第二十九話 幽霊船
空中浮遊要塞”スカイ・ウォーカー”からアスロンによる転移魔法で、第十魔王”白絶”の操る船”白い珊瑚”の甲板に転移しようと試みた。しかし、魔力砲すら阻む濃霧は転移魔法も阻害した。
「!?」
多分船があるであろう真上に転移してしまったミーシャ達はそのまま落ちて行く。最初こそ浮遊感に驚いたが、転移時にバラつきが無い様小さく固まっていたので、すぐさま数珠繋ぎに手を取り合う事に成功。ミーシャが空中でブレーキを掛ける。
「ふい〜焦ったぁ……」
この面子だと落ちたところでそこまでのダメージはないだろうが、全く予想外の状況に立たされると一旦落ち着きたくもなる。
「……お手を煩ワせて申し訳ございません。転移が阻害されル事を考慮しておくべきでしタ……」
「わたくしたちまでありがとうございます。魔王さま」
「いや、当然。てゆーか私も転移阻害とか想像もしなかったよ……前来た時は飛行魔法が使えたから大丈夫と思ってたし」
そのままゆっくりと濃霧に降りていく。危険な空気を感じながらも真っ白な景色に包まれて手の先もろくに見えない。視界も阻害される面倒な事態に不安しか湧かない。改めてラルフを連れてこなくて正解だったと感じる。
しばらく降りていくと濃霧を抜けて船の甲板が見えた。攻撃される事無く着地出来る。白絶の部下はたった一人だし仕方がないといったところか。そこまで警戒していた訳じゃないが、拍子抜けも良いところだ。
「流石に幽霊船というだけあってボロボロですのね」
装着していた頭を取り外してデュラハンのティララは、キョロキョロ見回す様に顔を自由に振る。
「初めて船に乗りましたわ。入り口はどちらにあるのでしょうか?」
メラとイーファも頭を脇に抱えて剣の柄に手を添える。
「確かこっちだ」
ミーシャは指を差して正面に立ち、さっさと歩いていく。
「ミーシャ様お待ちください。供回りを正面に据えタ方が……」
ベルフィアが心配から声を掛けるが「別に気にしない」と一蹴。甲板の数ある扉を無視して船尾に向かって移動する。
「え?あの……入り口……」
イーファは疑問符を頭に浮かべながら後ろについて行く。後方に到着するや否や船尾を覗き込むとミーシャはウンウン頷いた。
「ここの舵の部分に大きな穴が開いてるでしょ?ここが入り口なのよ」
「ほう、それではあちらノ扉は全て偽物という事でしョうか?」
「そう」
「……中々用心深い方ですのね。船に乗り込まれても中枢に辿り着けないように仕掛けを打っているわけですか」
メラは白絶の性格を分析する。濃霧に施された無効化魔法。入り口の隠蔽。部下は一人。外からの侵入への警戒と共に、中からの謀反を防ぐ目的も兼ね備えている。
「いえ……こうなると部下の数も秘匿されている可能性がありますわね……」
円卓にすら部下は一人であると周知させ、いざという時にわんさと出て来ることも否めない。
「入るよ」
ミーシャは柵を越えて船尾の外側に立つとベルフィアとデュラハンに手招きをする。また飛ぶつもりだ。逆らう事なく一緒に飛ぶと、本当に入り口かも怪しい経年劣化で開いた穴に侵入する。
「うわぁ……」
中はかなり広く感じる。外から見た様式と中とではかなり趣が違う。例えるなら外は幽霊船で、中は魔力の流れるパイプの通った配管といった感じ。未知の幾何学模様が張り巡らされ、SFのような近未来を連想させる。
魔力の流れる淡い光が薄暗い空間に吸い込まれて行く。それを不思議に眺めていると、目の端に黒服の女が映る。突然通路のど真ん中に姿を現した。喪服の様な黒いドレスに身を包み、黒のベールで顔を隠している。真っ白な頬と紫の唇だけがボヤッと浮き上がっている様に見えた。
デュラハンはほぼ同じタイミングで剣を引き抜く。こちらが戦闘態勢に入ってもピクリとも動こうとしない。
「久しぶりにその陰気な顔を見たな。何十年ぶりかな?」
「……八十年は経っていたかと……」
「そんなにか?せいぜい五十そこいらだと思ってたけど、思ったより会ってなかったな」
ミーシャは船も部下も変わらない様子に懐かしさを感じていた。となればやはり気になるのはどうして攻撃しているのかだ。出会った時の遠い記憶を掘り起こせば白絶のおっとりした空気に一切の苛烈さを見なかった。今回の行動に関しては俗に言うキャラに合わない行為だと感じる。もし定期的に破壊衝動に駆られるにしてもスパンが長すぎると思う。
「……そちらも相変わらずで御座いますねぇ……こちらには何をしに来られたのでしょう……?」
「ほう?とぼけルか。おどれらが妾達ノ要塞を攻撃すルから、こうしてミーシャ様がお顔を出されタんじゃ。おどれノ主人と今すぐ会ワせてもらおうか?」
ベルフィアが上から目線で喪服女を睨みつける。喪服女はまじまじとベルフィアを見ながら口を開く。
「……貴女からは不思議な匂いを感じます……ああ、なるほど……貴女で御座いましたか……」
勝手に納得する喪服女にベルフィアは苛立ちを覚える。何か言ってやろうと口を開いたその時
「おい、独り言は後にして白絶のところに案内しろ。私は少々気が立っている」
ミーシャが先に口を出した。ミーシャも同じ気持ちだったのだと少し嬉しくなった。
「……大変失礼致しました……どうぞ、こちらへ……」
ゆらりと前方で案内を始める。まるで幽霊の様に浮いて進んでいる様だ。足音も聞こえないので尚更そう思う。
「ミーシャ様。ここはわたくしが前に出ますわ。前衛はお任せくださいませ」
メラは言うが早いか、正面を守る様な立ち位置で喪服女について行く。その後ろをミーシャとベルフィア、さらに後ろをデュラハン二人が追う。デュラハンのトライアングル状の防御態勢は警護対象を守り抜く様に徹底された形だ。無論、最強とほぼ不死身を前に護衛は不要とも思えるが……。
「……そう警戒されませんでも、この場で攻撃するつもりは毛頭御座いませんよ……?」
ここは敵の腹の中、警戒しない方がどうかしている。それにこの言い草だと後で攻撃される可能性もある。
「それはありがたいですわね。でも陣形を解くわけには行きませんので悪しからず」
「……」
デュラハンの揺るがぬ意志を肩越しで見ていた喪服女は、呆れたと言いたげな雰囲気でそれ以上の無駄話を止めた。しばらく静かな雰囲気で歩いていると大きな扉の前に着く。
「……さぁミーシャ様……と、その一行の方達。ここが白絶様の在わす玉座に御座います」
ギギィィィッ
碌に油をさしていない様な蝶番の音は聞いていて不快だ。中に入ると玉座と思わしき頭二つ以上高い場所で眠る様に目を瞑る、小さく華奢で可愛らしさを感じる。彼女こそ要塞にちょっかいを出してきた張本人”白絶”。
「起きろ!白絶!!」
その声にパチっと目を開ける。
「……失礼だな……僕は……寝てなんかいないよ……」
幼い声で反論する。
「これが白絶様か……噂には聞いていたけどこんなに幼い容姿をしていたのですわね」
「……侮ルなヨ。こやつはいつ牙を剥いてくルか分からん。警戒はしておけ……」
そっと耳打ちするベルフィア。
「ふんっ、白絶よ。お前のそのゆっくりした声で言われても説得力がないぞ……。いや、待て。そんなことは今はどうでも良い」
ミーシャは頭を小さく振って話を切り替える。
「即刻、空中浮遊要塞への攻撃を中止しろ」
「……それは……出来ない……」
「……お前何の為に攻撃を仕掛けた?理由は何だ?」
「……理由……理由か……」
白絶は遠い目をした後で視線を落とした。
「……灰燼の……弔い……」
「?……何故ここで灰燼が出てくる。あの要塞は確かに灰燼から奪ったが、弔いを謳うとはどう言うことだ?そんなに仲が良かったのか?」
「……」黙って話そうとしない。
「おい、何とか言っタらどうじゃ?ミーシャ様が聞いとルじゃろうが!」
ベルフィアも語気強めに言い放つが、やはり押し黙っている。この態度を分析すれば、即ち攻撃を止めるつもりは無いと無言で訴える。そうして見つめ合っていたが、ミーシャがフッと笑う。
「とことんやるつもりか?白絶……」
その質問に紅い瞳が輝く。
「……ああ……要塞もろとも……全部……全部叩き潰す……。もう問答は……終いだ……」