二十一話 開示
「……情報は以上だ」
団長からの情報を聞き、ますます人類と魔族との裏取引がある事を感じた。まず、”古代種”に手を出すといってもこの近くの領域の他になん箇所かバラけてそれぞれの厄災が生き物に恐怖を与えている。何故あえて竜を狙った事がバレるのか?”古代竜”の情報を正確に聞きつけるだけの情報網があるならこの間のカサブリアでの戦いはなぜ敗れたのか?その大敗の前には魔王討伐のニュースが流れたのに、だ。
そして極めつけは魔王が裏切りにより討伐直前まで追い詰められた情報だ。それも人類にとって都合のいい”鏖”への裏切り。魔族側にすれば”鏖”の名は人類との戦争でハッタリでも持っておきたい称号だろう。仮に情報が洩れるにしても早すぎる。人狼の襲撃がある前からこの騎士団は動いていた。
と、ここまでは「アルパザの底」の店主から聞いた情報とさっきあった戦いから想定できることだ。その上、当の”鏖”本人が驚愕する様を見れば想定を通り越し断定の領域へと足を踏み入れる。
この団長から聞きたかったのは、三つ。一つ、情報の出所と、二つ、時期だ。それが早ければ早いほど、偉ければ偉いほど裏取引の状況が確定する。聞けたのはこの情報が、魔族側が”鏖”に裏切り行為を働いて、二日と経ってない事だ。アルパザには徒歩か馬車等の陸運、または魔法で飛んで来るしか移動手段がない。
山を越え谷を超え、陸なら二週間、飛んで一週間かそれ以上、休憩を挟めばそんな所だろう。団長の情報とこんな辺鄙の田舎町に来る時間を逆算すればおのずと答えが出る。偉いというのがどの程度かは教えてもらえなかったが彼らが黒曜騎士団と言う事で答えは出ている。マクマイン公爵の事実上の私兵である彼らは、最高権力者から情報を得ている。
そして最後の一つはこの情報に対する信用である。彼自身がこの情報をどれほど信用し行動しているのか。
交渉前の彼からはラルフを盗人とすることで、回避し隠そうとしたこの事を何とかつなぎ止め聞き出せた。団長自身はこの情報は真実であると断定している。この事から最低でもマクマインと魔族は繋がっている。由々しき事態だが、これを知れたのは大きい。少なくともイルレアン国は敵だ。
ラルフは心で苦笑する。
(俺は何をしているんだ……?)
すっかり魔王の部下である。敵だの味方だのと。これが終われば別々の道に行けばいい「今だけ」という思いがラルフの心を動かした。
「さてハイネス、今度はこちらの質問に答えてもらうぞ?」
団長はさっきまで正していた姿勢を崩し、前のめりになって態度も太々しくなる。
「君のチームは何人で職業の内訳はどうなのか、そして、今後得られる吸血鬼の情報を教えてもらう」
「了解だ……」
(さぁどうしたものか……)
チームと言われても数ヶ月前にどっかのパーティーと組んだだけでチームと呼べるチームはない。そして当時組んだ奴等とはそんなに親しくもなく、メンバーもその内訳もよく覚えていない。今覚えているのは、ミーシャとベルフィアくらいか……。
「俺のチームは現在、俺を含めて男一人、女二人の三人チーム。鍵開けや罠はずしの特殊スキルを持ったのが俺、魔法使いとモンクの組み合わせで最近、戦士が命を落とした」
戦士のイメージは守衛のリーダーである。さっき見て思い付いた。
「なるほど……いかにも冒険者って感じのチームだな」
それはラルフも思った。こんないかにもって感じのチームに自分がイメージとはいえ収まるとは思いもよらず苦笑した。
「盗賊と魔法使いとモンクと戦士、か……戦士がいないとなると、吸血鬼を追い詰めているのは必然的にモンクという事になるか」
「待った、俺は盗賊じゃない。トレジャーハンターだ。そこんところは間違えないでくれ」
ラルフは聞き捨てならないと声を上げる。
「?……どう違う?一般的にそういうスキルは盗賊だと相場は決まっているだろう」
イラッときたがここまでだ。この固定概念を崩すために小一時間、語って分からせたいさせたい所だがそんな暇はない。食わしてやらねばならない奴がいるからだ。
「いや……いいさ、それより吸血鬼に関してだが、この先にあるドラキュラ城を知っているか?」
聞くまでもない。団長は吸血鬼を知っていたのだから。伝説についても当然分かっているだろう。これは単なる確認に過ぎない。
「知っている。元は人間の住居で、後から奪ったそうだな。全く野蛮な奴らだ。」
(野蛮というか粗暴というべきか……)
ベルフィアの事を思いながらふとそんな風に思った。
「……それが?」
「おおぅ!そうそうドラキュラ城だが、今はそこに隠れ潜んでいるみたいでな。腕を落としたのが効いたみたいだ」
「確かか?」
団長はガタッという音を立てて椅子から離れる。聞くが早いか腰を少し上げて中腰の姿勢になっていた。
「慌てるなよ団長さん……これだけは聞きたいんだが、黒曜騎士団はこの地に魔法使いを連れて来てないか?」
団長は椅子に座り直し口元に手を当てる。魔法使いの有無を考えていた。
「悲しい事だが、最初に殺された騎士がかなりの使い手だった……それ以外は一応使えるがボチボチといった所か……」
ラルフの瞳は一瞬の輝きを見せた後、元の色に戻った。
「なるほど、なるほど……最初に殺されたのが……ねぇ」
ラルフは団長にこれでもかと勿体ぶった姿勢を見せる。顎に手を当て少し唸り、考え込んでいるような態度を見せつつチラチラと団長を窺っている。それに気付いてか、団長はちょっと嫌な気持ちになりつつ確かめるつもりでラルフに声をかける。
「なんだ?なにか言いたいことでも?」
「いやぁ~団長さん。ちょっと言いにくいんですけどね結論から言うと、吸血鬼は魔法がないと勝てないんですよ」
ラルフは背もたれに、もたれかかって疲れたような態度を見せる。
「魔法使いが先にやられていれば俺たちも危なかった……」
この情報が事実か虚偽か判断しかねるようだ。団長は顔や態度を含めよく観察している。ラルフはカバンを開けて吸血鬼の腕を出す。白い。生き物の腕ではないようだ。作り物のような、見ているだけで気味が悪くなる。
「こいつを見てくれ」
ラルフは投げナイフを見せて腕に刺す。傷を広げるようにグリグリねじりを入れて傷付け、ナイフをそのまま刺しっぱなしにする。するとナイフが押し出され、机に投げ出された。
「これは……」
見た瞬間に戦慄した。これが吸血鬼の再生力。その再生力を有した腕がここに……。
「切ったとたんに再生しちまう……そして異物を吐き出すような回復をするもんだから……」
「物理攻撃は無効か」
団長は腕組をして考え込む。これはハッキリ言って予想以上の再生能力だ。今現在、団長の持つ剣で仕留めきれるかどうか間近で見ると自信を無くす。
「……まさか、奴は魔法使いを嗅ぎ分けて殺したのか?」
それはラルフの意見の代弁だった。鋭い団長は言うまでもなく答えに辿り着く。
「……それは、どうかな……まぁ魔法が使えなければ、ここに腕がない事は確かだが……」
ラルフはコップを眺めながら一息置いて、
「……そう言われれば、戦士の奴がいち早く気づかなければ殺されていたのは……」
ハッとした顔をしてラルフは団長を見る。実に芋い演技、まさに大根役者だ。恥ずかしいくらいだ。しかし相手は貴族ではない。腹芸が得意でない以上こんな三流芝居も、
「そういうことだろうな、幸運だったといえる」
この通りだ。
「それじゃまずは吸血鬼を俺たちで無事滅ぼした後、魔王捜索に精を出すとしよう」
腕をカバンにしまう。
「待てハイネス。その腕を渡してくれ。我らで預かろう」
団長は手を前に突き出し、寄こせといった態度だ。でもそういうわけにはいかない。
「悪いが、もう俺の財産だ。こいつは渡せないね。どうしても欲しいってんなら吸血鬼に頼んでくれ」
「貴様っ!」
ガタタッ
両者は測ったように椅子から立ち上がる。ラルフは間合いを必要以上に空けて剣の間合いから逃げる。団長は右手で剣の柄を掴み、引き抜く寸前だ。
「おおっと、いいのか?今俺を切れば吸血鬼は殺せないぜ。あんた達だけで勝てる自信でもあるのか?」
「魔法使いがいるだろう?協力を要請するだけだ」
剣を引き抜き、ラルフを見据える。
「貴様は信用できない」
剣を倒した状態で右側に掲げて左手を下から添えるように握り、突きの構えをとる。左足を前に出し右足で踏ん張る。剣先は青白く輝き、ただならぬ気配を感じる。
(これが噂に聞く魔剣か?)
「それに最悪これがある。私の技術と合わせれば殺すことも可能だろう」
この男、今までに出会った人間の中で一番の手練れだ。この距離も一息で詰め寄り、串刺しで終わるだろう。もしくはその身を回転させて袈裟斬りからの真っ二つか?
「……そいつは無理だ。その魔剣に付与された能力は切れ味の向上と魔族特攻だったな……それが主な能力なはず」
「ふっ……流石にこの剣は有名か……だが他にも能力はある。どれかが有効なら、吸血鬼も殺せるだろうよ」
ラルフは構えを解き、やれやれといった態度を見せる。
「そんな博打に出られるわけがないだろ。あんたの噂はよく知っている。戦闘の記録を見た。確実性がなければ、勝負はしない。そんな男だ」
ラルフは背を見せて扉に歩く。
「魔法使いが吸血鬼の殺し方を知っている。俺が戻らなければ、モンクと一緒にこの土地から逃げる。約束の時間まで、もう時間の猶予はないぜ?」
無防備に背中を見せている。打ち込む隙はいくらでもある。そうこうしている間にラルフは扉の前まで到着する。だが打ち込まない。
「……安心したよ、あんたが聡明で。よほどの間抜けなら俺をこの場で八つ裂きにしてチャンスを消すところだ」
ドアノブに手を置き振り返らぬまま、
「信用なんざいらない、俺はやり遂げる。それだけだ……」
そう言い残し、扉から出ていく。団長はその姿を見送り、構えを解いた後で剣をしまう。
「生意気な……冒険者ごときが……」
小さく呟く。自分だけが聞こえる様な口の中で転がすような、そんなつぶやき。頭を前から後ろに撫で上げ、扉を見据える。
「いいだろうハイネス、見せてもらおうじゃないか……」
そうつぶやいた時、おもむろにガチャリと扉が開く。団長が突然のことに固まっていると、ヒョコッとラルフが顔を出す。
「あの~……すまないが今の分でいいからお金をくれないかな実は今かなりヤバくて……」
さっきまでの堂々と言った様子が消え、情けない顔で頼んでくる。団長は呆気に取られながらため息を吐き、懐から硬貨が入っているであろう袋を取り出し。袋の中に手を突っ込み一掴みした後、入り口近くの床に投げる。「へへへ……」といった卑屈で下郎のような様子で扉から半身を出して手でかき集め、「どうも」といった感じで出ていく。
「……あいつに任せるべきなのか……?」
途端に不安になる団長だったが、良い案も思いつかない現状あんなのでも任せざる負えなかった。そんな状況に非常に歯噛みしたが、諦める他なかった。