第二十八話 謎の襲撃
アスロンからの連絡を受けたラルフたちは、急ぎ要塞に戻った。大広間に転移した十人を待っていたのは何者かによる攻撃を受けた要塞の振動だった。
「うおっ!かなりデカイぞ!!」
バランスを崩しそうな程の大きな振動に驚きを隠せない。
「きゃっ!」
「おっと!」
アルルは体勢を崩してブレイドに持たれ掛かる。何が起こっているのか混乱していると、目の前でアスロンがスーッと足から出現した。
「おお!戻ってきたか!」
「アスロンさん!何だよこれ、何があった?」
ラルフは焦って質問する。
「ふむ、突如海から魔力砲による砲撃を受けてな……こちらも一応迎撃しとるが手応えがなくて弱っておったところじゃ」
「えっ……海から?」
ミーシャには心当たりがあった。しかしあれが突然攻撃を仕掛けてくるだろうか?最近は大人しくしていたというのに……。
「海人族ではないでしょうか?海から攻撃を仕掛けてくるとすれば、そのくらいしか存じ上げませんが……」
デュラハンのメラが口を開くと同時にまた大きく要塞が揺れる。
「っとと……この世界には本当に複数の種族が混在しているようだが、マーマンというのはこの建物を揺らすほどの攻撃手段を持っているということかい?」
アンノウンは首を傾げつつラルフに問う。
「いや、彼らは水中専門の武器以外はお粗末なもんだ。ましてこれだけ高く飛んでいる要塞にぶち当てて揺らすほどの力は保有していない、はず……」
最後の方は尻すぼみになったが、マーマンの技術力では空飛ぶ要塞に当てられても、威力はタカが知れているとラルフは話す。水中ではかなり強いが、空や陸に上げるとその力は半減するのだ。技術という側面を抜いても地上が戦場の中心である限り、彼らの能力は大した事がないの一点に尽きる。
一応マーマンにも白の騎士団の一人が在籍しているが、地上で活躍した試しがない。水中での伝説は耳にするがマーマンしか把握できない事なので、どこまで真実なのか分からないという。唯一海の幸が簡単に手に入ることだけが評価に値した。
「それじゃ一体誰が……」
ブレイドはアルルを支えながら困惑気味に質問する。
「……オ一人、心当タリガ居ル」
思考の渦に飲まれる前にジュリアが質問を拾い上げた。その言葉にみんなが耳を傾ける。
「第十魔王”白絶”様」
「お前もそう思ったか……」
ミーシャも同意見だったようで、そのまま続けて話す。
「あいつの船、「白い珊瑚」ならあり得ない話じゃない。でもどうして……」
その顔には疑問しか浮かんでいない。攻撃してくる要素が思い当たらないのだ。強いていうなら少し昔に突然マーマンを根絶やしにしようとして海底王国を襲った試しがあったが、その時同様突然攻撃したくなったか、他によっぽどの事情があるのか……。一瞬静かになった広間にドォン……と遠くで攻撃を受ける音と、それに呼応した振動が起こる。
「お話中に悪いんじゃが、この事態をとっとと収めようではないか?」
*
「クソがっ!!」
真下からの攻撃に悪態を吐くデュラハン。
「いや、シャーク姉様口が悪すぎますよ……!」
十女のシャークと末っ子のアイリーンは監視も兼ねて最下層に降りてきていたが、下に居る何かに対する迎撃方法を持ち合わせていないので、攻撃されるのをただ指を咥えて見るしか出来なかった。
「姉さん達はもう戻った!?さっさと来ないとマジであれに墜とされるわ!」
「た、多分……お爺さんが呼んでくるって言ってましたし、もうお戻りになられているのでは……」
ドシュウゥ……ボンッ
ゴゴゴ……と要塞が揺れる。「ああっ!もう!!」と下を覗き込む。下には濃霧に包まれて何かも判別できないものが特大の魔力砲を撃ち込んでくる。
「……うう、なんで白絶様がわたくしたちを攻撃するのでしょうか?同じ魔族の仲間同士、協力し合うのが円卓の本懐では無いのでしょうか?」
「知らないわよ!第一、噂じゃ黒雲様と喧嘩したそうじゃ無い?突然襲ってきても不思議じゃ無いわ!」
シャークは下を見ながらウロウロと右に行ったり左に行ったりしている。アイリーンはそわそわしつつもその場にとどまって、視線だけ濃霧とシャークの顔を行ったり来たりしていた。
「あーっクソ!!あんた此処にいなさい!ちょっと上行ってくる!」
「ええ?どうして……」
「戻ってきてるならさっさと迎撃するようにジジイに言う!白絶様の部下は確か一体だし此処に居たって意味ないわ!どうせ来ないし!」
「そんな無責任過ぎますよ……!シャーク姉様はもう少し我慢を覚えられた方が良いと思います!持ち場を投げ出すのは姉様の悪い癖ですよ!」
「あぁっ!?」と姉妹喧嘩に発展しそうな雰囲気となる。今は決してそんなことをしている場合では無いが。
「こらっ!何をしてますの!?」
と、そこへメラが後ろにラルフ達を引き連れてやってきた。「メラ姉様!」アイリーンは嬉しそうに顔を向ける。シャークは少しバツが悪そうにそっぽを向いた。
「全く、喧嘩している場合ですの?」
「まぁまぁ、その辺で……状況を説明してくれ」
ラルフはシャークとアイリーンに質問する。
「状況ったって、下から攻撃を受けてるとしか話すことはないぞ……」
シャークは口を尖らせて答える。「シャーク!」メラは顔を真っ赤にして妹の粗相を恥じる。
「ラルフさん見てください。あの霧、濃過ぎて肝心の船が見えません」
ブレイドは落ちないように下を覗き込んで伝える。
「魔障壁ノお陰でそうダメージは無いが……長くは持タんじゃろうな」
「ベルフィアさんの言う通り、早期決着をつけたい。しかし面倒なことにこちらの魔力砲に関しても向こうは対策済みなようで、濃霧に阻まれて攻撃が届かないんじゃ……どうしたもんか……」
アスロンはほとほと困り果てたような顔で頭を悩ませている。
「私が話をつけてくる」
ミーシャはすぐさま解決法を提唱した。魔王同士の会話ならこの攻撃を終わらせられるかもしれない。ミーシャに限っては”元”が付くが些細なことだ。
「白絶ってのがどんな奴か知らないが、敵意むき出しで攻撃するような奴と話し合いって大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。何かあっても私が止める」
心強い事だ。無敵の彼女がこう言ってくれるだけで安心出来る。
「妾も同行致します。ラルフ、今回そちは留守番しとれ。敵ノ腹ノ中に入って行く訳じゃし、足手纏いは居らんに越しタ事はないからノぅ」
随分な言い様だが、この提案はラルフにとって渡りに船だ。死ぬかもしれない以上、当然行かないに越した事はない。
「白い珊瑚がどんなのかは気になるが……その好意に甘えさせてもらうぜ」
ミーシャは一瞬悲しい顔をしたが、ラルフを死なせるわけにはいかないと自分を納得させる。
「戦力が必要なら俺も行きますよ」
チャッとガンブレイドを触る。
「待て、要塞の迎撃機能以外に遠距離攻撃出来るのはミーシャとベルフィアとお前だけだ。ブレイドも残れ」
「え、でも……」
「お前にはアルルと一緒に万が一に備えてもらいたい。何も白絶だけが敵じゃないんだ。戦力を割きすぎると痛い目見るからな」
「た、確かにそうですね。……分かりました」
納得するブレイド。ラルフはもっともらしいことを言ったが、実のところ本音は死んでほしくないからだ。もちろんミーシャやベルフィアも死んでほしくないが、ブレイドは単純に若すぎる。まだ成人でもなければ人生経験の浅い彼には今後も楽しんでもらいたいと切に願っている。
「……ふっ、お優しいノぅラルフは……」
ベルフィアは誰にも聞かれない小さな声で呟いた。
ゴゴォン……
またしても揺れが来る。定期的に攻撃を仕掛けてきている白絶を思ってラルフは苦い表情をした。
「まだ話してんだよ、ったく……とりあえず取り巻きを何人か連れて行くか?」
「取り巻きか……」
「良い案じゃ。デュラハンどもを引き連れていけば権威も見せル事が出来て相手へノ牽制にもなります。如何でしょう?ミーシャ様」
「ん、じゃそれで」
ミーシャは軽く賛同する。
「かしこまりましタ。聞いタな?デュラハンども。カサブリアに同行しタ三名は引き続き同行せヨ」
「……はっ!承りました!」
三人はお互い確認し合った後、踵を鳴らして了承した。「白い珊瑚」に殴り込みをかける面子が決まる中、ミーシャがラルフにちょこちょこと近寄る。
「ラルフ。ちょっと行ってくるね」
上目遣いで媚びるようにラルフを見た。ラルフはその仕草を見て何かに気付いたようにおもむろに頭を撫でた。
「ああ、頼んだぜミーシャ」
幼い子供を見るような優しい瞳で見ながらそっと頭を撫でると、ミーシャは恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに笑顔を見せた。
「……うん!」
微笑ましい空気を側から見てむず痒いような気持ちになりながらも胸が温かくなるジュリア。同期生の優しい笑顔が自然に出たのをアンノウンは見逃さない。
「なんかあの二人さ、可愛いね」
「エ?……ア、アア。ソウネ……」
まだちょっと吃ってしまう。アンノウンは分からない事が多すぎて、どう接するのが正しいのか計りかねていた。
性別不詳というのも拍車をかけたが、今言及する事ではないと言葉を飲み込む。
「次の砲撃ももうすぐ来る事じゃろう。それじゃ今すぐに移動を……」
ゴゴォン……
「……するが構わんかのぅ?」
言い終わる前に攻撃が来た。口調に多少のイラつきを感じる。この大賢者、肉体が滅んで記憶とホログラムだけの存在となったのに表情は豊かだ。
「ふんっ!あの不健康魔王め……顔を突き合わせてガツンと言ってやる!」
意気込んだミーシャの周りをデュラハンが囲み、ベルフィアが背後につく。
「それじゃ転移を開始するぞい!」




