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第三十話 魔王戦

 ミーシャ対白絶。

 両者一歩も引く事は無い。


「それで?どうするつもりだ。お前私に勝つつもりなのか?」


「……」


 白絶はその問いに答える事なくスッと右腕を上げた。何か来ると身構えるベルフィアとデュラハン達。ミーシャは特に動くことはない。相手の動きを先に見てやろうと観察していた。


「……その驕り……後悔させてやろう……」


 小さな右手の指をくにくにと動かして何かをしている。そして手首のスナップを利かせて腕を振るう。


 ギシィッ……


「!?」


 ミーシャの左腕に何らかの細い糸が巻きつく。凄まじく鋭利な糸はミーシャの袖を分割し、綺麗な褐色の腕が顕となった。まるでボンレスハムの様に縛られた皮膚からは心なしか血が滲んでいる。


「……硬っ……」


 白絶は驚愕する。本来ならどんなものでも一発で寸断してきたこの糸がミーシャの腕に負けた。出した細い糸は自身の皮膚を引っ張って指先に小さな山を作っていた。


「なっ……!?いつノ間に攻撃を?!」


 ベルフィアたちはミーシャの左手が引っ張られているのを確認しようやく攻撃に気付いた。ほとんど傷つく事の無かったミーシャに初手でダメージを与える。


「なるほど、こういう攻撃か……」


 ミーシャは顔を少し痛みで歪めながら滴る血を確認する。


「おどれっ!!」


 ベルフィアはバッと手をかざして魔力で白絶を分断しようと試みた。しかし、どういうわけか魔法を練ることが出来ない。かざした掌を一度確認した後、船内を見渡す。


「チッ……こノ船内にも魔力無効ノ術式を組んでいルワけか!?」


 この空間は白絶の領域。前もって対策しているのくらい当たり前である。白絶に危害を加えたいなら直接攻撃をする必要があった。


「慌てるなベルフィア。この程度の傷、なんて事はないよ」


 ミーシャは手をぎゅっと握って体に引き寄せる。白絶の手がギギギ……とさらに伸びた。糸が直結しているのを確認したミーシャはそこから手を大きく引きちぎる様に振るう。


「……!」


 白絶はとっさに指先の糸をプツンッと外す。ブォンッと振るったボンレスハムめいたミーシャの手がゆっくりと元の形に戻る。万が一糸を切っていなければ指先が千切れるか、腕ごと持って行かれていただろう。


「……僕を蹴落として……第二の席を取っただけはある……流石アレが認めた魔王と言ったところか……」


 傷のいった腕を確認して張り付いていた糸を取る。しばらく触っていると解ける様に消えて無くなった。


「魔法の糸か。ここは魔力が練りにくい空間だが、自分だけは使い放題という訳なのか?」


「ミーシャ様!傷をお見せ下さい!すぐに治療を……!!」


「かすり傷だよ。大丈夫大丈夫」


 血が滴るほどの傷だったが、既に回復しつつある。体内の魔力操作はそこまで影響していないと見るのが妥当だ。


「申し訳ございませんミーシャ様。護衛として来たのにこんな……ここはわたくしたちにお任せを。囲んで切り刻んでご覧に入れましょう」


「ん?無理でしょ。私もどうやったのか分かんなかったもん。お前たちじゃ見ることも感じることも出来ずに死んじゃうよ?」


 それがまるで自然の摂理であるかの様な口ぶりで答える。嫌味など全く感じない。むしろ心配している。全く反論も出来ずに閉口した。


「それより白絶の唯一の部下が気になるから、あいつを何とかしてくれない?」


 そういえば白絶にかまけてすっかり忘れていた。後ろを振り向くと手を前に組んでジッと扉の前に立っている。


「……かしこまりました。行きますわよ」


「「はいっ!」」


 三人は一も二もなく喪服女に走る。喪服女は来る事を想定していたのか、ゆっくりと扉を開ける。しっかり間合いを取って急ブレーキするとジリジリと剣を構えつつ詰める。


「……白絶様のお邪魔になります。どうぞこちらにお越し下さいませ」


 何ともあからさまな罠だ。誘い込んで一網打尽にしようという魂胆だろう。


「……どういたします?姉様……」


「ここで牽制し、彼女の領域に入らない様にしましょう」


「了解しましたわ!」


 剣を構えながら正面と左右に分かれて陣取る。この部屋から出る事がないと気付いた喪服女は扉を閉めて三人を見渡す。


「……はぁ……まったく、疑り深い方達ですこと……」


 スッと両手を外側に向けると、まるで物が瞬間移動してやってきた様に手に収まった。その手に握られているのは十字架を模した鋭利なロングソード。片方に一本ずつ、計二本の剣を持って黒いベールで隠れた紅い目を光らせた。


「……君もあっちに参戦したらどうだい?……吸血鬼……」


 白絶の言葉にベルフィアが反応する。


「ほう、妾ノ事が分かルノかえ……?ふんっ、そノ必要はない。あっちはデュラハンどもで十分。妾がおどれを殺してやろう」


 ベキベキと手の骨を鳴らしながら前に一歩出る。が、その瞬間バンッという破裂する様な音と共に踏み出した足がバラバラに切り裂かれた。


「!?」


 蜘蛛の糸が触れた様な感覚すらなく突如バラバラになった足を眺めながらバランスを取って白絶を見る。


「……おどれ中々やルな……じゃがこノ程度ではどうにもならんぞ?」


 足はまるで逆再生の様に元の形に修復される。吸血鬼は卑怯なほどの再生能力を持ち合わせているのだ。


「……噂通り……だね」


「おい、どこを見ている。私が相手をしているのをもう忘れたのか?」


 ミーシャはトントンッと軽くジャンプするとバッと走り始める。白絶はすぐさま手を振るう。細くて硬質な糸は、わずかな光を反射しつつミーシャに襲いかかる。


 ドンッ


 ベルフィアと同じく足に掛けようとしていた糸の罠を速度だけで回避し、白絶に向かって飛ぶ。このまま白絶までひとっ飛びかと思われたが、直後に空中で静止した。


「糸の結界か。物理も当たり前に対応するわけ、ね!!」


 グッとその場で身体中に力を込める。本来なら魔力を練って遠距離攻撃を行う事がこの場では出来ない。ここで使えるのは身体強化等の魔法。魔力を体外に出せば阻害されてしまうが、体内であれば多少融通がきく。糸の結界を前にブレーキを掛けたので勢いこそ死んでいたが、浮遊魔法を使用して空中で加速。糸の檻に飛び込むと同時にミーシャの拳が糸に触れる。


 ブチブチブチッ


 その拳に耐えきれなくなった糸が悲鳴をあげて千切れていく。


「……ふふ……怖いもの知らずだな……」


 あまりの大雑把さに変に笑いが込み上げてくる。


「……でも僕も……負けられない……」


 白絶は手を振って糸を付け足す。上にどんどん盛っていって半透明で見ることの出来なかった糸が、折り重なった綿のようにミーシャに覆いかぶさる。


 メチィッ……


 その音は糸から鳴っている。ここまで糸を重ねる事が初めてだった白絶は、その光景に珍しいものを見る目で見ていた。


「……史上最強の魔王か……」


 メギメギ……ブチブチ……


 あそこまでやったというのに、まるで布を引き裂くようにミーシャが進む。ブチンッと景気の良い音が鳴り響き、白絶の目線にミーシャが現れた。


「……その異名に偽りなし……」


「さあ白絶。泣いて謝ってももう遅いぞ!」


 ニカッと笑て白絶に八重歯を見せつける。無邪気で子供っぽい笑顔だった。


「……いや、(みなごろし)……それは僕のセリフ……だね……」


 余裕を崩す事なく言い放つ。


「ほう?どういう意味だ?」


「……こうさ……」


 ミーシャが千切った折り重なった糸はまるで意思を持っているかの様にグワッとミーシャを包んだ。


「!?……ミーシャ様!!」


 繭の様に包まれた糸は少しモコモコと中から抵抗する様子を見せたが、しばらくするとそのモコモコもなくなり、繭の形状でしんっと静まり返る。さっきまで難なく千切っていたというのに、糸の総量が多すぎるせいなのか割とすぐに中からの抵抗をやめた。


「……チェックメイト……ってね……」


「そんなまさか……」


 ベルフィアには嫌な予感がしていた。単に閉じ込めるだけが目的ではない。何かを考えてこうしたのだ。そのベルフィアの考えは的中する。この後すぐに恐怖とは何かをその身に刻むこととなる。

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