ?」


「へ?あ、アイリーンです」


 アンノウンはアイリーンを手招きして呼び付けると側に立たせた。


「私はこれから意識を飛ばす。その間、体は仮死状態になるから支えててほしい。倒れたら怖いからここに座るけど、出来るだけそのままを維持してもらえる様にお願いするね」


「意識を……?」


 分からない。何を言っているのかさっぱりだ。その困惑を見ながらとりあえず腰掛けた。アンノウンはその姿勢から手を広げて目を閉じる。


「……アバター召喚」


 アイリーンの足元に魔法陣が展開される。驚いて足を引くとアンノウンが目を閉じながら口を開く。


「怖がらないで。側で私を支えてくれないと……」


「は、はい」


 アンノウンの背後に回って両肩を持つ。


「うん、それで良い」


 そのタイミングでアスロンのホログラムの様に、目の前にアンノウンが足元から徐々に出現した。手をかざしていたアンノウン本人は力なく項垂れてアイリーンにもたれかかった。


「お?おっとっと……!フゥ……」


「ふふ、すまない。驚かせたね」


 目の前の偽アンノウンともいうべき存在は微笑みながら辺りを見渡す。その雰囲気に身に覚えがあった。初めてアンノウンと出会った時の空虚な感じ。


「なるほど、あの時やってきたのは本物じゃなかったのか……通りでウィーもお前の気配が捕捉出来なかったわけだ」


「その通り、私はこれをドッペルゲンガーと名付けたよ」


 その場でクルリと回転して見せた。


「作ろうと思えば他の体も生み出せる。ただし、私の意識を入れる必要があるからどんな体だろうと心は私だ」


「すごいな、潜入や探索にはもってこいの代物だ。俺もそんな力が欲しいぜ」


「言った通り大丈夫でしょ?それじゃちょっと覗いてくる」


 アンノウンはふわぁっと浮かんでそのまま濃霧に入っていった。


「飛べんのかよ!え!?無敵すぎねぇか?!」


「あーもう、ラルフ!いちいち興奮すんなっての!」


 二人の様子を見ながら「はぁ……」とため息を吐くアイリーンだった。



 濃霧に潜っていくアンノウン。そんなに時間もかからず内側に侵入した。甲板は静かなもので、ミーシャ達が暴れた形跡はない。


(……戦ってない?)


 アンノウンは甲板に降り立ち、キョロキョロと辺りを見渡す。ボロボロで朽ち果てた帆船。所々に穴が空いて風通しが良さそうだ。全く浸水することなくプカプカと何事もなく浮いている。


 幽霊船、白い珊瑚(ホワイトコーラル)。幽霊船の名に恥じない見た目と雰囲気を兼ね備えている。


「異世界というのは本当に何でもありだな……」


 アンノウンはフンッと鼻を鳴らしながら歩く。結構大きな船だ。いつか見た映画の帆船を思い出す。それよりは体感的に少し大きい気もしながら遊園地のアトラクション気分で散策をしていた。

 メインマストに触れながら船首に歩いていく。誰にも邪魔されずバウデッキに着くと前方に伸びた支柱を見ながら腰に手を当てる。気分は海賊だ。こういう船には船首像が取り付けてあるものだ。どんなシンボルなのか見たい気持ちに駆られたが、今はそんなことをしている場合ではない。


「確か構造的に上の方がより豪華な仕様じゃないかな……映画で見たのは下が船員の雑魚寝場で、倉庫だったり大砲が隠してたり……魔王がいる場所とくれば豪華な客室か、その上の船長室に相場は決まっているよね」


 独り言を呟きながら船尾の方に目をやる。階段がある場所に大きく広そうな部屋がドンと一つある。


「あれ……か?」


 船長室は十中八九あれだろう。船員がいれば照らし合わせる事も出来ただろうが、いないから仕方ない。アンノウンはとにかく船尾を目指して進む。こうしている間にも話し終えたミーシャ達が顔を出すことを期待していたが、そんな気配は微塵もないので諦めて船長室前に立った。


 コンコンッ


 ノック音がやけに大きく感じる。人気がなさすぎて部屋が空洞になっているのか良く響く。一向に出てくる気配がないので扉を開ける。


「妙だな……」


 室内はガランとしていて誰もいない。どころか全く掃除されていないのか、埃が積もりに積もって汚らしい。床を見るとヌメヌメしていて、とてもじゃないが入ろうとは思えない。


「……ミーシャ!ベルフィア!……えっと、メラ!ティララ!後……イーファだ」


 それぞれの名前を呼んでみるが返事がない。ここではないことは確かだが、聞こえていれば何処かで何かしらの反応を示してくれるはずである。後ろを振り向いてまた呼ぼうと考えたが、目に入った人影に押し黙る。


「……どうやって入られました?」


 全身真っ黒な喪服女が話しかけてきた。幽霊船にピッタリといった衣装に若干驚いて後ずさりそうになったが、頭を少し振って弱気の虫を追い出す。


「……何を言ってる?私はつい今しがた降り立ったんだ。見たところ幽霊船っぽいけど君はこの船に巣食う幽霊か何かかい?」


「……降り立った?微弱な気配しか感じ取れませんが……失礼しました。私はこの船の管理者で御座います……あなたが誰かは存じ上げませんが、この船で会えたのも何かの縁」


 前に組んだ手を解いて右手を横に出すとジャキッと十字架のようなロングソードが突然現れた。


「……ここで私が殺して差し上げましょう……」


「構わないが、その代わりに教えてくれ。ここに来たミーシャ達は今どこにいるのかな?」


「……ほう、ミーシャ様のお連れの方でしたか……では冥土の土産に教えて差し上げましょう……彼女達は白絶様の術中に堕ち、白絶様の手駒となりました。逆らう事の無い従順な兵士……あなたもなりますか?」


 断るべき案件だが、本当に白絶の手に堕ちたか気になった。


「信じられないな……彼女達に合わせてくれ。その上でどうするか決めたい」


「……どの道生きては帰れませんよ?」



 上で腕を組みながらウロウロとせわしなく動くラルフ。


「鬱陶しいなぁ。少しはジッとしてられないの?」


「気になって仕方ねぇんだよ。どうもおかしいぜこれは……シャーク。お前ちょっとみんな呼んで来い」


「は?嫌」


「即答かよ……少しは考えたりしろよ……」


 本当に自分の言葉には力がない。ミーシャやベルフィアありきでラルフは力を持つ。今は情けないその辺の男だ。


「あ、あの。わたくしが行きます」


 アンノウンの体を支えるアイリーンがシャークの代わりを買って出た。


「助かる!そいつは俺が持つからちょっと行って来てくれ」


 ラルフはアイリーンとアンノウンの支え役を代わるとペコッと頭を下げて走って行ってしまった。


「良い子だな、アイリーンは」


「ちょっと……妹に手を出したりしたら肩から先が失くなるから」


「怖っ」


 腕を全部持ってかれる姿を想像すると身震いする。手の感触を今のうちに楽しむようにアンノウンの肩に触っていると、ふとこんなことを思う。


(こいつやっぱ女だよな……)


 硬さの感じない柔らかい華奢な肩や、吸い込まれそうな程きめ細やかで綺麗な肌。黙っているのを側から見るとどうも女に思えて仕方がない。性別に関しては特に言及してないし、どうかは分からないが、いずれ話してくれるだろうと考えるのをやめた。


 とその時、ビクンッと体が跳ねた。


「うおっ!なんだなんだ!?」


 アンノウンが「はぁはぁ……」肩で息を吐きながら落ち着こうとしている。キョロキョロと誰かを探した後、パッと後ろを見た。


「ラルフ……なんで私を……アイリーンは?」


「ああ、なんか遅かったから心配してさ、みんなを集めるように要塞の中を走らせてる」


 その答えを聞いた時にアンノウンはラルフの手に自分の手を重ねる。ポンポンと手を軽く叩いて「ナイス……」と呟いた。


「何だよ……てか何かあったのか?」


「ああ、不味い事態だ……簡潔に言えばミーシャ達が操られている。まさに悪夢だね」


 それを聞くなり違和感を感じた。


「……そんな筈はない。ミーシャにはその手の芸当は通用しない、はず……」


 何と言っても創造神アトムの”言葉”が通じないのだ。神を名乗るものよりも魔王の方が上だとは考えたくも無い。


「疑うのは結構だが、私は操られているのを見た。こういうのって大元を倒さないと一生帰ってこないパターンのやつだと私は思うのよ。だから、みんなを呼ぶってのは大正解」


 アンノウンはすっと立ち上がる。


「あれに出し惜しみは死を招く。総攻撃を仕掛けて白絶を滅ぼそう」


「……ミーシャとベルフィアを掻い潜ってか?」


「待って。姉さん達は?イーファは?」


「みんな操られている。例外はないよ。多分みんな生きてると思う」


 シャークはその言葉にホッと胸を撫で下ろした。


「いや、姉さん達も敵か……押さえるのは一苦労……まして殺さないようにとなると……」


「こっちが手加減して、あっちが本気で殺しにくる。分かったでしょ?出し惜しんでられない理由」


 そこは十分理解したが、理解出来ないことがある。白絶の能力だ。倒すのは当然としても、このままではみんな操られて終わりってこともある。攻略法が分からないまま行くのは得策とは言えない。


「とりあえず見たことを教えてくれ。このままじゃ絶対に勝ち目はないからな……」


「ああ、分かった。みんな集まったら話すよ。あの性悪女を早く倒そう。手遅れにならない内にね……」

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